医学界新聞

連載

2018.07.16



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第26回]造血幹細胞移植と感染症② 自家移植と感染症

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)


前回からつづく

 前回は造血幹細胞移植(hematopoietic stem cell transplantation;HSCT)と感染症のアウトラインについてお話ししました。今回は自家移植(autologous HSCT;Auto)と感染症について症例を交えてご説明しましょう。

Autoの対象疾患

 症例を紹介する前に,Autoと同種移植(allogeneic HSCT;Allo)の使い分けについて理解していただきたいと思います。AutoもAlloも基本的な考えとしては,大量の化学療法で腫瘍細胞を壊滅あるいはできるだけ減らした後に,自分自身の(Auto)あるいは他人の(Allo)造血幹細胞を移植するというものです。

 では,どのような血液腫瘍がAutoの対象となるのでしょうか。まず,大前提として自分の造血幹細胞に腫瘍細胞が混入していないことが重要となります。例えば急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia;AML)で考えるとわかりやすいでしょう。AMLでは寛解導入療法で寛解に至ったとしても微小残存病変(minimal residual disease; MRD)があります。そのような疾患でAutoをすると腫瘍細胞が混入し,元も子もなくなってしまいますよね。

 次に,AutoとAlloの決定的な違いは移植片対腫瘍(graft-versus-leukemia;GVL)効果や移植片対宿主病(graft-versus-host disease;GVHD)の有無です。Autoではこれらは見られませんがAlloでは非常に重要な事象です。GVL効果によって前述のMRDを攻撃してくれるので,MRDがあるような疾患では大きなメリットとなります。その一方,GVHDという重篤な合併症そのものによる免疫不全やGVHD治療による免疫不全によって感染症の頻度が増加し,その結果予後不良となります。

 つまり,Autoの対象疾患としては,化学療法に感受性が高く,造血幹細胞に腫瘍細胞が混入していない疾患,すなわち悪性リンパ腫(註1)がメインとなります。その他,多発性骨髄腫もAutoの対象となりますが,これはそもそも根治が難しい疾患であり,Alloのようなリスクを伴う治療を行うには敷居が高いというのが主な理由です。

 一方,Alloは自分の造血幹細胞に腫瘍細胞が混入してしまう可能性があり,移植後,MRDに対してGVLを期待するような疾患,すなわち,AML(註2),骨髄異形成症候群,再生不良性貧血などが対象となります。

 では症例ベースで見ていきましょう。

症例1
 52歳男性。非ホジキンリンパ腫に対してAuto施行。前処置としてBEAM(カルムスチン[BiCNU],エトポシド[Etoposide],シタラビン[Ara-C],メルファラン[Melphalan])を使用。予防投与としてフルコナゾール,アシクロビル投与。糸状菌感染症の既往なし。
 移植後5日目で39.2℃の発熱あり。軽度の頭痛と食欲低下あり。ややぐったりしている。鼻汁・鼻閉,咽頭痛,咳嗽,呼吸困難,腹痛,嘔気・嘔吐,下痢,尿路症状,肛門痛,関節痛・筋肉痛なし。意識清明,血圧123/63 mmHg,脈拍数120/分,呼吸数20/分,体温39.2℃,SpO2 99%。口腔内に軽度の粘膜障害あり。その他,頭頸部,胸部聴診,背部,腹部,四肢,皮膚に明らかな異常なし。PICC挿入部の発赤,圧痛なし。好中球数100/μL。肝機能障害,腎機能障害は見られない。

Autoと感染症

 前回,移植後の感染症はの通り,3つのphaseに分けて考えると説明しました。つまり生着前のphase I,生着後早期のphase II,そして生着後後期のphase IIIでしたね。

 HSCT後のPhase

 ただし,これは主にAlloを念頭に置いた分類です。低下する免疫がそれぞれのphaseで異なることは前回述べましたが,とりわけ100日以降に慢性GVHDを発症した場合には,GVHDそのものによりバリアの破綻や液性免疫,脾機能低下が,またGVHDの治療によって細胞性免疫低下が見られ,世界が一変してしまいます。つまりphase II,IIIはこのことを考慮した上での分類なのです。

