医学界新聞

連載

2018.11.19



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第30回]造血幹細胞移植と感染症⑥ 移植後中期の感染症

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医長)


前回からつづく

 前回は同種造血幹細胞移植(allogeneic HSCT;Allo)後感染症の主役でもあるサイトメガロウイルス(cytomegalovirus;CMV)再活性化に対する新しい予防戦略についてお話ししました。今回はAllo移植後中期,すなわち生着後から100日目までの生着後早期(,Phase II)に起こり得る感染症について,症例をもとに解説しましょう。特に「知らなければ早期診断・治療が困難な疾患」を中心に紹介していきます。普段HSCTにかかわっていない方はあまりなじみのない領域かと思いますが,HSCTの感染症としては非常に重要ですのでぜひお付き合いください。

  HSCT後のPhase

症例1
 59歳女性。52歳で発症した慢性リンパ性白血病(chronic lymphocytic leukemia; CLL)に対して,57歳の時にHLA一致の非血縁者からのAllo(matched unrelated donor HSCT;MUD)を施行するも再発。今回は臍帯血移植(umbilical cord blood HSCT;UCB)を施行。
・前処置:アレムツズマブ,フルダラビン
・移植片対宿主病(GVHD)予防:タクロリムス,ミコフェノール酸
・CMV:レシピエント(R)陰性,ドナー(D)陰性
・トキソプラズマIgG陰性
・予防投与:ST合剤,ボリコナゾール,バラシクロビル
 前回のHSCTの際にStenotrophomonas maltophiliaのカテーテル関連血流感染症やAchromobacter sp.による菌血症の既往はあるが,糸状菌感染症の既往なし。移植後生着前の発熱に対してセフェピムで治療し25日目で生着を確認。
 その後,問題なく経過していたが,42日目より徐々に見当識障害(場所と時間)および反応に対する受け答えが緩徐となってきた。またトイレ歩行は可能であるがそれ以外の日中の活動はほとんどできなくなってきた。
 Review of System(ROS)では頭痛,羞明,鼻汁・鼻閉,咽頭痛,咳嗽,呼吸困難,嘔気・嘔吐,腹痛,下痢,尿路症状,肛門痛,関節痛・筋肉痛なし。全身状態はやや不良,意識レベルJCS I-2,血圧108/61 mmHg,脈拍数80/分,呼吸数12/分,体温37.2℃,SpO2 99%。口腔内に軽度の粘膜障害あり。その他,頭頸部,胸部聴診,腹部,背部,四肢,皮膚に明らかな異常はなく,見当識以外の神経学的異常所見なし。PICC挿入部の発赤,圧痛なし。好中球数2300/μL,リンパ球数160/μL,肝機能障害,腎機能障害や電解質異常は見られない。

Allo後の中枢神経感染症

 Allo後の中枢神経合併症は報告によってばらつきがありますが,11~59%で見られるとされており1),日常臨床で比較的よく経験します。感染性と非感染性に分かれますが,非感染性では脳血管障害,薬剤性〔タクロリムスによる可逆性後頭葉白質脳症(posterior reversible encephalopathy syndrome;PRES)など〕,代謝性障害,GVHD,悪性腫瘍など鑑別は多岐にわたります。感染症ではどのような微生物が鑑別に挙がるでしょうか? 日本からの報告2)では59%がウイルス性(HHV-6が最多),35%が細菌性,6%がトキソプラズマというものがあります。

 一方,スペインのUCBに限った報告3)では35%が真菌性,32%がウイルス性,12%が細菌性,残り12%がトキソプラズマ,と多少異なっています。いずれにせよ,以前から強調しているようにAllo後の感染症ではPhase I,II,IIIの期間で分けて考えることが重要です()。というのも,低下する免疫が異なるからです。Phase Iは生着前であり好中球減少にさらされますので一般細菌やカンジダ,アスペルギルスなどの真菌がメインとなります。Phase IIでは好中球は回復するものの,細胞性免疫が高度に障害されています。ここで特に重要なのが日本からの報告が多いHHV-6による脳炎です。以前はトキソプラズマが多くを占めていましたが,2000年以降は減少に転じています3)。Phase IIIでは細胞性免疫に続いて液性免疫も徐々に回復してきます。ただし,GVHDが起こると世界が一変して,主に細胞性免疫が高度に障害されるのでしたね。ここではCMVやアスペルギルスが原因微生物となり得ます。

