医学界新聞

寄稿

2017.10.30



【視点】

薬剤師がクリニカルクエスチョンを検証する

鈴木 賢一(がん研究会有明病院副薬剤部長)


 固形腫瘍のがん薬物治療の中心となっているシスプラチン(CDDP)レジメンは,高度催吐性リスクに分類される。日本における制吐薬適正使用ガイドラインでは,5-HT3受容体拮抗薬(5HT3RA),ニューロキニン1受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3剤併用の予防的制吐療法が推奨されている1)

 パロノセトロン(PALO)は2010年に長時間作用型の薬剤として発売された。従来の5HT3RAであるグラニセトロン(GRA)に比べて高価(当時の薬価で約8倍)であり,どの程度の臨床的優位性があるか根拠が乏しく積極的に使用すべきか意見が分かれていた。当時臨床業務を担当していた私はプレゼン資料作成の過程で,過去にPALOのGRAに対する非劣性は証明されていたが,優越性を証明したエビデンスはないことに気付いた。

 GRAよりも高価で使用方法の利便性に差がないことから,非劣性試験の結果だけでは実臨床にPALOを導入する根拠としては乏しい。臨床的な優位性の有無を第3相試験で確認する必要があると考えた私は,当時担当診療科部長であり,多くの臨床試験経験を持つ山本信之医師に相談した。山本医師と話し合う中で,この試験の実現には2つの大きな課題があることが判明した。1つは医師主導で試験を実施することは難しく,薬剤師主導で実施する全国規模のネットワークを構築することであった。これまで静岡県内の10施設,360例での試験例はあったものの,今回は800例で,全国規模の協力が必要だったからである。

 この例数が必要なのは,今回の試験では臨床的に意味のある「差」,つまりPALOがGRAより少なくとも8~10%の優位性を持つことを検証したかったことによる。このように「その差は臨床的に意義があるか」を患者目線で検討できるのは,研究者主導試験の利点の一つと考える。

 薬剤師主体の前向き臨床試験が全国規模で実施されたのは初めてで,これまでは薬剤師の全国的な臨床試験のネットワークは存在しなかった。がん専門薬剤師のメーリングリストなどを活用し,最終的に20施設から手が挙がり実現につながった。

 2つ目はプラセボを使用せずに盲検化することだった。資金の限られる薬剤師主導の臨床研究ではプラセボの準備は困難である。無菌調製などの手技や運用を工夫すること,医事会計担当者との申し合わせをすることなどで,最低限の費用で盲検化を実施するめどが立ち,試験の実現に大きな一歩となった。

 このような経緯でCDDPレジメンでのGRAに対するPALOの優越性を検証する第3相二重盲検比較試験を実施できた。その結果PALOの使用は遅発期(CDDP投与後24時間以降120時間まで)の嘔吐抑制,および全期間を通じて悪心・嘔吐をGRAよりも抑えることを確認でき,PALOの臨床的な有用性を証明することができた2)

 最近では病棟業務が日常的に行われ,他職種に対してエビデンスに基づいた医薬品情報を提供することは薬剤師の重要な役割の一つとなっている。しかしながらエビデンスのない領域は多く,場合によっては不十分な対応とならざるを得ないのが現状である。今後は薬剤師の臨床試験ネットワークを基に,薬学的な視点を生かした臨床試験を通じて,治療効果や質の向上に寄与する意義あるエビデンスを創り出していきたい。

参考文献
1)日本癌治療学会編.制吐薬適正使用ガイドライン2015年10月第2版.金原出版;2015.
2)Ann Oncol. 2016[PMID:27358385]


すずき・けんいち氏
1992年明治薬大卒。同年沼津市立病院,2006年静岡県立静岡がんセンターを経て12年より現職。

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