医学界新聞

対談・座談会

2017.12.11



【対談】

伸びる力を生かすために,教員はどう支援するか?
学生の視座から足場かけを

藤江 康彦氏(東京大学大学院教育学研究科准教授)
池西 靜江氏(Office Kyo-Shien代表/日本看護学校協議会会長)


 看護教員の役割は,授業を通じて学生を看護師に育てることだ。学生の学びを深めるために,教員には適切な支援が求められている。しかし,臨床から教員に転向したなどの背景から,授業づくりに悩む教員も多いのではないか。

 本紙は,40年以上看護教育に携わり,今は教員を支援する立場として,『臨地実習ガイダンス』,『看護教育へようこそ』(いずれも医学書院)などを執筆した池西氏と,良い授業とは何かを追究し,教師の成長過程の研究を行ってきた教育方法学者の藤江氏による対談を企画。「専門職としての学びを共有する場」として看護教育をとらえ,学生の学びにこそ主眼を置くべき重要性が語られた。


池西 私は長い間,教育現場で学生を指導してきました。今はその経験をもとに看護教員の成長支援に力を注いでいます。そのなかで,最近は良い教育のポイントや考え方の体系化に関心を持っています。今日は教育方法学者の藤江先生の視点を交えながら,看護学生の成長を促す教育を考えていきます。

「一方的に教えすぎ」と言われていませんか?

池西 藤江先生は教育方法学の中でも,授業研究が主領域ですよね。

藤江 はい。主として小学校から高校までの授業を対象に,学習者と教師の関係性や,授業における学習者や教師の学習経験の内容を明らかにしようとしています。授業研究の目的は2つあります。1つは「より良い授業の追究」です。良い授業かどうかは,学習者の豊かな学習経験が保障されるかにかかっています。教育では知識・技能の習得だけでなく,授業を通じて学習者が自分の経験を広げることや,「学ぶ自分」というアイデンティティ確立などを支援することが大切です。教師の役割は,そのための「足場かけ(scaffolding)」だと考えています。

 もう1つの目的は,「教師の学習機会をつくること」です。学習者の豊かな学習経験のために,教師は何をすべきで,何をすべきでないかという判断の精度を高める手段として授業研究を位置付けています。

池西 藤江先生の主な研究対象は学校教育で,看護教育と対象が異なります。とはいえ,この2点は看護教育でも本質的でしょう。今おっしゃった,「教師は何をすべきで,何をすべきでないか」の判断は難しくはありませんか。

藤江 はい。一朝一夕にできるものではありません。特に,「何をすべきでないか」の判断力の獲得は教師の学びの到達点の一つだと思います。

池西 そうですよね。時々耳にする看護教員への批判に,看護教員は学生に一方的な授業をしているというものがあります。もちろん,職業教育として不可欠な知識・技能や考え方は獲得してもらわなければなりません。あれも教えておこう,これも言っておこうという気持ちはわかります。

 でも,たいていの場合は教員がそう思っているだけなのです。一方的な授業は学生のためになりません。看護教員は教えるべきことについて,学生が自ら考え,獲得しようと思えるように「しかける」ことが大切だと思います。そうすれば教育は面白くなりますし,何より学生の成長を後押しすることができると思うのです。

教え方を考える前に,学習者を知る必要がある

池西 セミナーなどで看護教員から授業づくりに困っているという声を聞きます。その背景には,看護教員は必ずしも当初から教員をめざしていたわけではなく,臨床を志向して成長してきたことがあります。看護師等養成所の教員の教育課程に専任教員養成講習会があるものの,修了後はキャリア開発のための継続教育システムが整っているわけではありません。

藤江 教育者になるまでの経緯は小・中学校や高校の教師とかなり異なりますね。看護教員となってからの継続的な成長がポイントだと思います。

 ところで,授業づくりに困っている教員は自分の教え方だけでなく,「学生がどう学んでいるか」にも関心を持っているでしょうか? 教育学の知見を援用すれば,良い授業にはまず,学習者を知る段階が必要です。

池西 そこは落とし穴かもしれません。授業づくりに困っている看護教員は,自分の教え方ばかり気にしているように感じます。

藤江 まずは学生が何を考えて授業に参加しているかなど,学生の内面を知る心掛けが大切です。そうすれば,学生自身が学びを進めていく上で教員がすべき必要十分な足場かけの見極めがついて,一方的な授業から脱却できるのではありませんか。

池西 最近の経験からも今の言葉に納得できます。昨年の専任教員養成講習会の教育実習参加者が,修了後の1年間で授業を上達させたことに感心した話です。講習会のときの授業は,教えるべきことが整理できていない上に一方的で,正直なところ上手ではありませんでした。でも1年後に再度授業を参観してみると,適切に学生の思考を促し,学生の関心を到達目標に向かわせていく素晴らしい授業ができていたのです。おそらく,担任として学生とかかわるなかで,学生のレディネスと特徴が頭に入ったのでしょう。学生を理解することが,何よりも教員の成長につながると再認識したものです。

