医学界新聞

寄稿

2017.03.06



【寄稿】

学校健診情報のデータベース化とその利活用

川上 浩司(京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 教授)


 現在,一般社団法人健康・医療・教育情報評価推進機構(HCEI),京大大学院医学研究科,株式会社学校健診情報センター(SHR)の共同取り組みとして,自治体との連携による「ライフコースデータ」の構築を実施している。ライフコースデータとは,人が生まれてから終末期を迎えるまでに受けた健康診断および治療に関する情報の総称(図1)であり,その分析により,疾病予防の精緻化が進むと考えられる。

図1 健康ライフコースデータの意義

個人情報を持ち出すことなくデータベースを構築

 日本では,法律や制度に基づいて取得されるさまざまな健康情報が自治体に存在している。母子保健法に基づく母子保健情報,学校保健安全法に基づく学校健診情報,国民皆保険制度による医療の診療報酬請求(レセプト)情報,介護保険制度における要介護認定の情報などである。これらの情報は根拠となる法律や制度が異なり,所管省庁も異なる上,各自治体の個別の条例が関連している。したがって,こうした健康情報をつないだライフコースデータは疫学研究において価値の高いデータベースとなる一方で,その構築は容易ではない。現在,HCEIは自治体との連携協約を結び,まず母子保健情報および学校健診情報のデータベース化に取り組んでいる。2016年度は全国の40~50自治体との連携を開始しており,2017年度までに70~100自治体との連携を見込んでいる。

 学校健診は,義務教育期間である小学校1年生から中学校3年生までの全ての児童・生徒を対象に,各自治体で実施されている。健診の結果は,公立の場合は全国統一様式の健康診断票に手書きで記入され,9年間分の情報が1枚に収められている。現在,健康診断票の管理は各自治体の教育委員会が所管しており,学校で保管され,生徒が卒業して5年が経過すると破棄されている。

 HCEIでは,9年間分の記録が記載された中学校3年生の健康診断票を対象とし,自治体との契約および保護者の同意(各自治体の条例に応じてオプトアウトあるいはオプトイン)の下,学校現場で健康診断票データの収集を行っている。データの収集は画像スキャンによって行い,その際に個人情報の切り離しを行っている(図2)。つまり,画像スキャンデータは,個人情報を含むファイルと健診結果だけのファイルに分割され,別々のフォルダ内に保存される。データ格納時に電子的な専用突合キーを生成し,個人情報のフォルダと健診結果のフォルダを突合できるようにしている。HCEIは,健診結果のファイルのみを持ち帰り,専用突合キーは自治体および学校で保管する。学校内の作業を画像スキャンのみとしたことで,学校内での作業時間を短縮すると同時に,学校外に個人情報を一切持ち出さないシステムを構築した。生徒数によって多少異なるものの,学校内での作業はおおむね1時間で終了する。

図2 健康診断票のスキャンと匿名化
健診調査票から,①個人情報部分,②健診情報部分を別々に格納。①個人情報部分と生成した暗号対照表は学校と自治体に保管され,暗号を付して②健診情報のみを持ち出す。暗号化ファイルの形で学校,自治体にレポートを提供後,専用突合キーによって個人情報が復号され,生徒一人ひとりに渡される。

生徒個人向け,自治体向け2種類のレポートを発行

 匿名化してスキャンされた健診情報は,京都市内のデータセンターに受け入れた後,画像自動認識システムを併用して,データベースに格納している。データベースからベンチマークを行うことで,一人ひとりの生徒の健康情報を掲載した個人向けのレポート(以下,生徒向けレポート)と自治体向け集計レポートを発行している。

 生徒向けレポートは,小中学生期間中の身長や体重の変化,虫歯の本数,BMI値や他の健診情報によって構成される。さらに,健康に関するアドバイスやコラムも掲載している。このアドバイスやコラムは,一人ひとりの特徴や地域特性に応じたアルゴリズムに基づき,小児科医,内科医の監修のもと作成される。HCEIでレポートが作成される段階では,個人情報は含まれていない状態である。レポートをまとめた暗号化ファイルが各自治体に送付されると,前述の専用突合キーによって個人情報が復号され,生徒一人ひとりに渡すためのレポートとなる。

