医学界新聞

連載

2017.12.11



院内研修の作り方・考え方

臨床現場で行われる研修会や勉強会をより効果・効率・魅力的な内容にするために,インストラクショナルデザインを用いた研修設計をご紹介します。初めて教育委員を任された「はじめさん」,頼れるベテラン看護師「ゆう先輩」と一緒に,教育を専門に学んでいなくても自信を持って教えられるスキルを学びましょう。

【第9回】研修での学びをどう実践につなげるか

政岡 祐輝(国立循環器病研究センター副看護師長/熊本大学教授システム学研究センター連携研究員)


前回よりつづく

学びを現場で活かすには

(はじめさん) あれ,この手技はこの前の研修で習ったはずだよね?
(新人看護師) そうですね。言われて思い出しました……。

 研修で学んだはずのことが,現場で活かされていないなんてことはありませんか? ある学習が他の学習に対して促進的に作用することを「学習転移」と言います。研修で学んだ知識やスキルを看護の現場に役立てることも学習転移です。院内研修は「楽しかった」「理解できた」で終わりでは困りますよね。時間と労力をかけて研修をやる以上,現場での行動変容を促し,患者アウトカムにつながることをめざす必要があります。

 研修後に行われることの多い満足度評価のアンケートでは,研修目標の達成度やその先の行動変容につながるかまでは評価できません。“教えたつもり”で研修が終わってしまわないよう,研修の効果を評価することが重要になります。

 その効果測定として有用なのが,表1のカークパトリックの4段階評価モデルです。研修での学習到達度や,学んだことが現場で活かされているかを評価することで,次の研修に向けた改善点が見いだせます。研修受講者も評価によって研修内容を思い出すため,学習転移の促進が期待されます。

表1 カークパトリックの4段階評価モデル(文献1 p.418 Table2-1に,筆者が「データ収集方法例」を追記)

研修内容を現場スタッフも把握を

(はじめさん) ゆう先輩! この間の研修で新人看護師に教えたことが,現場で全く活かせていませんでした。研修内容がまずかったんですかね。
(ゆう先輩) 実施した研修を振り返ることは重要だね。その新人看護師が研修を受講した後の,病棟スタッフのサポート体制はどうなっているかな?
(はじめさん) 新人看護師じゃなくて,他のスタッフのサポート体制ですか?

 学習転移の促進を図るには,第2回(第3225号)で紹介したインストラクショナルデザイン(ID)の5つの視点を踏まえながら,現場で活用できるメリルのIDの第一原理(第4回・第3233号),ARCSモデル(第5回・第3237号),GBS理論(第6回・第3241号)などのIDモデルを参考に効果的な研修を設計することが重要です。

 研修で何らかのスキルを身につけても,学んだことを現場で試す機会が研修終了後のできるだけ早い時期に与えられないと,冒頭の「忘れていた」という事態が起こってしまいます。これでは,せっかく行った研修が水の泡となってしまいますね。

 たとえ研修でできても,それはあくまで限られた条件下でのことです。現場では物理的環境の違いや,患者や先輩の目があって時間的に切迫するといった心理的影響もあり,学んだことをうまく発揮できないことがよくあります。もちろん,研修はできるだけ現場に近い状況下で学ばせたいところですが,複数の病棟スタッフに対する研修などでは,どうしても個別の状況に合わせられないのが実情です。

 そこで,研修後も適切なコーチングやフィードバックが受けられるサポート体制を現場に整えることが,学習転移の促進には必要になります。試す機会を与えるには,研修で学んだことを活かすアクションプランを学習者本人に立ててもらい,現場で教育にかかわる人もそれを把握することが重要です。

学習転移の促進には組織的サポートが不可欠

 研修における学習転移に関する著名な文献1)では,3つのタイミング(研修前・研修中・研修後)と3つの役割(マネジャー・トレーナー・受講者)が調査され,「最も使用される/最も影響力がある」ことが1~9の順で示されています(表2)。

表2 転移を図るために「最も使用される/最も影響力がある」役割と時間の組み合わせ(文献2 p.55より改変)

 使用される頻度の高い順に,①研修中のトレーナー,②研修前のトレーナー,③研修中の受講者。学習者への影響力は,①研修前のマネジャー,②研修前のトレーナー,③研修後のマネジャーの順です。このことから,研修中・後だけでなく,研修前から学習者に対し転移を図るかかわりが重要だとわかります。

 では,研修前はどのようなかかわりをすればよいのでしょう。例えば,現場の看護師長や教育担当者が研修の受講者に対し,研修にどんな意義があるかをあらかじめ伝え,受講に対する動機付けを行うことなどが挙げられます。

 研修前・後のかかわりが重要なことから,研修担当者は受講生を送り出す部署の看護師長・教育担当者から,事前に受講生の情報を得ておきましょう。そして,送り出す側にも研修の学習目標や内容を伝え,研修前・後にサポートが得られるよう調整や協力を求めることが必要です。

 しかし,“言うはやすく行うは難し”。現場のサポート体制の整備が,研修を設計するよりも難しいと感じるのは筆者だけではないはずです。研修前・後には,看護師長や教育担当者をはじめさまざまな人が関与します。その多くに研修目標や研修参加者の学びを理解してもらい,研修後も適切なコーチングやフィードバックをしてもらうことは簡単なことではありません。

 さらに,こんな状況にぶつかっている読者はいませんか?

 「忙しい時に何で研修に参加させなきゃいけないの?」と研修に非協力的な人がいる。研修で根拠に基づいた実践方法を学んでも,周りのスタッフが根拠を持った看護実践を提供できておらず,周りに流され学びが発揮できなくなる。現場の教育担当者の教え方に関する知識やスキルが未熟なため,現場で適切なコーチングやフィードバックがなされないなど。

 現場における学びの定着や補強を阻害してしまうような組織風土は,残念ながら学習転移の障害となってしまいます。では,せっかく実施した研修をより効果的・魅力的なものにするにはどうすればよいのか。まずは手始めに,①病棟で教育・指導の役割を担う看護師に対して,どのような目的・目標の研修かを研修前にあらかじめ周知する,②研修終了後に参加者から,研修での学びをどう活かしたいかを現場に伝えてもらうことの2つを始めてみてください。

 こうして,現場の看護師長や教育担当者のコーチングやフィードバックに関するスキルを高め,実施される研修を効果的に活用しようとする体制が徐々に醸成されると良いですね。現場の担当者も巻き込み,教育に支持的な組織を作る活動も併せて取り組むことで,学習転移の促進がより一層図られるはずです。

 研修担当者が担うには少々荷が重いかもしれませんが,研修設計に携わる中でより広い視野を持って教育に興味を持ち,新たな取り組みにチャレンジする方が増えるとうれしいです。フィードバックや学習する組織作りについては,次回以降ご紹介します。

教え方のポイント

→研修の学びが現場に学習転移されるために評価を行いたい。
→研修前・後に学習者をサポートしてもらえる体制を整える。

つづく

[参考文献]
1)Kirkpatrick JD, et al. Kirkpatrick’s Four Levels of Training Evaluation. Amer Society for Training;2016.
2)Broad ML, et al. Transfer of Training:Action-Packed Strategies to Ensure High Payoff from Training Investments. Basic Books;1992.

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