藤江 まさに学生の経験を広げる授業だったのだと思います。「この授業でしか学べない内容がある」と学生に感じてもらえたのでしょうね。

池西 私は学生にそう感じてもらうために,看護師としての臨床経験が生きると考えています。看護場面を教材にすることで,臨床に不可欠な学生の実践的思考力も育っていきます。

 看護師等養成所の教員は5年以上の臨床経験を持っています。臨床で経験した事例を題材に,大事にしてきた専門職としての考え方を授業に取り入れていけば,学生の関心も高まるでしょう。事例こそが,学生の気持ちを大きく揺さぶるものなのです。

解釈を学生にゆだねつつ,道筋と専門職の見取り図を示す

池西 私は事例を題材にするとき,ワークシートを用いて授業を進めることが多いです。A3用紙1枚に,1事例とそれに関する複数の問いを配置します。問いは一部を選択式に,多くは自由記述です。学生の関心を呼び起こすような写真を用いつつ,「この患者さんに,あなたはどうする?」など,学生にイメージを促す問いを入れることもあります。

藤江 事例を扱う際,ワークシートは学習者にとって良い学習方法です。というのも,学生が事例に向き合い問いを立て,その問いを追究していくような学びの支援には,「発問」が重要だからです。効果的な発問は,学生が課題を自分に引き付けてとらえ,追究していける問いを自ら立てることを支援するものです。

 ワークシートにはそのような発問を明確に示すことができます。また,発問とともに,全体的な構造や関係までを視覚的に提示できるため,問いを立てながら具体的な現象をとらえ,その仕組みや原理の理解を支援できます。ワークは1人で行うのですか。それともグループですか。

池西 個人で取り組みます。内容によっては,その結果を隣の人や4人くらいで討議します。そうすると他人との考え方の違いが見えたり,自分の考えが深まったりします。そうなったところで自分の考えをもう一度見直すよう促しています。

藤江 具体的に,何をどんな事例で教えるのですか。

池西 例えば「在宅療養で多職種連携の重要性を知る」を到達目標にする場合,多職種連携が不可欠な難病患者の事例を用います。「この患者さんが生活するにはどんなことに困る?」という小さな発問から看護ニーズや生活ニーズへ次第に話を広げ,目標まで到達する流れを作っています。その事例を通じて,看護師の役割や在り方を考えさせることも意図しています。

藤江 今のお話には,教材に求められる2つのポイントが入っていると感じました。1つは何が問いとなり得るのか,その問いの探究をどのように進めていくかの道筋が学生に示されていることです。これは到達目標まで学習を進める上で必要となります。もう1つは学生が問いを立て,追究していく上で事例の構造を専門職としての看護師がどうとらえるべきかが,見取り図として学生に示されていることです。

池西 なるほど。教材づくりはこの2点を意識すると良さそうですね。

藤江 事例は作り込み過ぎず,多様な解釈を許す形にしてもいいかもしれません。学生が教師を超えることを恐れないことが,教材づくり,授業づくりには重要です。一歩進めて,模範事例だけでなく専門職としての葛藤や苦悩も伝えられるとよいかもしれません。

教員へのフィードバックは,必ず「学生は」で始めよう

池西 ただ,教材づくりができたからといって,簡単に良い授業ができるわけではありません。教員の継続的なスキルアップの支援に看護教員は組織的に取り組む必要があります。

藤江 そうですね。これまで話してきたように,学生の学びの質を高めるために最も大切なことは「授業は学習者の学びのためにある」という学生中心の視座です。看護教育の現場も,クラスによって学生の気質は全く違うでしょう。まずは,校内の教員同士でフィードバックを行い,学習者観を共有することです。

池西 それには看護師等養成所で取り組んでいる研究授業が生かせると思います。研究授業は,1人の教員が行う授業を複数の教員が参観し,その授業を教員同士の学び合いの場にするものです。他の教員の授業を見ると,自分の授業では気付かなかった学生の反応が見えてきて,学生が何に関心を持ち,どんな反応をするかがわかるのです。

藤江 良い取り組みですね。フィードバックでは,各教員が学習者をどうとらえているか,相対的に知ることもできるでしょう。

池西 ええ。そのため,フィードバックの内容には注意が必要です。私は長く研究授業に取り組んでいますが,当初は授業の評価になっていました。授業をした若手教員にベテラン教員が,「私だったら」という自分の経験に基づく,「教員」が主語の一方的な助言をしていたのです。これだと若手教員のモチベーションが保てず,あまり学びになっていませんでした。

 そこで,あるときから「協議会」と銘打ち,授業をした教員が,自分の課題と学生の反応を参観した教員に問うことを基本にしました。そうしたら討議は活発になり,学生の様子も共有できる場になったのです。研究授業をした教員だけでなく,他の教員も学生を知る機会になったようです。

