医学界新聞

2017.09.04



Medical Library 書評・新刊案内


終末期の苦痛がなくならない時,何が選択できるのか?
苦痛緩和のための鎮静〔セデーション〕

森田 達也 著

《評者》 田代 志門(国立がん研究センター社会と健康研究センター 生命倫理研究室長)

「グレーゾーン」で悩む全ての医療者のために

 現代の医学書としては珍しく「古典(クラシック)」になり得る本ではないか。言い換えれば,この本は今後数十年にわたり,鎮静に関する議論の出発点であり続けるだろう。もちろん,このテーマに関しては著者のものを含め,数多くの学術論文が書かれてきた。英語圏では論文集も3冊ほど出ている。しかしいずれも専門家向けであり,また鎮静の議論の全体像を提示するものではない。これに対して,本書は世界で初めて,「苦痛緩和のための鎮静」という,しばしば難しい倫理的判断を伴う医療行為の全体像を明らかにした本である。これは鎮静の問題が狭い「業界」の話ではなくなりつつある現在,大きな社会的意義がある。まずは日本語でこれを読める喜びをかみ締めたい。

 さて,この本の優れた点はいくつかあるが,ここでは2つに絞って述べておきたい。本書は大きくは前半(Part 1)と後半(Part 2)に分かれており,前半部は議論の前提となる知識の共有に割かれ,後半部ではそれに基づく著者の考察が展開されている。この前半部で特に秀逸なのが,鎮静概念とその倫理的正当化をめぐる過去30年の論争史を丁寧にまとめた箇所である。もちろん,併せて最新の医学的な知見も手際よく整理されており,医療者にとっては「明日から使える」知識も多く得られる。とはいえ,もし本書が単なる「最新の情報」の整理に終始しているのであれば,時とともにその内容は古びていくだろう。しかし「概念」や「歴史」に関する記述はそう簡単には古くはならない。「古典」と言ったのにはそういう意味がある。

 もう一つこの本が優れているのは,鎮静と向き合う臨床家の「迷い」が丁寧に書かれている点である(著者の言葉でいえば「グレー」な判断がこれにあたる)。鎮静は論争的な医療であるし,それは今後数十年たってもそう大きくは変わらないのではないか。実際,意識を低下させることなく苦痛を緩和することができるのであれば,患者・家族も医療者も迷いなくそちらを選ぶだろう。しかし他に苦痛を緩和する手だてがなく,これ以上の苦痛を与え続けることは許容されないという局面に立たされたとき,鎮静は一つの選択肢として立ち現れる。中でも,ある程度の余命が期待される患者の意識を急速に低下させるタイプの鎮静の開始は高度に倫理的な判断を伴う。この本が優れているのは,こうした判断の難しさを率直に認めたうえで,思考停止や安易な決断主義に陥ることなく,可能な限り「合理的に」考え抜こうとしているところである。

 ところで,振り返って考えてみれば,実は多くの医療行為はこうした「迷い」を含みながら日々行われているものである〔「どんな治療にもグレーゾーンがある」(p.134)〕。これは医療が途上的技術(halfway technology)である以上,ある種の宿命といってもよいかもしれない。その点で,本書が緩和ケアを専門とする医療者だけではなく,あらゆる領域の医療者に広く読まれることを願う。

B5・頁192 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02831-8


運動学で心が折れる前に読む本

松房 利憲 著

《評者》 目須田 知果(児童発達支援センターにじいろキッズらいふ/作業療法士)

運動学の勉強を避けている学生さんにオススメします!

 私は学生時代,物理がとても苦手でした。運動学を勉強しようとしても,どこから勉強してよいのかわからず,理屈を理解できないまま,授業で配られたプリントや教科書にある公式や図を,ただただ丸暗記していたように思います。そのせいか,臨床現場に出て,運動学の考え方を応用して使っていくことの必要性と難しさを,日々痛感しています。

 本書は,物理や数学が苦手な学生が,運動学の授業でつまずかないように,その基礎となる力学の知識が,対話形式で解説されています。とても読みやすく,なおかつ簡潔に説明されているので,物理が苦手な私でも抵抗なく,最後まで楽しみながら読むことができました。本書に出てくる「先生」の例えが,日常生活で私たちがよく知っているもの(そうめんやビールの飲み方など)なので,難しい内容も簡単にイメージでき,覚えやすく,なおかつ忘れにくいです。

 項目ごとに「本日のおさらい」と「復習問題」があるため,自分が読んだ内容を理解できているかどうか,すぐに確認できます。また,できない問題があると,理解できていなかった部分が明らかになり,どこをもう一度勉強すればよいかがわかるため,効率よく運動学を学んでいくことができます。

