医学界新聞

対談・座談会

2017.11.13



【座談会】

メカニズムがわかれば楽しくなる!
胸部X線写真の見かた

柴田 綾子氏(淀川キリスト教病院産婦人科)
小林 弘明氏(福井県済生会病院 呼吸器外科・顧問)
笹本 浩平氏(市立敦賀病院研修医)


 胸部X線写真の読影は日常的に行われるが,苦手とする初学者は多いのではないか。「疾患ごとの特徴的パターンの暗記」ではなく,なぜそのような陰影が見えるのかという「見えかたのメカニズム」から考えて画像を読めるようになれば,読影が楽しくなり,診断の精度を高めることにもつながる。

 産婦人科医の柴田綾子氏と2年目研修医の笹本浩平氏の2人が抱くX線写真の疑問に,『誰も教えてくれなかった胸部画像の見かた・考えかた』(医学書院)を執筆した小林弘明氏が,見えかたのメカニズムを踏まえた読影について解説した。明日からの診療に活かせるX線写真の見かたとは?


日常的に使う診断ツール,X線写真ならではの強みとは

柴田 小林先生の勉強会に私が参加したのは,医学部5年生のときでした。X線写真やCTの所見だけでなく,病理組織所見を元にX線写真の読影を解説してくださり,「医学部の勉強が臨床にこう役立つんだ!」と感激したのを覚えています。

笹本 医師国家試験で問われるX線写真は,パターンさえ覚えれば「疾患はこれだろう」とわかるものが多いですよね。でも,研修医として臨床現場に出ると,それでは当然対応できません。X線写真の読影による鑑別の大切さを,ぼくは今まさに痛感しています。

柴田 私も医師7年目とはいえ,自信を持ってX線写真の評価ができているとは言えません。胸部X線写真の見かたについて,医学生や研修医の教育にも携わる小林先生は,どのような点を強調して教えられているのでしょう。

小林 「こう見えるのには訳がある」と画像の見えかたのメカニズムを考えた読影法を身につけてほしいということです。X線写真は正常がわかっていないと異常は発見できません。初めに,さまざまな構造物がX線写真にはどう写っているかを確認し,正常像を覚え込むことが大事です。そして,「隠れた肺野」が4割にも及ぶことを肝に銘じて肺野全体をくまなく見るようにします。こうしたX線写真の原理と背景を理解した上で読影に臨んでほしいと伝えています。

笹本 X線写真による診断にはどんな強みがあるとお考えですか。

小林 たった1枚で胸部を把握できる点です。肺癌だけでなく心拡大,胸水,気胸,肺炎などをX線写真で追いかけることができます。

笹本 日常的に使う診断ツールから得られる情報はたくさんあるわけですね。

小林 そうなんです。CTやMRIなどのモダリティが発達し,「いまさらX線写真の重要性?」と思われがちですが,どんな施設においても簡便に撮れて安価で被曝もわずか。なおかつ見かたによってさまざまな情報が得られますから,X線写真はとても価値ある検査法なのです。

 X線写真によるスクリーニングから異常の有無を判断し,CTで精査すべきかまでを見分ける能力は,医師であれば誰もが必要です。X線写真はどんな領域に進んでも日常診療で必ず見るものだからこそ,医学生や研修医のうちから読影する力を養ってほしいと考えています。

おろそかにしない!良い写真の条件

笹本 数多く胸部X線写真を見ていると,「似ているけれど,どうも違う」ものにたくさん遭遇します。読影で注意すべき点はありますか。

小林 最初に,読影に耐え得る良い写真が撮られているかを確認します。胸部X線写真正面像(P→A)を例に撮影のポイントを大きく3つ紹介します。まず,きちんと正面から撮ること。特に縦隔から肺門部の陰影は,角度が変わると大きく見えたり,逆に消えてしまうことがあるので,左右の鎖骨内側端と胸椎棘突起との間隔が等しくなるよう撮ります。2つ目は,大きく息が吸えていること。心拡大の評価にも影響しますし,肺底部(下肺野)の陰影は黒い部分から白い部分にいくにつれて見えにくくなるので,異常を見逃さないためにも吸気の状態で撮ることが大切です。そして3つ目は,肺が上から下まで1枚の写真にすっぽりと収まっていること。肺尖や肋骨横隔膜角が欠けないように撮りましょう。

笹本 撮影の条件が撮るたびに変わってしまっては,比較しづらくなるのでおろそかにできませんね。救急では,放射線室に患者を移せない場合,救急処置室で座位や仰臥位のままポータブル装置で撮ることがあります。そのような状況でも良いX線写真を撮るにはどうすればいいでしょう。

