医学界新聞

連載

2017.09.11



賢く使う画像検査

本来は適応のない画像検査,「念のため」の画像検査,オーダーしていませんか?本連載では,放射線科医の立場から,医学生・研修医にぜひ知ってもらいたい「画像検査の適切な利用方法」をレクチャーします。検査のメリット・デメリットのバランスを見極める“目”を養い,賢い選択をしましょう。

[第5回]骨軟部領域

山下 康行(熊本大学大学院生命科学研究部放射線診断学分野)
隈丸 加奈子(順天堂大学医学部放射線診断学講座)


前回からつづく

症例

 44歳女性。日曜日に引っ越しで重い荷物を運んだところ,急に腰が痛くなり動けなくなった。湿布で痛みに改善がみられず,翌月曜日に何とか歩いて受診した。診察では左脚に感覚鈍麻および軽度の筋力低下あり。膀胱直腸障害なし。腰椎X線写真で異常がなく,椎間板ヘルニアを疑ってMRIを予約した。

腰痛診療では“red flags”を見落とさない

 腰痛診療においては,全腰痛の1~5%程度と言われている「重篤な疾患に起因する腰痛」を絶対に見逃さないことが大事です。重篤な疾患の可能性を示唆する臨床的サイン(red flags,)のいずれかに該当する場合は,転移性脊椎腫瘍,脊髄・馬尾腫瘍,化膿性脊椎炎,椎体骨折,解離性大動脈瘤,強直性脊椎炎,閉塞性動脈硬化症,馬尾症候群などが存在する可能性があり,適切で早急な診断と治療が必要となります。

 重篤な脊椎疾患(腫瘍,炎症,骨折など)の合併を疑うべきred flags(危険信号)(文献1より転載) 。
著者註:発症年齢<20歳では脊椎奇形,>55歳では悪性腫瘍,椎体骨折,帯状疱疹,大動脈解離,腸管穿孔などが危惧される。
他にも,最近外傷の既往,薬物乱用,全身状態の不良もred flagsと考えられる2)

 大多数を占めるそれ以外の腰痛には,原因のはっきりしない非特異的腰痛,椎間板ヘルニアなどのぎっくり腰(急性腰痛症),腰部脊柱管狭窄症などが含まれます。原因によって予後や治療方針が異なるため,初診の腰痛患者の場合,注意深い問診と身体検査により,まずは①重篤な疾患に起因しているかもしれない腰痛,②神経症状を伴う腰痛(椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症),③非特異的腰痛に臨床的にトリアージすることが推奨されています1)

Red flagsを有する患者には画像検査を推奨

 画像検査が推奨される腰痛患者は,端的に言えば「画像検査が,その後の健康改善に寄与する可能性が高い患者」であり,red flagsを有する患者には画像検査が推奨されます。一方で急性腰痛症の場合は,発症時の激烈な症状の割に予後が良好であり,多くの患者が1か月以内に回復することが知られています3)。非特異的腰痛に対しては理学療法や対症療法以外に治療法がありません。すなわち,このような患者に対しての画像検査は健康改善効果が薄く,多くのガイドラインで推奨されていません。

 米国家庭医学会(AAFP)がリストアップしたChoosing Wisely4)では,「発症から6週間以内の急性腰痛患者でred flagsが無い場合の画像検査は推奨しない」とされています。また,米国救急医学会(ACEP)は「非外傷性患者で救急外来を受診した患者において重篤または進行性の神経脱落症状を有する,あるいは脊椎感染症や馬尾症候群,転移などが疑われる場合以外は画像検査を推奨しない」としています。

 日本のガイドライン1)でも,腰痛患者の初診で必要とされる診断の手順として,下記が推奨されています。

 日本のガイドラインでは図1に示すアルゴリズムが診療フローとして提唱されています。欧米のガイドラインと比較するとややMRIの適応が広くなっていますが,これは日本におけるMRI機器への良好なアクセスが背景にあると考えられます。

図1 腰痛の診断手順(文献1より転載)(クリックで拡大)

画像検査の「デメリット」

 画像で観察される椎間板変性や膨隆,骨棘などの退行性変化は多くの成人に見られ5),症状と直接関与しないことも多いと言われています。米国の研究では「腰痛早期のMRI検査は腰椎手術を増加させたが,アウトカムに有意な改善はなかった」と報告されています6)。米国の別の研究によると,腰椎MRI検査のレポートに「このような退行性変化は多くの成人に見られます」という疫学情報を加えただけで,主治医がオピオイドを処方する頻度が減少したという報告もあります7)(米国ではオピオイドの過剰使用・依存がしばしば問題となっており,適正処方が求められています)。また,腰椎MRIで変性した椎間板や骨棘などを見て,患者の病識が強まったという報告もあります8)

 腰痛の画像診断に限ったことではありませんが,「患者の健康を今よりも良くすることに寄与する」画像検査を行い,そうではない画像検査は行わないという視点と姿勢が重要です。

症例への対応

 腰椎MRI検査を施行したところ,L4/5レベルの椎間板は右後方に突出し,右の神経孔も狭小化していた(図2)。患者の症状は左側であり,画像所見とは一致しなかったが,ひとまず椎間板ヘルニアの診断のもと保存的な治療が行われ,間もなく腰痛もしびれも改善した。

図2 腰椎MRI検査

腰痛に対する
画像診断適応のポイント

●画像検査を推奨する腰痛患者とは「検査を行うことで健康が改善する患者」
●Red flagsを有する患者には重篤な疾患が潜んでいる可能性があり,画像検査を推奨
●無症状患者でも椎間板膨隆や骨棘などの画像上の異常がみられることが多い

つづく

参考文献・URL
1)日本整形外科学会,日本腰痛学会監修.腰痛診療ガイドライン2012.
2)Eur Spine J. 2006 [PMID:16550447]
3)BMJ. 2003 [PMID:12907487]
4)Choosing Wisely
5)Spine. 1995 [PMID:8747239]
6)JAMA. 2003 [PMID:12783911]
7)Radiology. 2013 [PMID:22357893]
8)Radiology. 2005 [PMID:16244269]

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