医学界新聞

寄稿

2018.06.04



【寄稿】

終末期患者に対する救急・集中治療の在り方

伊藤 香(帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター講師)


 帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター(以下,当センター)は,都内1~2位を争う三次救急の受け入れ件数を誇り,年間約2500人の入院がある(院外心肺停止を含む)。その約40%が75歳以上であり,彼らの院内死亡率は約60%に上る。そのうち約45%が救急車搬送直後の初療室で死亡しており,入院後2日目までに死亡しているケースは院内で死亡した75歳以上の高齢者全体の約70%にも上る。

 人生の最終段階にある脆弱な高齢者が,明確な「事前意思表示」を持たないまま施設で急変したり自宅で倒れたりして,救急車で全力の心肺蘇生を行われながら搬送されてくる。これは,当センターに限らず多くの救急医療現場で日常茶飯事となっているのではないか。本稿では,終末期患者に対する日本の救急医療の在り方について,米国の例を交えながら考えたい。

ガイドラインに準じた患者の意思尊重はできているか

 筆者は米国で外科専門医・外科集中治療専門医を取得し,外傷外科・一般外科緊急手術・外科集中治療を専門とするAcute Care Surgeonとして11年間の臨床留学を経験した。その後,2016年10月に現職である当センターのスタッフに着任した。ここでは,高齢患者の割合の高さ,ほとんど誰も「事前意思表示」を持っていないこと,当センター集中治療室では緩和ケア科やホスピス科の介入が一切ないことに衝撃を受けた。

 当センターの現状は,米国ではまず見かけない光景だった。米国で筆者が受けた集中治療のトレーニングでは,集中治療のゴールはあくまで機能回復であった。心肺蘇生は,回復可能な病態の治療を開始するまでの補助的治療であり,機能的予後の見込めない患者はその適応にはならなかった。患者自身が望むQOLを保てるだけの機能的予後が見込めない状況では,侵襲的な延命治療の継続は患者の尊厳を損ねることになるとの認識があった1)

 米国で2011年から2016年に発表された文献のシステマティックレビューでは,約80万人の対象者のうち,事前指示書を所持していたのは36.7%と報告されている2)。一方,本邦では,厚労省による2013年の国民調査で,自分の人生の最終段階に関して家族と詳しく話し合ったことがあるのはたった2.8%だった3)。こうした背景から厚労省は,2007年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」(以下,プロセスガイドライン)の第1版を策定した後も,2015年の改訂4)に続き,2018年3月に最新の改訂版を発表している5)

 2014年には,日本救急医学会,日本集中治療医学会,日本循環器学会の3学会合同による「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン――3学会からの提言」が発表された6)。これらのガイドラインには基本的に,患者の意思を尊重することが明記され,緩和ケアの重要性も記載されている。しかしながら,これらのガイドラインが現場で実際に診療に当たる医療者側にどれだけ浸透しているのか,その実態は明らかではない。

 当院には,延命治療を終了する場合の意思決定に関する院内プロトコールがある。基本的には患者・家族の意思,事前指示,推定意思を慮(おもんぱか)る。そして,決定する内容(生命維持装置の終了,血液浄化の終了,人工呼吸器設定や薬剤投与量の変更,心停止時の心肺蘇生の要否)により,診療科長を含む医師,看護師,ソーシャルワーカー,薬剤師など多職種カンファレンスでその是非を議論する。

 コンセンサスが得られれば,院内の臨床倫理委員会が開催され,延命治療の要否が判断される。場合によっては最終決定までに1週間以上かかることもある。生命維持装置の終了に関しては,患者に意思決定能力や事前指示があり,家族の同意があったとしても,この全てのプロセスを経る必要がある。承認がなければ,患者の意思通りにいかない状況になることもある。

緩和的治療まで見越す米国集中治療の現場

 米国の集中治療現場では意思決定の過程は大きく異なる。延命治療終了などの重大な意思決定の中心は必ず,患者とその家族である。倫理委員会での検討が必要となるのは,身寄りのない患者や,患者の家族内に意思決定に対する葛藤がある場合,明らかに不適切と思われるような患者家族の場合だけであった。

 手を尽くしても機能的予後を見込めないと思われたとき,多職種カンファレンスに患者の家族も招き,主治医チーム,集中治療チーム,緩和ケアチーム,担当看護師など実際に診療に当たっているスタッフとじっくりと話し合うEnd-of-Life(EOL)discussionを行う。そして,患者の価値観を尊重し,どのような死にゆく過程をめざすか決定していく。こうしたカンファレンスを取り仕切るのも,集中治療医の大きな役割の一つとなっている。