小林 管球とフィルムの距離が2 mほど離れていれば,拡大による影響は小さく済みます。ところが,ポータブル装置のように1 mほどの近さになると心陰影の拡大や辺縁のボケが生じ,読影に影響が出てきます。ポータブル装置も座位であれば,胸水や気胸を判読できるのですが,仰臥位では吸気が不十分になりがちな上に,液体は背側に,空気は腹側に貯留するため,胸水も気胸も過小評価されてしまいます。ポータブル装置でないと撮影が無理な患者以外は「なるべく立位で撮る」との判断が必要でしょう。

笹本 確実な評価には,撮影時の姿勢がX線写真にどう影響するかを想像することが大切ですね。

柴田 産婦人科では,入院や手術をする患者に胸部X線写真を撮ります。無症状であっても,正常か異常なのか判断に迷う所見に出合うことがあります。

小林 不安を覚えたら,同一患者の以前の写真と見比べること。なければ他の患者の写真でもいいので,正常な写真と見比べることです。

笹本 不要なCT検査を避けるために知っておくことはありますか。

小林 例えば,高度の気胸はCTを撮ってもX線写真以上の情報が得られません。「すぐにその場で撮らない。ドレナージをしてある程度肺が膨らんでから」と研修医に指導するのですが,初診でCTを撮られてしまうこともしばしばあります。CTまで撮らなくてもX線写真の比較読影で済む場合が他にもたくさんあるので,まずはX線写真を丁寧に読影してもらいたいですね。

基本は比較,読影法のコツとは

小林 過去画像との比較から異常を見つけられるのも,胸部X線写真の大きなメリットです。

柴田 悪性腫瘍や慢性疾患の比較読影では,どの程度の期間をさかのぼればよいのでしょうか。

小林 結節の診断では1年以上さかのぼります。肉芽腫のようなものは2~3年ほど。すりガラス陰影なら数年は必ずさかのぼっています。一方,肺炎などの急性疾患の場合には病状に合わせて日・週・月の単位で比較することになります。

笹本 比較していると,例えば横隔膜の尾側や,縦隔陰影に重なる白い部分は,とらえにくいことがあります。

小林 黒く見えないこれらの部分にも肺は存在しています。十分に息が吸えていない写真であれば,撮り直しましょう。

 撮り方は正面像以外にも,斜位をかけた撮影や肺尖を狙った撮影方法があります。陰影の部位によっては,正面像よりも側面像のほうが見やすいことがあります。

笹本 正面像は見慣れていますが,側面像となると読むのが難しそうですね。

小林 それも正常な側面像を知っているかどうかに尽きます。正面像が読めるのは,笹本先生なりの正常像がすでに身についているということです。

柴田 術前検査の胸部X線写真から見逃してはならないことは何ですか。

小林 心不全や肺炎などの手術リスクの評価と,肺癌を発見することの2つです。

柴田 非専門医がX線写真で肺癌を見つけるのはハードルが高いと感じます……。

小林 濃い結節影を呈するタイプの肺癌は,見逃すと命にかかわります。まずは明らかな結節影をチェックできればよいでしょう。X線写真で結節影を認めてCTで精査を行う際には,水平断面だけでなく,冠状断面や矢状断面もぜひ確認してみてください。古い炎症性結節は,ある方向からは丸く見えても,方向を変えるとしばしば扁平に見えます。その一方で,癌はどこから見ても比較的丸い形をしています。

柴田 女性では乳房が重なって映ることが多く,肺野の透過性が低下して評価しにくいものがあります。女性の胸部X線写真を見る際,何かコツはありますか。

小林 写真に左右差がないかを確認します。左右差がなければそれはおそらく乳房によるもので,病気が隠れている可能性は低い。

笹本 それでも,乳房や肩甲骨まわりに陰影が見えると,戸惑いますね。

小林 では,を見てください。下肺野の乳房辺縁の上下で明らかに透過性の差が見えますよね。

 陰影の一部を隠して観察することで異常陰影でないことを確認する(『誰も教えてくれなかった胸部画像の見かた・考えかた』より)

笹本 ええ,確かに。

小林 そこで乳房辺縁の線に鉛筆をピッと重ねてみてください。全体が同じ濃さになったように見えませんか?

笹本 ああ,本当だ!

柴田 これは驚きました。

小林 どこかに境界線があると,どうしても人間は適当に線をつなげて陰影を創造しがちです。そんな時は,鉛筆や指で線を隠してみる。陰影が消えればそれは合成陰影と言われる“偽物”の影です。隠しても残ったら本物の異常陰影とわかる。人間の目の特性を知っておくだけでもX線写真の見かたは変わりますよ。

病理組織診断と画像診断をつなげて鑑別を考えよう

柴田 医学生のときに参加した勉強会で,小林先生が病理組織のスライドを元にX線写真を解説されていたのが強く印象に残っています。それまでは,「肺炎はこの画像」「心不全はこう見える」とX線写真の勉強はX線写真から学ぶものとばかり思っていたからです。なぜ,病理組織診断とX線写真の診断をつなげて考えようと思われたのでしょう。