 期間別に見たAllo後の中枢神経感染症(文献1より改変)

 今回は,Phase IIで発症した中枢神経症状です。本症例では原疾患がCLLであり,液性免疫低下が顕著です。さらに前処置に注目しましょう。これまでに何度も登場した抗CD52モノクローナル抗体であるアレムツズマブとプリンアナログであるフルダラビンが投与されています。いずれも高度に細胞性免疫低下をもたらします。特にアレムツズマブはウイルス性脳炎のリスクがあることが知られています4)。頭部MRIを撮影すると両側海馬,扁桃体にFLAIRで高信号が見られました。髄液検査では初圧200 mmH2O,細胞数23/μL(98%単核球),総タンパク119 mg/dL,グルコース45 mg/dL(血糖82 mg/dL)であり,HHV-6 DNAが21万コピー/mLと高値でした。

 単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV),CMV,JCウイルス,トキソプラズマPCRなどは全て陰性でした。また,血中のHHV-6 DNAも1万8000コピー/mLと上昇しており,HHV-6脳炎の診断に至りました。抗ウイルス薬であるホスカルネットを21日間投与したところ徐々に意識状態は改善し髄液中のHHV-6 DNA PCRも著明に低下しました。

HHV-6脳炎

 HHV-6といえばおそらく多くの方は突発性発疹の原因ウイルスとして記憶しているかと思います。ですがAllo後,とりわけUCB後には再活性化によって本症例のように脳炎を起こし得ますのでぜひ知っておきたいものです。発症時期の中央値は移植後62日ですので4),Phase II(生着前後から100日まで)と覚えておくと良いでしょう。症状はさまざまですが,概して見当識障害や意識変容・性格変化,痙攣などが見られます。

 診断は,中枢神経障害があり髄液検査でHHV-6 DNAが検出され,他に原因がないもの5)となります。ただし,Phase IIには血小板低下があり髄液検査が困難なこともありますので,その場合には血中HHV-6 DNA≥1万コピー/mLを補助診断として用いることもあります5)。またMRI検査も診断の大きな手掛かりとなります。典型的にはFLAIRで内側側頭葉に両側性の高信号が見られます6)。治療は確立していませんがホスカルネットやガンシクロビルが有効とされています7, 8)。治療が遅れると予後不良や重篤な神経学的後遺症につながりますので,早期診断・治療が極めて重要です。

症例2
 中米出身の52歳女性。B細胞性急性リンパ性白血病(B cell acute lymphoblastic leukemia;B-ALL)に対してリツキシマブおよびhyper CVADを3コース行った後,UCBを施行。
・前処置:メルファラン,フルダラビン
・GVHD予防:抗胸腺細胞グロブリン(ATG),タクロリムス,ミコフェノール酸
・CMV:R陰性,D陽性
・トキソプラズマIgG陰性
 移植後,生着前までに大腸菌による菌血症に対してセフェピムで治療。その後問題なく28日目に生着し35日目に退院。ST合剤,ボリコナゾール,バラシクロビルの予防投与中。
 今回は移植後70日目から急速に呼吸困難および湿性咳嗽が増悪するため救急外来受診。
 ROSでは微熱,全身倦怠感,食欲低下あり。その他,頭痛,羞明,鼻汁・鼻閉,咽頭痛,嘔気・嘔吐,腹痛,下痢,尿路症状,関節痛・筋肉痛なし。全身状態は極めて不良,意識レベルJCS I-3,血圧103/58 mmHg,脈拍数107/分,呼吸数32/分,体温36.8℃,SpO2 97%(6Lフェイスマスク)。胸部聴診上両側肺野でholo inspiratory cracklesを聴取,頸部のaccessory muscleの使用あり。その他,頭頸部,腹部,背部,四肢,皮膚に明らかな異常なし。PICC挿入部の発赤,圧痛なし。好中球数7800/μL,リンパ球数350/μL,肝機能障害,腎機能障害や電解質異常は見られない。
 来院時の胸部X線では両側びまん性間質影を認めたが,数時間後には呼吸状態が急激に悪化しARDS様となったため気管挿管。バンコマイシン,ピペラシリン・タゾバクタム,レボフロキサシン,オセルタミビルが開始された上で感染症科コンサルトとなった。