 綿密なEOL discussionの結果,患者家族が延命治療の終了を選択した場合,緩和ケア科とホスピス科のどちらか,または両方にコンサルトし,緩和的治療(comfort care)へ移行して延命治療は終了する。すなわち,患者は抜管され人工呼吸は中止となり,カテーテル類も抜去されて,輸液,昇圧薬,抗菌薬投与などは中止,抑制も外される。患者の苦痛を緩和するためにモルヒネ持続点滴およびベンゾジアゼピンを併用するプロトコールが用いられる。立ち会いたい家族は皆,病室に入ることができ,患者が最期を迎える時間を静かに共にする7)

 Comfort careに移行した後,延命治療終了から患者の死までのプロセスは,緩和ケア科にコンサルトの後,主治医チームで行うこともあれば,患者が安定していればホスピス科により評価を行い,適応があるとホスピス科へ転科することもある7)。集中治療終末期の患者に対しても,ホスピス科の医師により,ガイドライン8)に沿った評価が行われ,その適応が決められる。ガイドラインには,「疾患にかかわらず臨床状態の低下の診断基準に合致し生命予後が6か月以下と予測される場合」,ホスピスの適応になると明記されている。日本ではホスピスと言えば末期がん患者のものというイメージがあるかもしれないが,米国では「疾患にかかわらず」適応となる。

集中治療終了後の指針も必要に

 超高齢社会を迎えた日本の医療現場は今後,どのような方針が求められるだろうか。厚労省は前述の「プロセスガイドライン」がなかなか浸透しない状況を受け,2016年にはガイドラインの普及・啓発および相談員を含む医療・ケアチームの育成を目的に,「人生の最終段階における医療体制整備事業」を立ち上げた。その一環として,神戸大学緩和支持治療科・木澤義之特命教授が指揮を執り,現在全国で展開している「患者の意向を尊重した意思決定のための研修会」の教育プログラム「意思決定支援教育プログラム(Education For Implementing End-of-Life Discussion;E-FIELD)」9)は,救急医療現場でも患者の意思決定を支援する助けとなるのではないか。

 研修会では,「プロセスガイドライン」を実臨床に適用する際の流れを5段階に分け,講義と受講者によるロールプレイで学習する。高齢者がある程度元気なうちから人生の最終段階について考える,Advance Care Planning(ACP)の相談を受けられる人材の育成をめざす。

 プロセスガイドラインの2018年3月の改訂版では,E-FIELDで強調されるACPの重要性が盛り込まれている5)。地道な活動ではあるが,必ずや訪れる人生の最終段階について国民と医療者一人ひとりが意識を高めることで,無益な延命治療の末に亡くなっていくような結末を,ある程度は回避することができるのではないだろうか。

 筆者は今後,人生の最終段階における集中治療に関して,緩和ケア医療の観点も加えた集中治療(延命治療)終了後のマネジメントに関する,リコメンデーションも含めたガイドラインが必要であると考える。

参考文献・URL
1)Chapter 15 Ethics in Critical Care Medicine. In:Killu K, Sarani B, editors. Fundamental Critical Care Support 6th ed. Society of Critical Care Medicine;2016. pp295-308.
2)Health Aff (Millwood). 2017[PMID:28679811]
3)厚労省.人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書.2014.
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000041847_3.pdf
4)厚労省.人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン.2015.
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000079906.pdf
5)厚労省.人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン.2018.
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf
6)日本救急医学会,他.救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン――3学会からの提言.2014.
http://www.jaam.jp/html/info/2014/pdf/info-20141104_02_01_02.pdf
7)McPhee, SJ,他.38章 生命維持の中止:終末期の集中治療.日経メディカル編.終末期医療のエビデンス.日経BP社;2017.pp579-93.
8)Centers for Medicare & Medicaid Services. Local Coverage Determination(LCD):Hospice-Determining Terminal Status(L33393). 2015.
http://www.highpeakshospice.org/files/public/pdf/Local_Coverage_Determination_for_Hospice_-_Determining_Terminal_Status_L33393.pdf
9)平成29年度厚労省委託事業.人生の最終段階における医療体制整備事業.


いとう・かおり氏
2000年慈恵医大卒。聖路加国際病院で外科専門医取得後に渡米。米ハーバード大ブリガム・アンド・ウィメンズ病院外科研究員,外科インターンを経て,15年に米ミシガン州立大で米国外科専門医,16年に米デトロイト市ヘンリー・フォード病院にて米国外科集中治療専門医を取得。同年帰国し10月より現職。

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