医学界新聞

2017.03.06



Medical Library 書評・新刊案内


精神疾患・メンタルヘルスガイドブック
DSM-5から生活指針まで

American Psychiatric Association 原著
滝沢 龍 訳

《評 者》村井 俊哉(京大大学院教授・精神医学)

治療者が当事者・家族と一緒に読むことを勧めたい

 一般読者向けの精神疾患の解説書は,これまでにも膨大な数が出版されている。本書が目新しいのは,精神医学の専門家が診断の最終的なよりどころとしている網羅的診断基準DSM-5そのものを,その作成者である米国精神医学会(American Psychiatric Association)が当事者・家族向けに解説することをめざしている点である。

 考えてみると,確かにこれまでこうした本は出版されてこなかった。こうした出版がなかったことによる弊害としては,第一に,精神疾患がよくわからない不可解なものであるとのイメージを強め,精神疾患を持つ人に対する偏見につながっていた可能性があるという点だ。もう一つの弊害は,専門家はわざと難解な専門用語を用いて病気を定義し,診断しているのではないかと,当事者たちが専門家に不信感を覚えるのに寄与していた可能性がある点である。

 その意味で,本書は企画自体において,その目的の重要な部分を既に果たしていることになる。本書は,精神科医自身が究極のバイブルとしている診断基準のリストを包み隠さずそのままのかたちで解説し,可能な限り可視化・透明化することをめざしているのである。さらに内容面においても,具体的な事例が豊富に掲載され,また理解を助ける「BOX」や「キーポイント」が効果的に挿入されるなど,非専門家の理解を助けるための多様な工夫が施されている。

 ただ,これらの努力をもってしても,これまでの一般読者向けの精神疾患解説書と比べると,本書は多少のとっつきにくさがあるかもしれない。一般読者にとっては,DSM-5の羅列的な症状項目の記載は,なかなか頭に入りにくいだろう。また,一部の読者を除く,多くの一般読者は,精神疾患全体について知りたいというより,おそらくは自分自身や家族が診断を受け,治療を受けている病気に絞って,より深く理解したいのではないだろうか。その場合,精神疾患全体を扱う本書は,それぞれの一般読者にとってはやや大部に過ぎるかもしれない。

 そういう意味で,訳者が冒頭で示唆しているように,本書はむしろ専門職にとって利用価値が高い本となるように思える。精神医学が対象とする病態や診断がますます増える今日,専門職にとっては,精神医学の病態・診断の全容を自らの専門用語で把握しておくことさえ困難な課題となりつつある。その上,専門職の者は,これらを自分たちの言葉で理解するだけでなく,一般の人にわかりやすく,かつ正確に伝えていく使命を課せられている。精神医学領域のさまざまな職種の専門職者が,専門家向けの教科書に加え本書を手元に置くことで,日々の臨床の質は大きく向上することであろう。病気についての知識,治療方針の決定プロセスを治療者と当事者・家族が共有することは当たり前の時代になっている。本書の関連ページを当事者・家族と一緒に確認する作業は,日々の臨床場面で大きな助けとなるだろう。

 日本語訳は正確かつ誠実で,本書の目的にかなった文体で,安心して読み進めることができる。

A5・頁360 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02823-3


健康格差社会への処方箋

近藤 克則 著

《評 者》五十嵐 隆(国立成育医療研究センター理事長)

「健康格差」への対応策を説得力ある記述で示す

 人は生まれながらにして不平等である。遺伝的要因は,社会・環境的要因など(本書での記述に従えば「『生まれ』は『育ち』」,p.38)を通して,人の生き方に大きな影響を与える。その結果,人の健康や寿命にも大きな格差を生み出す。

 現在盛んに行われているライフコース・アプローチ的研究により,遺伝,周産期,小児期の生物学的・社会経済的因子が,成人になってからの人の健康状態や疾病の発症に影響を及ぼすことを示す証拠が続々と明らかにされている。最も有名なライフコース・アプローチ的研究は,成人病(生活習慣病)胎児期発症説(Barker説)であろう。

 近年,多くの先進諸国では中間所得層が減少して相対的貧困層が増加している。このような状況が続くと,将来の健康状態が悪化し,疾病が早く発症したり,増加したりすることが危惧される。欧米では20年以上前からこのような問題が認識され,多くの研究がなされ,その国に応じたさまざまな対策が立てられている。

 一方わが国では,健康格差社会に対する認識が最近になってようやく広まってきたところである。その結果として,現状の詳細な認識,問題点に対応する研究,具体的な対策の考案などが欧米諸国に比べ遅れている。このような状況の中で,千葉大予防医学センター社会予防医学研究部門の近藤克則教授による本書が上梓されたことは,誠に喜ばしい。