 自治体向け集計レポートの内容は,学校ごとの健康情報や経年変化,全国平均との比較が主な内容である。これまでに解析した自治体の結果を見ると,健康状況は学校区ごとに異なる傾向を示している。これまで,健康情報は国の取り組みに基づいて都道府県ごとに集計されており,市町村ごとの比較は困難であった。今後連携自治体が増えることで市町村間の分析が可能になれば,より有益な健康政策の立案につながることを期待している。

人類が健やかに生きるための研究に資する

 運営は総務省や文科省からの支援を受けており,連携自治体の経済的負担はない。オプトアウトにおいて情報の提供を拒否する場合,HCEIあるいは京大内に設置した連絡窓口の専門の担当者が受け付けているため,現場の養護教諭や担任教諭の負担も発生しない。政府事業期間中に,匿名加工集計情報としてのデータセットの提供,二次利用に際して産業界および学会等からの支援を受けられるよう準備を進めており,今後も自治体や学校への負担は発生させずに,データベースの維持・事業の継続を予定している。

 このように健康情報を利活用することを,市民はどのように感じているかという調査も開始した。2015年度,実際に生徒向けレポートの還元対象となったある連携自治体(10万人規模)の保護者へのアンケート調査では,80%の保護者が子どもの健康に対する関心が高くなったと回答している。

 また,子どもに対してだけではなく,その保護者自身の健康への意識変化も見られた。当該自治体のアンケート調査で,生徒向けレポートの還元を受けた保護者のうち,自身が特定健診を受診していなかった保護者の85%が,受診への意欲が高まったと回答した。生徒向けレポートの還元対象である中学校3年生の保護者は40代が中心であり,特定健診の受診が望まれる世代である。このように,成人の特定健診の受診意欲の向上に寄与することも,自治体にとって有益と考えられる。

 われわれは学校健診のみならず,自治体の所管する乳幼児健診情報の匿名化データベース構築にも取り組んでいる。ただし,母子保健情報は各自治体で記入様式が統一されていないこと,保存年限が一定でないことから,自治体ごとにカスタマイズした画像スキャンや突合が必要となる。学校健診に比べて時間やコストが非常にかかることもあり,現時点でのデータベース格納は10自治体に満たない。

 昨今,エピジェネティクスに基づく学説によると,発育のメカニズムから,3~4歳頃までに生涯で罹患する病気や体質の特性が決まると考えられるようになった。つまり,母子保健や学校健診情報は,子どもの健やかな成長を見守る役割だけでなく,生涯にわたる病気の予防や効果的な治療に関する情報となるとともに,人類が健やかに生きるための研究に資する情報となり得る。これからも活動を継続していく所存である。

お願い
 本取り組みは,自治体や個人に好評であり,参加後の満足度も高いものとなっています。さらに,ライフコースデータの内容は,より多くの自治体にご参画いただくことで深化します。読者あるいはお知り合いに,自治体の首長,教育委員会,健康福祉部局の方などがいらっしゃいましたら,ぜひ筆者(kawakami.koji.4e@kyoto-u.ac.jp)までご紹介ください。(メールを送る際,@は小文字にしてご記入ください)


かわかみ・こうじ氏
1997年筑波大医学専門学群卒,2001年横市大大学院修了。米国食品医薬品局(FDA)にて臨床試験審査官,研究官を歴任後,東大医学部客員助教授を経て,06年に33歳で京大大学院医学研究科教授(社会健康医学系専攻)。07年より慶大医学部客員教授,10年より京大理事補(研究担当),11年より政策のための科学ユニット長を兼務。臨床疫学,薬剤疫学,費用対効果研究,健康ライフコースデータの基盤整備に尽力する。

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