小林 私は,X線写真やCTの読影から,気管支鏡検査,細胞診,手術,そして切除した肺は自分で切り出すという一連の過程を行き来しながら肺癌の診療に当たってきました。異常があると,どこかにつじつまの合わない部分が出てくるものです。「何か変だな」と。

 その確認作業を繰り返す中で,パターンで覚えるのではなく「こういう病理だから,画像ではこう見える」と原理を知ることが,診断の精度を高めるためには不可欠だと気付いたのです。

柴田 病理組織所見が,X線写真やCTの画像にも反映されていることを前提に診断を進めなければならないわけですね。

小林 はい。わかりやすいのが癌のすりガラス陰影です。肺胞上皮細胞がたった1層がん細胞に置き換わるだけで,正常の肺胞隔壁とは厚みがまったく異なってきます。それによって,X線吸収率が変わり,正常部位と異常部位でCT所見が変わってくるのです。

笹本 病理組織の違いがX線写真やCTにまで表れてくるとは考えていませんでした。答え合わせまでできることに,驚きです。今までルーチンとして行ってきた画像検査を,もっと深く考え直さなければなりません。

小林 「とりあえずCTを撮って終わり」ではなく,X線写真や病理組織所見に立ち返って診断を考えることが重要です。CTでの影が「X線写真ではこう見えていたのか」とわかり,さらに,病理組織所見と対比することでCTの画像で感じた疑問を解決することにつながります。

的確な診断で肺癌の早期発見を

小林 胸部X線写真はパターンを暗記するだけではなく,原理を知って見られるようになれば面白くなります。私が毎月行っている医学生との勉強会は,X線写真をじっくり検討し,CTを答え合わせに用いつつ,肉眼病理,組織病理まで見せるスタイルで行います。読影会に来る学生は「胸部X線写真を見るのが苦痛じゃなくなった」「興味を持って見られる」「医師国家試験に役立った」と言ってくれます。

笹本 小林先生のお話から,画像の見えかたのメカニズムと解剖学的に陰影を読み解く視点を持ち合わせる重要性を理解しました。正常像の読影を積み重ねることで,「これはいつもと違うぞ」と異常像に反応でき,疾患をしっかりと鑑別できるようになりたいです。

柴田 X線写真のような基本的なツールから読み取れる情報がたくさんあることを知りました。読影力を向上させることで,私のような産婦人科医でも肺癌の予防や早期発見に携われるのだと実感しました。X線写真について,またいちから学び直したいと思います。

小林 私は,肺癌は手術で治ると思って呼吸器外科の道に進みました。しかし,進行癌の多くが再発するのを見て早期発見の大切さに気付き,画像診断に興味を持ちました。的確に診断し適切な治療につなげることで,より多くの患者さんが助かります。皆さんのような若手医師にはX線写真の強みを活かし,肺癌を治る段階で見つけてもらいたい。X線写真の見かたがわかれば,読影はもっと楽しくなるはずです。

(了)


こばやし・ひろあき氏
1977年三重大医学部卒。金沢大第一外科(現・先進総合外科)入局。81年同大大学院修了(医学博士)。84年国立がんセンター(現・国立がん研究センター中央病院)にて肺診断学の研修を,85年大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)で呼吸器細胞診の研修を受ける。92年福井県済生会病院呼吸器外科部長に就任,2017年11月より現職。肺癌の診断・手術を中心とした呼吸器外科診療の傍ら,肺癌死亡ゼロを目標に医学生・研修医等の教育,さらに禁煙支援や喫煙防止教育にも取り組んでいる。近著に『誰も教えてくれなかった胸部画像の見かた・考えかた』(医学書院)がある。

しばた・あやこ氏
名大情報文化学部卒。国際保健・国際援助に憧れ,途上国で弱者となりやすい母子をサポートできる技術と知識を学びたいと2006年に群馬大医学部に3年次編入。卒業後は沖縄県立中部病院産婦人科コースで初期研修,13年より現職。医学生時代から,勉強会やセミナーに積極的に参加。家庭医療,総合内科,医学教育にも興味があり,産婦人科との橋渡し役をめざして現在は医学生・研修医向けの勉強会を数多く企画している。共著に『女性の救急外来 ただいま診断中!』(中外医学社)。

ささもと・こうへい氏
大阪府立大総合科学部(現・人間社会学部)卒。微分積分学を専攻。「健康は笑顔を生む」との想いから医師を志し,2010年京府医大医学部入学。2016年より現職。福井県の臨床研修病院の魅力を発信する「ふくい若手医師リクルーター」に同県から任命されている他,総合診療勉強会「大阪どまんなか」を創設しアドバイザーを務める。研修の傍ら数理生理学研究に携わり,医学生・医療者対象のイベントを行うプランナーとして奮闘中。教員経験を生かし,医学教育を実践できるリサーチマインドを持ち合わせた総合診療医をめざす。

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