医学界新聞

インタビュー

2017.05.15



【interview】

クスリのリスクをどう学ぶ?

上田 剛士氏(洛和会丸太町病院救急・総合診療科副部長)に聞く


 薬をいかにうまく用いるかは医師の腕にかかっている。薬がなければ日常診療は成り立たない一方で,市販されている全ての薬の副作用を把握するのは容易ではない。本紙では『日常診療に潜むクスリのリスク――臨床医のための薬物有害反応の知識』(以下,『クスリのリスク』)(医学書院)を執筆した上田剛士氏に,どのように学んでいくべきか尋ねた。


――最初に『クスリのリスク』を執筆した背景から教えてください。

上田 薬の副作用は誰でも遭遇し得るCommonな問題だというのが一番大きな動機です。大まかに見積もって,100人の患者さんを治療すれば10人に有害反応が出現します。しかもその10人のうち3~5人の有害反応は,注意すれば予防できるものです。薬物の副作用が原因で入院される方もいますよね。処方医の責任は重大です。

――近年,抗菌薬の適正使用やポリファーマシー問題など,薬に関する話題をよく耳にします。薬は日常診療に欠かせないものである一方で,リスクも伴うことを意識させられます。

上田 薬の副作用は,昔から“JAMA”や“NEJM”などのメジャー誌でも定期的に取り上げられている問題です。患者本人は副作用だと自覚しにくい場合もありますので,医師が常に注意する必要があります。

――とはいえ,市販されている薬全てを把握するのは容易ではありません。

上田 そうですね。ただ,一般臨床医がよく遭遇する薬と副作用の組み合わせには決まりがあります。

 特殊な薬,例えば抗がん薬などは,知識と経験を持った専門医が,副作用に細心の注意を払いながら処方します。その上で起きる副作用なので簡単には減らせません。一方,Commonな薬によるものは,気を付ければ避けられるものが多いんです。例えば,抗ヒスタミン作用のある総合感冒薬を処方するなら,尿閉のリスクは必ず確認するべきですよね。何とかしたいのは,そうした副作用です。

「疑問を放っておかない」が勉強のコツ

――上田先生が薬の副作用に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。

上田 やはり,副作用で困った症例に実際に出合ったことです。関連した文献を調べるうちに,自分だけでなく,日本全体,世界全体の問題だと気付きました。そこで,一度しっかり勉強しようと思ったのです。

――薬の副作用について世の中ではどのような認識がされていた頃ですか。

上田 約15年前,僕が研修医だった頃です。当時すでに,風邪に対して抗菌薬の効果はないことが指摘されており,細菌感染症に対しては起因菌を同定して,できるだけ狭いスペクトラムの抗菌薬を選ぼうとする人たちもたくさんいました。その一方で,「重症な風邪には抗菌薬を処方」と書かれている教科書も存在していました。そのことに疑問を持ったんです。

――どのように学んでいったのですか。

上田 まずは自分で論文を調べ,当時研修医同士で行っていた勉強会でも取り上げました。

――上田先生は『ジェネラリストのための内科診断リファレンス――エビデンスに基づく究極の診断学をめざして』(以下,『内科診断リファレンス』)(医学書院)のような膨大なエビデンスに基づく書籍も執筆されています。昔から論文を調べるのが得意だったのでしょうか。

上田 最初は試行錯誤でした。勉強の仕方は,いろいろな方法を試していて,例えば,世界の話題を知るためにトップフォーと言われるメジャー誌全て,少なくともアブストラクトだけでも目を通そうとした時期もありました。でも,論文への強い意欲がないと続かないです。それができる人は,もう勉強の仕方を学ぶ必要もないでしょう。僕の場合は続きませんでした(笑)。

――では,どのような方法で?

上田 目の前のケースを大事にすること,勉強の成果をシェアすることを意識すると,モチベーションも保てて,知識が身につきやすいです。患者さんに,ちょっと変わった部分がある,あるいは既往に自分があまり知らない病気があるというときにメモしておいて,疑問に思ったことを調べる。さらに,その成果を周囲に教える。すると患者さんにも同僚にも喜んでもらえました。それで,どんどん勉強するようになった。疑問に思ったことを放っておかない習慣が付いたんです。

――先生の後輩には,倉原優先生(国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科)や高岸勝繁先生(京都岡本記念病院総合診療科医長)といった,同じくエビデンスを基にしたブログや書籍で有名な若手医師がいます。そうした意欲ある優秀な後輩を育てる秘訣があれば教えてください。

上田 あの二人は,勝手に育ちました(笑)。そもそも人から学ぶというタイプじゃないです。人の話や講義を聞いて「わぁ,すごい!」とうのみにするというより,疑問に思ったことを自分で調べ直して納得するタイプ。

――先生もそういうタイプですか?