 一方で,AutoではGVHDは起こりません。したがって,あえてphase IIとIIIを切り分ける必要はなく,生着前か生着後かの2つのphaseのみを考えればよいのです。

 症例に戻りましょう。Auto後,生着前に発症した非特異的な発熱ですね。口腔粘膜が軽度傷害されていますのでバリアの破綻が見られますし,当然好中球減少もあります。ここで大事なポイントは,どの程度の好中球減少にさらされるか,つまり,生着までの期間は何日程度かということです。AutoではAMLのように数週間にわたり高度に好中球減少が見られるわけではなく,たかだか7~10日程度です。したがって,侵襲性糸状菌感染症が起こることは非常にまれであり,いわゆる中間リスク群である発熱性好中球減少症(FN)の対応となります。

 本症例では各種培養は陰性でしたがセフェピムにより速やかに解熱し,移植後8日目で生着が確認されました。

症例2
 63歳男性。臓器障害のない多発性骨髄腫に対してAuto施行。前処置としてメルファランを使用。予防投与としてフルコナゾール,アシクロビル投与。糸状菌感染症の既往なし。
 移植後10日目に生着を確認。生着の翌日に38.8℃の発熱,咳嗽,呼吸困難,顔面および体幹を中心とする紅斑様皮疹が出現。鼻汁・鼻閉,咽頭痛,腹痛,嘔気・嘔吐,下痢,尿路症状,肛門痛,関節痛・筋肉痛なし。意識清明,血圧146/98 mmHg,脈拍数112/分,呼吸数24/分,体温38.8℃,SpO2 93%。口腔内に軽度の粘膜障害あり。両側肺野に軽度のcrackleを聴取。顔面,体幹を中心に紅斑ありやや浮腫状。両側下腿浮腫あり。その他,頭頸部,腹部に明らかな異常なし。神経学的異常所見なし。PICC挿入部の発赤,圧痛なし。好中球数900/μL。AST 90 IU/L,ALT 110 IU/Lと肝機能障害あり。腎機能障害は見られない。
 胸部単純X線写真で両側肺野にびまん性のすりガラス影あり。心臓超音波検査では心機能に異常なし。

 今回の症例は生着直後の発熱,低酸素血症,紅斑様皮疹ですね。さらに肝機能障害も見られます。どのように考えればよいでしょうか。

 生着間もない時期ですので,当然感染症の懸念はあります。ただ,この時期に起き得る現象を知っていればピンとくる読者もいるでしょう。これは生着症候群(engraftment syndrome;ES)と呼ばれるもので,生着前後に炎症性サイトカインの過剰な産生により引き起こされる一連の症状を指します。古典的にはAlloよりもAutoでの報告が多数を占めています1)が,近年はAlloでも注目されています2)。診断基準はの通りです3, 4)

 生着症候群(ES)の診断基準(文献3,4より作成)(クリックで拡大)

 治療としては顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte colony-stimulating factor;G-CSF)の中止とステロイド投与が行われます。本症例では肺炎の疑いに対してピペラシリン・タゾバクタムが開始されていましたが,ESを第一に考えてステロイド投与したところ,症状の改善が見られました。

 このようにHSCT後には感染症に加えて非感染症も起こり得るため典型的なものについては知っておく必要があります。

 今回はAutoにおける対象疾患,免疫低下,感染症・非感染症合併症を中心に説明しました。次回からはAlloの各phaseで見られる感染症についてお話しします。

つづく

註1:化学療法抵抗性・再発性悪性リンパ腫に対してはAlloが選択されることとなります。
註2:AMLの中でも急性前骨髄球性白血病で第2寛解期のものは,Autoの対象となり得ます。

[参考文献]
1)Biol Blood Marrow Transplant. 2015[PMID:26327628]
2)Biol Blood Marrow Transplant. 2014[PMID:24892262]
3)Bone Marrow Transplant. 2001[PMID:11436099]
4)Bone Marrow Transplant. 2003[PMID:12634731]

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