 本書の目的は,健康格差を減らすために介入すべき時期や介入方法の手掛かりを,ライフコース・アプローチの視点から明らかにすることである。本書の内容は,健康格差が生まれる社会病理,健康格差の縮小をめざす理由,健康格差に対する処方箋の3部に分けられており,わが国の健康格差の実情認識の必要性と健康格差への対応策がエビデンスに基づいてわかりやすく記述されている。

 記述のどれもが説得力を持っている。増加しているわが国の子どもの貧困に対してどのような施策が必要かを考えている評者にとっても,本書は極めて示唆に富んでいる。特に,第3部第16章の「健康格差対策のための7原則」(p.233)は,わが国の限られた資源の中で有効な対策を立てる際の基本的姿勢が示されていて,大変参考になる。

 公衆衛生の専門家だけでなく,医師,看護師,保健の関係者,福祉の関係者,教育の関係者,行政の関係者,そして医療・福祉・保健に関係する学生に,ぜひとも本書をお薦めしたい。

A5・頁264 定価:本体2,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02881-3


生きている しくみがわかる 生理学

大橋 俊夫,河合 佳子 著

《評 者》本間 研一(北大名誉教授)

生理学講義に最適な副読本

 このたび,医学書院から『生きている しくみがわかる 生理学』が上梓されました。著者は,医学生理学界の重鎮である信州大名誉教授(特任教授)の大橋俊夫氏と,新進気鋭の生理学者で東北医薬大教授の河合佳子氏です。大橋名誉教授は循環生理学の泰斗で,同じ医学書院から出版されている大書『標準生理学』(第8版,2014年)の編者でもあります。

 本書のタイトルは,生理学者からすれば同義反復に思えますが,著者の意図はまさにそこにあることが,一読してわかります。著者の長年にわたる生理学教育の経験から,学生の多くは,体系的な知識が網羅された生理学の教科書を読みこなして,「生きているしくみ」を理解することが次第に難しくなってきているとの思いがあるのではないでしょうか。ましてやその学生らが将来医師や医療従事者となったとき,果たして患者さんに対して疾患の成り立ちや症状の「しくみ」などを適切に説明できるのだろうかという老婆心が,本書執筆の動機の一つであると思います。

 本書は4章から構成されています。各章のタイトルは従来の生理学に基づいていますが,その切り口は「歳をとると増えるシミやしわ,その予防に有効なのは?」(p.18)とか,「そもそも高血圧はどうして体に悪いのですか?」(p.62)など,親しみやすい問い掛けでなされています。そこには,正規の教科書の内容をわかりやすく補足しようという著者の意図もありますが,それにも増して,「患者さんからこのような質問をされた場合,どう答えますか」という練習問題にもなっています。これで思い出したのですが,私が学生だったころの生理学の試験問題は「摂氏40度の風呂に30分間首までつかっていたとき,身体にどのような現象が起こるかを記せ」でした。

 医師や医療従事者の説明は一般にわかりづらく,多くの患者さんが煙にまかれたような印象を抱きます。それは,内容が日常的な出来事からかけ離れているだけでなく,医学においては常識である論理が,世間一般では必ずしもそうではないことからくる行き違いによることが多いようです。そのようなとき,本書の随所に記載されている生理学的な「考え方」と「説明」を駆使することで,患者さんとの行き違いを克服することができるのではないでしょうか。

 著者は,本書で「筋道を立てて論理的に考える学習の醍醐味」を,楽しんでほしいと述べています(「序」より)。生理学の教科書は,大学生が読めば理解できる内容と,読んでもなかなか理解しにくい内容があります。講義で取り上げるのは後者ですが,本書は副読本として医学生理学の講義に最適で,多くの教員の方に読んでいただきたいと思います。難しい生理学のしくみを学生に理解させたときの達成感は,教師冥利に尽きます。

A5・頁258 定価:本体2,300円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02833-2


臨床脳波学 第6版

大熊 輝雄,松岡 洋夫,上埜 高志,齋藤 秀光 著

《評 者》松浦 雅人(田崎病院副院長/東医歯大名誉教授)

新たな知見を追加してよみがえった名著

 今般,松岡洋夫教授,上埜高志教授,齋藤秀光教授のご努力により『臨床脳波学』が17年ぶりに改訂・出版された。故・大熊輝雄先生が原著者の本書は,日本の脳波診断学を高い水準に引き上げた名著である。20世紀の終わりに出版された第5版が最終版と思っていたので,今回の出版は大いに感激するとともに驚きもあった。「第6版の序」を読むと,大熊先生は2005年に東北大の後輩3教授に本書の改訂を依頼され,2010年に逝去されたとのことである。1963年に出版された『臨床脳波学』の初版には,秋元波留夫先生が序文を寄せて,「脳波の歴史はまだ大変に浅いが当時の知見を集大成した力作である」と書かれた。その後,大熊先生はお一人で臨床脳波学に関する国内外の膨大な知見を網羅し,およそ10年単位で4度にわたって改訂し,36年間にわたるご努力で重厚な教科書を作られた。その大熊先生に後事を託された3人の精鋭教授が21世紀に『臨床脳波学』をよみがえらせたわけである。