 自分が学生時代に本書を読んでいれば,ただの暗記にならず,理解しながら学ぶことができ,今頃は運動学の知識を臨床現場に活かすことができていたのではないでしょうか。もちろん,臨床現場に出てから本書を読んでも大丈夫です。気になる項目から読めますので,疑問点をすぐに確認できます。そういう意味では,臨床に出てからも役に立つ本です。

 今回,私は本書を読んでみて,「苦手というだけで嫌っていた物理や運動学だけど,実は面白い教科だったのかもしれない」と感じました。運動学でくじけそうになっても,本書を手に取れば,再びやる気を出して取り組むことができます。運動学の基本を理解し,国試に挑み,そして毎日の臨床現場でその知識を活かしていくことができるよう,物理や数学に苦手意識があり,運動学の勉強を避けている学生さんに,本書をお薦めします。

A5・頁144 定価:本体1,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02863-9


プロメテウス解剖学アトラス
解剖学総論/運動器系

第3版

坂井 建雄,松村 讓兒 監訳

《評者》 尾﨑 紀之(金沢大教授・機能解剖学)

現場の教員と学生の悩みをくみ取って作られたアトラス

 解剖学の教育が難しい理由の一つは,予備知識の全くない学生に(最初に学ぶ専門科目),2次元である教科書やスライドを用いながら,3次元である人体の構造をイメージさせ,難しい漢字(他の分野ではおそらく一生,書いたり読んだりしない)や英語で書かれた名称(解剖学用語)を,大量に(8400語以上,臨床現場ではまだ全然足りない),しかも短時間(解剖学の講義実習時間はどんどん減っている)で身につけさせることだと思う。そのために一番有効なのは,解剖実習であるが,それをいかに実りあるものにするか,解剖学の教員は頭を悩ます。学生は「圧倒的な量の事実」を前に,途方に暮れる。解剖学は精巧で神秘的な私たちの体を自らの手で学ぶ興奮に満ちた学問であるのに。そしてそれらの学生が高学年に上がると,臨床の先生方から「解剖学の勉強が足りない」と温かい叱咤激励をいただく。

 解剖学の教育が難しい二つ目の理由は,臨床を知らない学生に,その意義に基づいて教えることだと思う。『プロメテウス解剖学アトラス』は,現場の教員と学生の悩みをくみ取って作られた。美しいイラストは,人体を立体的にしっかりと再現している。初学者にとって理解が難しい,構造と構造の境界や重なり,前後関係を『プロメテウス解剖学アトラス』は正確に描画しつつ,必要なところはしっかりと強調している。

 また,さまざまな角度からのあるいは深さのイラストが充実している。人体の理解のために模式図は有効で,学生はそれで理解をする(した気になる)けれど,次にその模式図と実物との乖離に悩む。『プロメテウス解剖学アトラス』の清潔感と実在感のあるイラストは模式図と実物との橋渡しをしてくれる。

 学生は,見たことのない言葉(解剖学用語)で書かれている解剖書を外国語のように読むが,『プロメテウス解剖学アトラス』では,図に書いてあること全てが本文で説明されている。そして索引が充実している。さらに,その構造の理解がなぜ必要なのか,臨床医学との関連に基づいて説明してくれる。これほどの初学者目線が可能になったのは,学生の優れた学習環境を作るという目標の下,解剖学の基礎的理解と臨床上の意義という視点で本書が作られているからだろう。この構想は見事に成功した。

 本書はドイツ語で書かれた原著第4版の日本語版だが,生き生きとした文体が魅力的である。監訳者,訳者の方々が,それぞれの分野に詳しい日本を代表する解剖学者だからであろう。優れた本書ではあるが,著者も訳者もこれが解剖学アトラスの完成形とは考えてはおられまい。技術の進歩はわれわれの予想をはるかに超えており,解剖学アトラスの形も変わっていく。本書のさらなる発展が楽しみである。『プロメテウス解剖学アトラス』は,医学生,リハビリテーションやコメディカルの学生,そして医療関係者にとって心強い味方である。

A4変型・頁628 定価:本体12,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02534-8


《ジェネラリストBOOKS》
保護者が納得!
小児科外来 匠の伝え方

崎山 弘,長谷川 行洋 編

《評者》 五十嵐 隆(国立成育医療研究センター理事長)

豊富な臨床経験が紡ぐ トラブル防止のアドバイス

 コミュニュケーション能力が低下している人が増えている。わが国の社会全般で人間関係が希薄になっていることやIT機器が進歩し利用が進んでいることが主な原因とされているが,理由は定かではない。小児医療の現場においてもそのような傾向がみられており,その結果として医師や看護師と患者や保護者との間の理解が得られず,しばしばトラブルの原因となっている。

 今回,日頃から私が尊敬する崎山小児科の崎山弘院長と東京都立小児総合医療センター内分泌・代謝科の長谷川行洋部長の編集・執筆による『保護者が納得! 小児科外来 匠の伝え方』が上梓されたことを大変喜ばしく思う。若手小児科医を指導されているお二人が日常診療の現場で医療提供者側から患者や保護者に病名,治療方針,治療計画などがうまく伝わっていないケースに出合う機会が少なくないと実感されていることが,本書を編集・執筆された動機になったと推察する。

