医学界新聞

インタビュー

2018.10.22



【interview】

看護×鍼灸はPerfect Marriage
東西医学のコラボレーションの可能性を探る

ジュディス・シュレーガー氏(米国イリノイ大学シカゴ校看護学部アシスタントプロフェッサー)に聞く


 看護の役割の一つは,患者の回復過程を支援することである(『看護覚え書』より)。自然治癒力を高めることで治療効果を上げる鍼灸は,看護の役割と高い親和性があるのではないだろうか。看護師・助産師資格とともに鍼灸師資格を持ち,5月に米国NIHから総額200万ドルを超える研究資金を獲得した「痛み」の研究者であるSchlaeger氏が,日本人研究者と共同研究を進めるために来日。看護と鍼灸のコラボレーションの可能性について聞いた。


――米国では補完代替医療が注目されています。看護師・助産師として,28年間で2000人以上の新生児を取り上げたSchlaeger先生が,東洋医学の鍼灸治療に着目したのはなぜでしょう。

Schlaeger きっかけは,私の体調が優れないとき,知人に鍼灸治療を薦められたことです。私自身,易疲労性やアレルギーなど,原因のはっきりしない症状に悩まされていました。それを治したいと病院に通いましたが,効果は得られませんでした。それが鍼灸治療を受けたら,今まで改善されなかった体の不調が改善したのです。

鍼灸は西洋医学を補い得るか

――その経験が先生の心に残り,鍼灸治療の道へ進むきっかけとなったのですね。

Schlaeger はい。たとえ考えられる最善の治療を医師が施しても,患者にとって十分ではない場合があると気付きました。そこで看護師として持つケアの視点から,心身の全般的な不調に対処できる鍼灸を習得しようと考えました。

――鍼灸の知識や技術は,どのように習得されたのですか。

Schlaeger 米イリノイ州にあるミッドウエスト東洋医学大で東洋医学を学び,鍼灸師資格を取得しました。鍼灸師として活動するうちに技術をさらに高めたいと思い,中国の国立広州中医薬大博士課程に進学しました。そこでは,経穴(いわゆるツボ)と鍼の技術を重点的に学びました。また,現在の研究につながるvulvodynia(外陰部の痛み)に対する鍼治療の研究も始めました。

――留学で高い技術を身につけるとともに,研究テーマとも出合ったのですね。具体的にどのような内容ですか。

Schlaeger 鍼治療がvulvodyniaを和らげる効果があるかを研究しています。Vulvodyniaは外陰部の痛みや性交疼痛に代表される症候群で,米国では女性の7%が罹患しています。助産師として婦人科系のケアに携わっていたころ,外陰部の痛みを訴える女性患者にしばしば出会いました。検査をしても原因がはっきりせず,膣の感染を疑い治療をしても痛みは軽減しませんでした。この状況を見て,西洋医学による慢性疾患や慢性痛の治療に限界を感じました。その対処法を模索し,私の体の不調を助けた鍼灸治療に行きつきました。鍼灸は西洋医学を補えると考えたのです。

看護に鍼灸を取り入れ,体と心のhealerに

――西洋医学を補う可能性を持つ鍼灸と看護との親和性は,両資格を持つ先生の目にはどのように映りますか。

Schlaeger Perfect marriage! とても親和性が高いと考えます。鍼灸は患者の治癒力を賦活することで回復を促しますし,副作用はほぼありません。看護がめざすのは患者さんの回復で,そこに大きな情熱を注ぎます。治療が低コスト,低リスクであればなお良く,その点で鍼灸と看護の相性は良好です。

 患者さんのケアに安全に関与できるだけでなく,予防的なケアも行えることが鍼灸のさらに素晴らしい点です。疾病のない人も対象に,看護がめざす「人々の健康をより向上させる」ことにかかわれるのです。

――具体的にどのような予防効果が得られますか。

Schlaeger 鍼灸の治療を受けると心身ともにリラックスでき,睡眠の質が改善したり,不安が小さくなったりすると言われています。こうした効果によって健康レベルが高まるのでしょう。

――看護と親和性の高い鍼灸を看護師が身につける難しさはあるでしょうか。

Schlaeger いいえ,むしろ看護師には有利だと思います。看護師養成課程では,鍼灸の基礎でもある生理学や解剖学などの基礎医学を全員が学びますね。それを土台に,鍼灸ならではの専門知識と技能を補足して学べば良いのです。それに加えて,注射をするなど,看護師は“ハリ”を扱うのに非常に慣れています。