藤江 学生の反応や様子を根拠にアドバイスするというルールは,ぜひ取り入れてほしいですね。この話に関連して,最近の学校教育では教師が他の教師の授業を見る際,学生の様子を知るために教室の前方から見ることが推奨されるように変わってきています。

池西 なんと,実は私も教員の研究授業を見るときは,いつも前方の黒板の隣から見るようにしています。学生の反応を見てほしいと他の教員にもよく言っています。

 教育現場は多忙ですから,研究授業という形式にとらわれず,教員同士で都合がつくときにお互いの授業を見るだけでも良いかもしれません。真に重要なのは,フィードバックのとき,「学生はどう感じているか」と,「学生」を主語にすることです。

■問い続け,学び続ける大切さを臨地実習で教えたい

池西 看護教育の最大の特徴は臨地実習です。臨地実習はあらゆる場面が教材で,学生の飛躍的な成長のチャンスになり得ます。ですが,教員は慣れない環境での指導ですし,現場の看護師は教育の専門家でない上,学生を理解する時間は限られます。そういう背景から指導側にとって悩み多い教育とも言えます。難しい教育ではありますが,臨地実習も学生本位で考えることが前提にあると言えるでしょう。

藤江 おっしゃる通りです。臨地実習での目標設定はどう考えていらっしゃいますか。

池西 学生がのびのびと経験し,看護師とは何かを振り返れる場にしたいと考えています。何ができるようになるかよりも,目の前の患者さんに看護師としてしなければならないことを考えることが大切です。実力不足でやれない自分に気付いて戸惑い,本当にどうすべきかわからないような事態を経験することも時に必要でしょう。

藤江 授業と違って実践は単純ではないと知ってもらうということですね。臨床は目的的な営みです。情動を伴い,看護師のアイデンティティの揺れや確認,再構成をもたらすと思います。専門職にとって欠かせない,「学び続けるという姿勢」を学生時代につくるために,実践の複雑さを実感することは重要です。

池西 同感です。技術や知識ではなく,「現場で,看護師の責務を遂行するための葛藤を自覚する」という評価基準も欠かせないものでしょう。臨地実習の場で看護師として育ち続けていく上で必要な「問い」を持つ素地を作るために,臨地実習の指導者は効果的なしかけをしてほしいと思っています。

藤江 指導者として,看護教員と現場の看護師の役割分担を明確にできそうですね。教員は現場の状況を冷静な視点で構造化して学生に示し,看護師は複雑な現場での葛藤や,その状況の中で感情が揺らぎながらも最善をめざす姿勢を学生に示してはどうでしょうか。

池西 良い分析と提案だと感じます。看護師としての視点と心の動き,両方を伝えることが学生の飛躍的な成長につながるでしょう。

藤江 看護師等養成所では指導者に臨床経験があり,学生も臨床を志向しています。その点で,看護教育は指導者が専門職として得た学びを学生に伝達する場とも言えるでしょう。看護師等養成所は「専門職としての学びを共有する場」ととらえられるのではないかと,今日のお話を通じて思いました。

池西 長く看護教員をしてきて思うのは,学生は誰でも,伸びる力を間違いなく持っているということ。力を伸ばすために教員ができるのは,伸びる方向性を示し,ヒントを与えて足場かけをすることです。医療界は卒業後も教え子との関係が近いですから,教え子の成長や活躍を見届けることができます。それが看護教育の面白さであり,教員の醍醐味でもあると私は考えています。

(了)

「看護教育」誌58巻4号(2017年4月)では,「発問」を切り口に両氏が執筆。学習者の思考を促す発問の位置付けと具体的方法についての特集です。併せてご覧ください。


いけにし・しづえ氏
国立京都病院附属看護助産学院(当時),京都府立保健婦専門学校(現・京都府立医科大学)卒。国立京都病院での臨床経験後,京都府医師会看護専門学校,(専)京都中央看護保健大学校に勤務。37年間の看護教員生活を経て,2013年にOffice Kyo-Shien開設。専任教員・教務主任養成講習会の講義,看護教員向けの講演,看護学校運営のアドバイス,看護学校での講義などの活動に携わっている。『看護教育へようこそ』,『臨地実習ガイダンス』(いずれも医学書院)など著書多数。

ふじえ・やすひこ氏
東京学芸大学教育学部初等教育教員養成課程を卒業後,2000年に広島大学大学院教育学研究科学習開発専攻博士課程(教育学)を修了。お茶の水女子大学助教授を経て06年より関西大学文学部助教授,07年より准教授。11年より現職。専門分野は授業研究,カリキュラム研究。教室談話の分析を通して,授業の中で子どもと教師が何を学び,どのような関係性を結び,どのような経験をしているかを追究してきた。共著に『授業研究と学習過程』(放送大学教育振興会)など。

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