上田 そうですね。だから,大学時代の授業の出席率はメチャクチャ悪かったです。

――意外ですね(笑)。

上田 今の時代,どのように診療すべきかの情報は,調べようと思えば簡単に手に入ります。僕が研修医だった15年前でもすでに論文を読む環境は整ってきていました。大学病院だけでなく,市中病院でもある程度の規模であれば論文をオンラインで読めますし,UpToDate®のような臨床支援ツールも充実しています。われわれより上の世代と比べると恵まれた環境です。

良い点・悪い点をてんびんに掛けてから処方する習慣を

――インターネットにより情報収集の効率がよくなった一方で,膨大な情報をどうマネジメントするかが課題になっています。そうした能力はどのように身につけたのでしょうか。

上田 僕の場合,上司に恵まれました。『内科診断リファレンス』執筆の際,参考文献を付けた原稿を酒見英太先生(洛和会音羽病院副院長)に見てもらいました。すると先生はこう言うわけです。「これは,僕の経験上は違う」と。

 「え? エビデンスもあるのに?」と思いながら,調べ直すんです。すると,相反するエビデンスが見つかる。エビデンスは歴史によっても変わりますし,数字のマジック,つまり有意差はあるけど臨床的には意味がないということもしばしばあります。

――難しいですね。情報に惑わされないためにはどうすればよいのでしょう。

上田 患者さんに照らし合わせて本当にそうなのか,現場目線で考えることでしょうか。もちろん,直感だけじゃダメで,きちんと考えるためにはエビデンスも学ぶ必要があります。しかし,文献があるというだけで信用はできない。現場とエビデンス,両方の意識を持って臨床経験を積むことが大切です。

――他に注意点はありますか。

上田 レジデントを指導していると,薬の効能に注目しがちな傾向を感じます。論文でも製薬会社の資料でも,当たり前ですが,基本的には効能を最初に挙げています。しかし,薬には一定の割合で必ず副作用が生じます。薬の良いところだけでなく,悪いところも考慮に入れ,てんびんに掛けてから処方する習慣を付けることが大切です。

――自分が今までに処方したことのない薬では,特に注意が必要そうですね。

上田 Commonな薬でも,例えば,「風邪だと思うけど,念のために抗菌薬を処方」も,リスクとベネフィットを適切にてんびんに掛けるべき場面です。もちろん,細菌性感染の可能性を考慮することは重要です。しかし,抗菌薬処方例の10%に副作用が生じることも考慮すべきです。処方後半年以上の間,耐性菌が検出されるという報告もあり,本当に必要なときに抗菌薬が効かない可能性も生じます。不安があるなら,「とりあえず処方」ではなく,適切な検査や短期のフォローをするべきですよね。

 自分自身や親しい人にその薬を処方するか? 副作用が出た場合どう対処するか? と考えれば,自然とできるのではないでしょうか。

ポリファーマシーへの介入は入院中がチャンス

――高齢者を中心としたポリファーマシーについてはどうお考えですか。

上田 高齢者はもともとの予備能力が低く,肝機能障害や腎機能障害が併存することも多いため,薬やその代謝産物が体内に残りやすい傾向があります。病院を受診する高齢者の15%に薬物副作用があり,そのうち半数は避けられる可能性があるとされています。さらに,服薬数が増加すると副作用も増加することがわかっています()。ポリファーマシー状態の高齢者がいたら,薬に関係した問題を1つは持っていると認識したほうが良いです。

 薬剤数と薬物副作用
Arch Intern Med. 2001[PMID:11434795]より作成

――高齢化により複数の疾患を持つ方が増える中,薬の副作用に出合う頻度はさらに増しそうですね。

上田 ポリファーマシーの問題は,総合診療科が大きく貢献できる分野だと感じています。例えば,ある臓器疾患の薬の副作用が別の臓器に出て,それに対する薬が処方されて……と薬の種類が増えていくことはよくあります(prescribing cascade)。一つひとつの疾患に関しては専門家の知識が圧倒的に勝っていますが,複数の疾患・薬の問題では,一歩引いた客観的な立場であり,日頃から各科に紹介などをしている総合診療科のほうが,「その人全体」にとってどの薬が本当に大事なのか,判断しやすいと考えられます。

