受動喫煙の臨床試験(今村文昭)
連載
2017.07.03
栄養疫学者の視点から
栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。
[第4話]受動喫煙の臨床試験
今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)
(前回よりつづく)
私は昨年の夏ごろ体型が変わるほど太りました。被験者に太ってもらうという臨床試験に参加したためです。ある部門で参加者募集が難航中という話を耳にしたのがきっかけでした。臨床試験の大変さを被験者側から体験でき,詳しい血液検査などもあり,お小遣いも頂きました。
さて,肥満がさまざまな病気の危険因子であることを考えると,この臨床試験は非倫理的です。しかし,肥満のほうが心疾患発症後の予後がよいといった「肥満パラドックス」もあり(Lancet. 2006[PMID:16920472]),健常者を短期間でも太らせる臨床試験はやる価値があるとも言えます。
栄養学でも似たような臨床試験が行われてきました。その成果もあって一種のトランス脂肪酸は害として理解され,ナイアシン(ビタミンB3)は脂質異常症の薬として活躍しています。
そして受動喫煙も同様です。合法的な煙草も世界各国で禁煙政策が執られています。屋内外の政策に関する白熱した議論,喫煙者の心情を鑑みれば地道な啓発とエビデンスの精査が必要です。こうした状況に光を当てた,知る人ぞ知る臨床試験を3つ紹介します。
・オーストリアにて,1980年代当時のレストランなどと同程度の受動喫煙を喫煙者13人と非喫煙者9人に20分間経験させ,非喫煙者の血小板凝集を抑える指標が喫煙者並みに減少(Chest. 1986[PMID:3522121])
・米国カンザス州の病院にて,非喫煙者10人を喫煙エリアに20分間,別日に非喫煙エリアに20分間着席させ,受動喫煙によりニコチンやヘモグロビン付加体の血中濃度が上昇,血小板凝集と血栓に関する指標が上昇(Arch Intern Med. 1989[PMID:2916883])
・大阪市大医学部生の非喫煙者15人,喫煙者15人を院内の喫煙ルームに30分間滞在させ,非喫煙者の血中ヘモグロビン付加体濃度が上昇,冠血流予備能が減衰し喫煙者のそれに接近(JAMA. 2001[PMID:11466122])
上記の研究から短期の受動喫煙でも血栓形成を促すなどの影響が考えられます。これらの論文には発表バイアスの可能性1),研究倫理の記載などの問題はありますが,米国政府の報告書(ISBN 0-16-076152-2)に引用されるなど,医学界にも認められています。さらにこうした短期の効果は通常の長期の観察研究では検証できません2)。受動喫煙に関する議論においてその意義はとても大きいと言えるでしょう。
またこうした成果はコミュニケーションツールとしても有用です。受動喫煙により肺がんなどのリスクが約1.2倍になるとされています。この影響は国民全体を考えると無視できませんが,多くの人で年間のリスクは1%にも至らないので1.2倍と言っても一般の人はピンときません3)。一方,「数十分でも起こる身体への影響」は表現としては力があります。
EBMが常識とされエビデンスの強さに優劣が付けられることがありますが,時にそれは危険です。EBMはそのピラミッドの頂上付近だけではなく,動物実験や小規模ながら力強い臨床試験などを礎にしてこそ成り立ちます。上記のように観察研究では答えきれない課題に見事に応じた臨床試験は再考に値します。
近年,疫学研究ごとにプレスリリースが行われメディアを賑わせています。しかし疫学研究だけが一人歩きしないよう注視する必要があるでしょう。栄養疫学領域でも加糖への課税や減塩政策などの議論があります。受動喫煙の例に倣い,大規模な疫学成果と共に,厳密な試験の成果を何度でも評価し,互いの研究デザインの弱点を補完し合うようエビデンスを構築し解釈していくことが大切です。
(つづく)
1)有意な結果や通説に沿った結果しか学術雑誌に載らないといったバイアス。臨床試験の登録制度はその予防の一環。
2)症例クロスオーバーという疫学研究のデザインなら可能とされる。
3)予防医学のパラドックスの一端(Int J Epidemiol. 1985[PMID:3872850])。
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