 さて,移植後中期(Phase II)の細胞性免疫低下時における急激に悪化する呼吸器感染症ですね。「ヤバい!」と思って思考停止してしまう方もおられるでしょう。でも,これまで30回にわたり本連載にお付き合いいただいてきた読者はある程度自信を持って対応できるのではないでしょうか。そうです。「細胞性免疫低下の感染症」は鑑別が多岐にわたりますが,第13回(3228号)で解説したように「びまん性間質影」を呈する微生物を丁寧に見ていけば良いのです。もちろん一般細菌やレジオネラなどを中心とした非定型肺炎もありますが,それに加えて,急速に進行するものとしては,播種性真菌症(特にヒストプラズマ症)や播種性寄生虫症(トキソプラズマ症や糞線虫症),あるいはウイルス,ニューモシスチス肺炎(PCP)がありましたね。

 今回は予防投与でST合剤を使用しているためPCPやトキソプラズマ症はやや否定的,またボリコナゾールを用いているためヒストプラズマ症も否定的です。中米出身ですので糞線虫は高リスクです。ウイルスは各種呼吸器ウイルス(インフルエンザ,パラインフルエンザ,RSウイルスなど)およびCMVが鑑別の上位です。ただちに気管支洗浄を行ったところ何やら動くものが,まさしく糞線虫(Strongyloides stercoralis)です(写真)。

写真  糞線虫

糞線虫の診断には出身地の把握を

 これまでに細胞性免疫低下の解説で糞線虫の単語は出てきましたが,ほとんどの方はあまりピンと来ていなかったことでしょう。日本では九州南部や沖縄に,世界的には中南米や東南アジアに広く分布する寄生虫(蠕虫)です。土壌から経皮的に感染し,経静脈・リンパ行性に肺胞まで到達します。その後気道を逆行して嚥下することで消化管に侵入し,成熟・産卵し幼虫が糞便から排泄されるという流れです。細胞性免疫が低下すると幼虫が大量に増加し消化管から全身にばらまかれます。これを糞線虫過剰感染症候群(Strongyloides hyperinfection syndrome;SHS)9)と言います。特徴的な症状は今回のように急激に悪化する呼吸不全です。また,幼虫が全身に播種する過程で,消化管にいる大腸菌などの腸内細菌を引き連れていきますので敗血症に至ることも容易に想像していただけるかと思います。その他,腸内細菌による肺炎や髄膜炎などもSHSの特徴ですのでぜひ覚えておきましょう。体液などから幼虫を見つけることで確定診断されます。治療にはイベルメクチン(ivermectin)を使用しますが極めて予後不良ですので,出身地を把握して診断の閾値を下げておくことが重要です。本症例では速やかに診断しイベルメクチンを7日間投与し治癒しました。

 今回は,知らなければ対応できない移植後中期の感染症について症例をもとに解説しました。次回の最終回は,移植後後期の重要な感染症についてお話しします。お楽しみに。

つづく

[参考文献]
1)Neuroradiology. 2017[PMID:28255902]
2)Hematol Oncol Stem Cell Ther. 2017[PMID:27664550]
3)Biol Blood Marrow Transplant. 2017[PMID:27794456]
4)Haematologica. 2011[PMID:20851868]
5)Clin Infect Dis. 2013[PMID:23723198]
6)J Infect Dis. 2006[PMID:16323134]
7)Clin Microbiol Rev. 2005[PMID:15653828]
8)Bone Marrow Transplant. 2017[PMID:28783148]
9)Clin Infect Dis. 2009[PMID:19807271]

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