――看護師自身が鍼灸治療を学び,実践することで,臨床現場でどのような活躍が期待できますか。

Schlaeger 患者の体と心の両面を癒やせるようになることです。「体を癒やす」点では,鍼灸は全身に施すものなので,患部だけを集中して診がちな医師や看護師が見落としかねない患部以外の異変に気付けるようになります。

 ツボ(経穴)への鍼灸刺激や指圧を“痛み止め”としても活用できます。例えば助産師が分娩介助時に指圧を産婦に施せば,硬膜外麻酔などと違ってほとんど副作用なく痛みを緩和できます。他にも看護師のベッドサイドケアとしてがん性疼痛などの痛みを持つ患者さんに指圧や鍼灸を施せば,痛みを軽減できるのです。

――もう一つの「心を癒やす」効果はどのようなものでしょう。

Schlaeger 鍼灸治療を施すために患者に触れることが患者の心を開くことにもつながります。患者だけでなく家族とのコミュニケーションにも効果的です。例えば,分娩を横で心配そうに見つめる夫に,助産師が指圧を教えたとします。夫自ら妻に指圧を施せば,彼も出産の力になれますし,産婦の痛みも軽減されるのです。

 このような効能が期待できる東洋医学の利点に看護師が気付き,看護に積極的に取り入れることで,体と心のhealer(癒やしを与える人)になれるのではないでしょうか。

コラボレーションに今後必要なことは

――高い親和性を持つ看護と鍼灸が臨床現場でより効果的なコラボレーションを図るためにアイデアはありますか。

Schlaeger 多くの方が実践している鍼灸の効果を科学的に証明することです。数々の研究により,鍼灸の効果は着実に実証されています。しかし中には,シングルブラインドやコントロールの置き方が不適当などの問題があり,厳密なデザインによる臨床研究が非常に少ないという課題があります。

――もう一歩厳格な手法での,より質の高い研究が求められているのですね。

Schlaeger その通りです。そこで私は,東京有明医療大の高倉伸有先生の研究グループ(写真)が世界で初めて開発した二重盲検用のプラセボ鍼1)を用いて,vulvodyniaにおける鍼治療の効果を二重盲検法で検証しています。この研究は,米国NIHの産科・婦人科・小児科を対象とする研究部門の小児保健発達研究所(NICHD)から多額の研究助成を受けて行われています。米国内で,質の高い鍼灸の臨床研究がそれだけ期待されていることの表れです。

――先生方の研究により,鍼灸の効果がより確かなものと証明されることが期待されます。

Schlaeger 私にとっての最終的なゴールは,できるだけ多くの米国の看護師が鍼灸に理解を示し,かなうなら鍼灸師の資格を取得して活動することです。安全で低コスト,予防にも効果的と,人々の健康に必ずやメリットをもたらすでしょう。日本の看護教育でも近い将来鍼灸を知る機会が設けられ,看護師の活躍の幅が広がることを願っています。

(了)

写真 東京有明医療大の共同研究者と
左より,高倉伸有氏(東京有明医療大教授),シュレーガー氏,髙山美歩氏(同大講師),矢嶌裕義氏(同大准教授)。高倉氏らとの共同研究の一つである,分娩時の痛みに対する鍼と指圧に関する総説(J Midwifery Womens Health. 2017[PMID:28002621])は,2016~17年に同誌に掲載されたダウンロード回数が最も多い論文の一つだという。高倉氏は「看護・助産の領域でも鍼灸へ熱い視線が注がれている」と,看護への鍼灸の広がりとエビデンス確立に期待を寄せる。

参考文献・URL
1)BMC Complement Altern Med. 2007[PMID:17925042]


Judith M. Schlaeger氏
1980年米イリノイ大シカゴ校看護学部卒。88年同大大学院看護・助産学修了(修士)。看護師・助産師として働きながら,2001年にAdvanced Practice Nurse,03年に米国鍼灸師免許(イリノイ州)を取得。13年中国国立広州中医薬大博士課程修了。米イリノイ大シカゴ校博士研究員を経て15年より現職。18年より東京有明医療大保健医療学部鍼灸学科客員教授を兼任。同年6月には看護界の最高名誉の称号であるFellow of the American Academy of Nursing(FAAN)に選出された。

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