 本書の目的は,小児医療の現場で働く医師や看護師が「適切に相手に伝わる表現力を身につけること」である(「まえがき」より)。本書では第1章で診療を始める前に必要な心構えとして,患者や保護者への説明が適切に行われるために,「見る・聞く・考える・話す・確認する」という総合的技術が重要であることが強調されている。第2章では,小児の診療現場でよくある状況を題材とし,説明する内容の要点,説明の際に使ってはいけない表現(禁句),保護者と子どもへの伝え方の具体例が挙げられている。その記述はどれも丁寧で具体的であり,とても理解しやすい。

 米国小児科学会(American Academy of Pediatrics)が出版している『Bright Futures:Guidelines for Health Supervision of Infants, Children, and Adolescents』でも健診(Health supervision)の際の具体的な質問や説明がSample questionsやAnticipatory guidanceとして挙げられている。本書にも“Bright Futures”と同様の編集意図が感じられ,その結果として読者の理解を深める実用的な書籍となった。

 編集・執筆に当たられたお二人以外に本書の執筆に当たられた17人の先生方はいずれも現在第一線でご活躍中の臨床経験の豊富な小児科(専門)医で,どの章の記載も深い経験と洞察力にあふれており,納得する事項が多い。また,COLUMNでは“匠”ならではの経験から絞り出された有益なアドバイスが披露されており,どれも味わい深い。

 これまでこのような観点に立って執筆された小児医療関係の書籍はなく,その意味で本書は極めてユニークな本である。今後,小児科のsubspecialtyの診療科や小児外科においても同様の書籍が出てくると,小児医療に携わる者に大きな助けになると思う。ぜひ,多くの小児科医や看護師が本書を一読されることを願っている。

A5・頁228 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03009-0


脊椎内視鏡下手術[Web動画付]

吉田 宗人 編
中川 幸洋 編集協力

《評者》 松本 守雄(慶大教授・整形外科学)

“ここが知りたい”に応えるぜいたくな内容

 脊椎手術の多くは体の深部で行われるため,明瞭な術野を確保できるかが成功の鍵となる。大きな切開・展開をすれば視野はよくなるが患者への侵襲は増え,術後創部痛,脊椎不安定性の増悪,社会復帰の遅れなどの問題を生じる。いかに脊椎周辺組織を温存して低侵襲に手術を行い,これらの問題を解決するかが重要である。椎間板ヘルニアなどの脊椎疾患に対する低侵襲除圧手術としては長らく顕微鏡下手術がgold standardとされてきた。1990年代に本邦に内視鏡下手術が本格的に導入され,パイオニアの先生方の多大なるご努力があり,現在ではその手術数が全国で年間1万件を超える標準的な低侵襲脊椎手術になりつつある。本書の編者の吉田宗人先生(和歌山県立医大名誉教授)はそのようなパイオニアのお一人である。

 新しい手術手技の導入初期にはさまざまな技術的困難,手術機器,周辺機器の不備などの問題が存在するが,吉田先生はそれらの問題を一つひとつ解決され,脊椎内視鏡下手術を有効で安全なスタンダード手技として確立してこられた。本書には吉田先生とその門下の先生方が20年をかけて築いてこられた脊椎内視鏡下手術のポイントやコツが美しいシェーマと共にぜいたくに詰め込まれている。内視鏡下手術に必要な解剖,手術機器のセットアップ法と取り扱い法などの基本から始まり,疾患ごとの応用手技(これも頚椎から腰仙椎,あるいは脊柱管内から外まで対象疾患が非常に多い!),さらには合併症対策と全てが網羅されている。読んでいてここをもっと具体的に知りたいと思ったところは,実際の手術動画で確認できるようになっており,心憎いまでの配慮がなされている。

 和歌山県立医大には脊椎内視鏡下手術手技の習得をめざして国内外から多くの訪問者があるが(小生もその一人である),吉田先生以下,スタッフの先生方は大変な熱意をもってそれらの訪問者の指導に当たられてきた。本手術をスタンダードな手技として国内外に広め,脊椎疾患で悩んでいる患者の皆さんに恩恵をもたらしたいという吉田先生の強い思いがあってのことと思われる。

 本書は机上にあって,そのような指導を受けられる絶好のチャンスである。脊椎内視鏡下手術をこれから始める方,始めたが伸び悩んでいる方,さらには,経験は豊富だが自らの手技を再度見直したい方など全ての脊椎外科医にとって非常に役立つ手術手技書である。動画付きで1万8000円は大変リーズナブルであり,ぜひ手元に置いて熟読することを勧めたい。

A4・頁248 定価:本体18,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03053-3

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