 『臨床脳波学』第6版では,これまで「臨床編」と「応用編」の2編(25章)であったものを,「総論」「疾患編」「応用編」「基礎編」の4編(24章)にわかりやすく改編した。また,統合失調症,認知症,知的障害などと名称変更された疾患も少なくなく,学会名も「臨床神経生理学会」となったため,これらを更新・統一している。そして新しい知見を追加するとともに,古い内容を削除して全体のページ数を変えない工夫がなされている。引用文献を残すものと削除するものに仕分け,新たな文献を追加する作業だけでも大変な努力であったと推察される。削除された章はMEや電気の基礎知識に関するもので,臨床工学技士や臨床検査技師が専門とする領域である。医師はこれらの専門家と協力・分担して神経生理学の臨床を行う時代になったと言えよう。

 今回の改訂では,臨床脳波学の最近の動向として,デジタル脳波計と電子ファイリングの一般化,画像診断と統計解析法の発展,学会認定医・認定技術師制度の発足などが総論に追記されている。「疾患編」では,脳腫瘍,脳梗塞,硬膜下血腫,認知症などの脳波図が更新され,画像所見も追加されたために理解が容易となった。睡眠障害の章(第11章)では,眠気の計測法やナルコレプシーの診断に関する最近の知見などが追加された。神経発達障害や精神疾患の脳波の章では,新たな精神疾患分類名に基づいて知見が整理されている。「応用編」では新しい脳波分析法,高密度脳波,高周波振動,BMI/BCI,脳機能画像などが解説されている。

 近頃は臨床脳波を正確に判読できる医師が減っていると聞く。大熊先生は本書の初版で,「脳波を知る最も良い方法は,自分で電極を付けて脳波をとってみることである」と述べておられる。この原則は今も変わらず,全ての医師は医学生時代に脳波実習を経験したはずである。医師になってからは本書を手にして,臨床脳波学の豊富な知見に接し,脳波を正確に判読できる医師になってもらいたいと願ってやまない。

B5・頁724 定価:本体18,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01449-6


ネルソン小児感染症治療ガイド 第2版

齋藤 昭彦 監訳
新潟大学小児科学教室 翻訳

《評 者》尾内 一信(川崎医大教授・小児科学)

小児感染症の専門家ばかりでなく非専門医にも薦めたい情報源

 本書を手に取ってまず感じたことは,日本で長く要望されていた,小児感染症の治療を簡潔に網羅したポケットに入るハンドブックのバイブルを,手にすることができる喜びである。本書は,J. D. Nelson教授(テキサス大ダラス校)とそのお弟子さんのJ. S. Bradley教授(カリフォルニア大サンディエゴ校)による共著,『2016 Nelson’s Pediatric Antimicrobial Therapy』第22版の翻訳本である。日進月歩の医学分野においては翻訳本をいかにタイムリーに出版するかということが非常に重要なテーマであり,監訳者の齋藤昭彦教授と医学書院の担当者の方々のご努力は実に賞賛に値すると思う。また,本書は小児感染症の治療をする上で必要不可欠な情報が日本語で整然とまとめられている。実に素晴らしい出来栄えも,監訳されたのが齋藤教授なので納得できた。

 『Nelson’s Pediatric Antimicrobial Therapy』は,1975年から出版されているが,発行当初から現在と同じ外観でよく目立つ黄色い表紙であった。評者が米国に留学した1986年当時はまだ薄い冊子であったが,年を経て徐々に内容も充実して分厚くなってきた。当時『The Sanford Guide to Antimicrobial Therapy』と『Nelson’s Pediatric Antimicrobial Therapy』は共にとても薄い冊子だったので,レジデントやフェローはこれらをポケットに入れて日常診療(Duty)をしたりラウンドに参加したりしたものだったが,現在ではそれぞれポケットが窮屈になるぐらいに内容が充実している。当時と比べると特に解説が充実しているので,小児感染症の専門家ばかりでなく,若手の小児科医や感染症に不慣れな医師でもわかりやすく役立つ情報源に仕上がっている。特に小児科以外の先生で小児を診療される先生は,ぜひとも手元に置いて診療されることをお勧めしたい。

 さて,小児感染症の原因微生物の薬剤感受性は日々変化している。それに伴って小児感染症への対応も必要に応じて変える必要がある。本書は第2版が出版されたばかりであるが,今後『Nelson’s Pediatric Antimicrobial Therapy』の改訂に伴いタイムリーに改訂されることを一読者として期待する。

B6変型・頁312 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02824-0

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