――ポリファーマシーは,診療科間だけでなく,病院-診療所間でも問題が生じていると聞きます。

上田 病院側から見ると,開業医の先生が処方した薬の副作用による患者が多いように感じます。でも,そもそも問題が生じていない方は紹介受診しません。つまり大きなバイアスがあるんです。

 開業医の先生に話を聞いてみたところ,意外なことを知りました。それは,開業医の先生も困っているということです。1つは,患者さん自身が薬を欲しがること。もう1つは,開業医の判断による中止で問題が起きることへの不安です。何か起きた場合,医学的に正しい選択でも,訴えられる可能性はありますし,訴訟になるだけで診療所の看板には傷が付きます。

――開業医が対処に困る薬は何ですか。

上田 特に中止しにくいのは,病院の専門医が処方した薬だと聞きます。そう考えると多剤処方は,もとをただせば,退院時に病院側が「一時的に飲ませておこう」と出した薬がそのままになっているのも一因かもしれません。

――ポリファーマシーの問題にレジデントの立場でできることはありますか。

上田 薬の整理をしやすいのは入院中です。入院中であれば中止後の様子を観察できますし,影響があった際の対応や検査がすぐできます。患者さんにも開業医の先生にもいろいろな方がいるので全員ではないかもしれませんが,処方の整理・再設計をしてあげたらきっと喜ばれると思います。ポリファーマシーを抱えた高齢者が入院してきたら,ぜひ入院の原因疾患以外の薬にも注目し,整理をしてほしいです。

知的な仕事だからこそ「楽しく」

――薬の副作用を減らすために,薬以外の知識が必要な場面もあるそうですね。

上田 薬の変更や中止の提案をした際に「今の薬を飲み続けたい」と患者さんに言われた,あるいは,正しい処方を学んだものの不安感などからつい以前と同じ処方を続けてしまうといった経験がある方もいるのではないでしょうか。僕たちが勉強会で「正しい処方をしよう!」と盛り上がったときにも,臨床で実践しようと思ったら,周囲にそうしている人がいないため,ためらったということがありました。

――ためらうこと自体は必ずしも悪いこととは限りませんよね。周囲を無視して突き通すより,本当に正しいのか踏みとどまって考えるほうが普通です。

上田 ただ,ためらいの背景に,自己ハーディングや保有効果などの心理面が働いている可能性があります。心理学的要因を知ると,対応の仕方が変わるかもしれません。『クスリのリスク』ではさまざまな心理的側面に触れましたので,考えるヒントになればと思います。

――最後に,日々の臨床や指導の中で意識していることを教えてください。

上田 「楽しむこと」です。研究によると,人が最大のパフォーマンスを示すのは,楽しくやっているときなんです。単純な事務作業なら報酬などの外的動機付けでもパフォーマンスが向上しますが,高度な仕事の場合は無効あるいは逆効果となります。医師の仕事は頭を使ってほしい。良い仕事をした達成感とか,そういう内的な意欲付け。つまり,やっぱり楽しむことじゃないかなと。自分の理解を超える患者さんが来たときにも,「嫌だなぁ」と思うのではなく「面白い症例だな」と思うようにする。そうして,すぐに文献を調べる。疑問点が次々に解決していくと,本当に面白いと感じるようになります。

――ありがとうございました。

(了)


うえだ・たけし氏
2002年名大医学部卒。名古屋掖済会病院研修医,同院救急専属医,国立病院機構京都医療センター総合内科レジデント,洛和会音羽病院総合診療科を経て,10年より洛和会丸太町病院救急・総合診療科,12年より同医長,16年より現職。広島大学病院総合内科・総合診療科客員准教授。現在の趣味は家庭菜園。3人の子どもと共にさまざまな野菜を育てること。その際も,本を参考にしつつも,うのみにはせず,実際に挑戦し,失敗しながら楽しく学んでいる。著書に『日常診療に潜むクスリのリスク――臨床医のための薬物有害反応の知識』『ジェネラリストのための内科診断リファレンス――エビデンスに基づく究極の診断学をめざして』(ともに医学書院)など。月刊『総合診療』で「I LOVE Urinalysis――シンプルだけどディープな尿検査の世界」を連載中。

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