医学界新聞

連載

2017.05.29



院内研修の作り方・考え方

臨床現場で行われる研修会や勉強会をより効果・効率・魅力的な内容にするために,インストラクショナルデザインを用いた研修設計をご紹介します。初めて教育委員を任された「はじめさん」,頼れるベテラン看護師「ゆう先輩」と一緒に,教育を専門に学んでいなくても自信を持って教えられるスキルを学びましょう。

【第2回】“教えない”研修を考える

政岡 祐輝(国立循環器病研究センター副看護師長/熊本大学教授システム学研究センター連携研究員)


前回よりつづく

誰が研修を必要としているか

(はじめさん) ゆう先輩,今年度から教育委員を任されました!
(ゆう先輩) それは,成長したね。
(はじめさん) 師長からは「しっかり研修も企画してね」と言われました……。研修って,今までと同じ内容や既に知られたことだとつまらないですよね。
(ゆう先輩) 研修? そもそもやらなくてもいいんじゃないかな。やっても必要最低限。最初にテストをして,合格したら研修を受けなくていいことにしたら?
(はじめさん) え,最初にテストですか?

 人材育成の領域には「70:20:10のフレームワーク」という数字があります。成人の能力開発に影響を及ぼすのは,仕事上の経験が70%,上司や先輩とのかかわり(薫陶)が20%,研修が10%を意味します1)。この割合が看護にも当てはまるとは一概に言えませんが,臨床経験から学ぶ影響のほうが大きいのは同じだと思います。

 業務時間に開催する研修は,一方で実践経験を奪うことにもなります。挑戦的な課題に取り組み,知識やスキルを身につけられる環境が日々のケアの中にあれば,研修は必要ありません。勉強会や研修を考える前に,どんな経験をどのようにサポートして体験させるかを,まずは考えるべきです。

 また,研修の学習目標をクリアしている人が研修を受けなければならない状況は負担になるため,研修前にテストを課す意味はあります。研修終了時にも行うことで,学習目標の達成を確認でき,「教えたつもり」の研修を防ぐことができます。

 研修を企画するには相当な労力が必要です。教育委員が業務時間内に研修の準備時間が取れればいいですが,実際そうはいきませんね。研修ありきで教育活動を進めるのはとても危険です。そこで,OJTの課題を整理した上で,研修に臨むことが大切になります。

OJTの課題
・学習成果はOJT担当者の能力に左右されてしまう
・学んでほしいことにタイミングよく遭遇するとは限らない
・患者ケアが優先され,指導に充てる時間が確保できない場合がある
・失敗やミスを経験して試行錯誤しながら学ぶことが難しい環境にある

 教育の質を担保する観点では,研修が効果を発揮することはわかります。「知識伝達型」のイメージが強い研修それ自体が悪いわけではありません。研修での学習を必要とする人に絞って実施すべきでしょう。

メタ学習を育む教え方とは

(はじめさん) 研修を作るコツって何かあるんですか。
(ゆう先輩) コツかぁ……それは「教えない」ことかな。
(はじめさん) えっ!? 教えないんですか?
(ゆう先輩) そう。例えば,事前に資料を配布して,臨床場面で困ることを題材にしてスキルを習得したり,参加者同士で解決策を考えてもらったりとか。

 教育の最終目標は「教えなくても自分で学べる人」を育てることです。教えてもらわないと,いつまでも成長できない看護師では困りますね。教えることは「手段」であって「目的」ではありません。めざすは,教えるという「手段」によって学習者が学び,実践現場での意識や行動に変化が生まれ,よりよい看護が提供できるようになることです。さらに,何を学ばないといけないかを自分で考え,学び続けられる看護師を育成することでしょう。教育の在り方の改善をめざす国際的NPO団体Center for Curriculum Redesign(CCR)は,21世紀の教育として次の4つの要素を提唱しています2)

1)知識(Knowledge):何を知っていて,何を理解しているか
2)スキル(Skills):知っていることをどのように用いるのか
3)人間性(Character):どのように行動し,どのように世界とかかわるか
4)メタ学習(Meta-Learning):どのように省察し,どのように適応するか

 看護師にも当てはまる重要なものばかりですね。特に注目は,4)のメタ学習です。「教えること」は重要ですが,「教える」一辺倒では考える機会や「学び方」を学ぶ機会を奪ってしまい,受け身の看護師を育成してしまうリスクをはらみます。現場では今,マニュアル遵守,テンプレートを使った記録,フローチャートに沿った行動など“定型化”が進んでいます。安全を保証し質を担保するために必要とはいえ,自分で考える機会を奪う弊害にもなります。

 「教える」だけでは,自ら考え学べる看護師は育たず,いつまでたっても教え続けなければなりません。こう書くと「教える=悪」と誤解を招くかもしれませんが,教えることはもちろん大切で,教えながらメタ学習が育まれる教え方が必要となるのです。

 研修を作る上では,最終的には自分で学べる人を育てるために“教えない”研修を作ることが,より効果的・効率的な教育へと昇華していきます。

 ゆう先輩の教え方の例は,既に知っている知識を動員したり,資料にある知識を自分で調べたりしながら現実に起こりそうな問題に挑戦する形で,「教えない研修」の一例です。もちろん,技術や問題解決に向けた例示や,何度も繰り返して応用する機会は必要です。

IDを用いて魅力ある研修を

(はじめさん) 研修が面白くなりそうですね。何か参考になるものはありますか?
(ゆう先輩) あるよ! 研修を作る上で学ぶといいのは,インストラクショナルデザインだね。
(はじめさん) ……それ,一体何ですか?

 勉強会を作る上で,参考となるのがインストラクショナルデザイン(ID)です。IDとは「教育・研修の効果・効率・魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野,またはそれらを応用して学習支援環境を実現するプロセス」を指します3)。勉強会に参加したスタッフが設定した目標に確実に到達し,必要な知識やスキルを習得できる(効果)。限られた時間や労力・資源の中で,可能な限り手間や費用を抑え効果を達成する(効率)。さらに開催した勉強会に満足し,もっと学びたい,より看護が好きになったと思わせる(魅力)。これらを実現するための道具がIDで,の5つの視点が重要になります4)

 IDの5つの視点とその関係(文献4より改変)
①出口:学習目標の設定と評価方法の妥当性
勉強会を行うことの前提には,スタッフの現状のパフォーマンスと組織・現場で求められるパフォーマンスとの間のギャップがある。そのギャップを埋めることが勉強会の目標/ゴールとなる。
②入口:成人学習理論とターゲット層
子どもに対する教え方と大人に対する教え方は異なる。対象のターゲット層や参加者が好む学習スタイルなど,学習者の特徴を把握し分析する。
③構造:学習要素からの項目立て
スキルにはどんな要素が含まれていて,勉強会では何を教える必要があるのか。目標達成のために必要な要素とその関係を明らかする。
④方略:学習目標の達成を支援する方法の工夫
学習要素を学ぶにあたり,どんな情報を与え,どんな学習活動を用いることが効果的なのか,どんな工夫ができるのか,どう評価するのかを考える。
⑤環境:適切なリソースの選択とサポート体制の確立
①~④を考え実行する上で,活用できる人・もの・場所などのリソースを考える。

 次回からは実際に研修会を事例とし,IDについて解説していきます。

教え方のポイント

→研修ありきではなく,OJTの課題を整理してから企画・準備に臨みましょう。
→IDは,より魅力ある勉強会を実現するための道具になります。

つづく

[参考文献]
1)Lombardo MM, et al. The Leadership Machine:Architecture to Develop Leaders for Any Future. Lominger;2000.
2)Fadel C, et al. Four-Dimensional Education:The Competencies Learners Need to Succeed. Lightning Source;2015.
3)鈴木克明.e-Learning実践のためのインストラクショナル・デザイン.日本教育工学会誌2006;29(3):197-205.
4)鈴木克明,他.コンテンツの指導方略.eラーニングフォーラム 2005 Winter 配布資料.2005.

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