医学界新聞

連載

2017.02.27



わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス

医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。

■第11回 慰めの受け止め方に影響を与える要因

杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)


前回よりつづく

 入院中に,母親が突然他界した30代女性のAさん。夫と子どもが面会に来ても会話が弾みません。「お気持ちはよくわかります。いつでも話し相手になりますから」と声を掛けても反応は今ひとつ。次は「気分転換には散歩がいいですよ」と勧めるべきか「お子さんのためにも元気を出さないと」と励ますべきか……。


慰め方に関する研究の変遷

 誰かを慰めるという複雑かつ難しい行為については,支援コミュニケーション(supportive communication)領域で50年近く研究されているにもかかわらず,いまだ万能薬(=どのような相手や場面にも効く慰め方)の発見には至っていません。それどころか近年では「どうやら万能薬は存在しないらしい」というのが定説になりつつあります。

 当初は「何をどう言うか(=内容・表現)」の探究に主眼が置かれ,「相手の心情や観点を批判せず言葉に出して受け止める度合い(person-centeredness;PC)」1)註1)が高いほど優れた慰め方とされました2)。これによると,上記の「お気持ちはよくわかります」や「話し相手になりますから」は高程度(HPC),「散歩がいいですよ」や「元気を出さないと」は低程度(LPC)の慰め方となります。

 しかし研究の進展とともに,「何をどう言うか」だけでなく「相手がそれにどのような注意・関心を払うか」も慰めの成否に大きな影響を与える要因として取り上げられるようになりました。「お気持ちはよくわかります」と言ったところで,悲しみに暮れる相手の耳には入らなかったり,「親を亡くしたことのない人に何がわかる?」というように内容・表現以外の部分で反発を招いたりすれば,当然期待通りの効果は得られないからです。

 「慰め効果の二重過程理論」3)では,この受け手の「注意・関心」はその人自身の「識別能力」と「心理状態」に左右されると考えます()。そこで今回はその仮説(図の着色部分)を2つの質問紙調査(の調査1・2)を通して検証した論文4)の研究デザインを精査しつつ,コミュニケーション研究を行う際の注意すべき点について考えます。

 慰め効果に関する二重過程理論(着色部分はこの研究での検証部分)

 慰め方に関連した概念の操作化と測定方法(文献4より筆者作成)(クリックで拡大)

慰め方に関連した概念の操作化

 量的データを用いて研究を行う際には,理論から導き出される抽象概念を数量的に測定可能な具体的事象に落とし込む「操作化(manipulation)」が不可欠です。この研究でも,受け手の「識別能力」「注意・関心」「心理状態」がそれぞれ少しずつ違う方法で操作化されています。

 まず,慰め方の良否を見極める「識別能力」は,対人関係におけるさまざまな事象を識別する概念が分化している程度を指す「認知的複雑性」5)で表すこととし,専用の質問紙6)を用いて測定しました。これは医療系の研究において「肥満」を特定の指標(例:BMI,体脂肪率,内臓脂肪レベル)で示すのにも似た,コミュニケーション学においては一般的な手順です。

 次に受け手の「注意・関心」には既存の尺度がないため,著者らが考案した「メッセージ差別化」指標を用いて測定しました。これは,理論上「良い/悪い」とされる慰め方を複数提示し,回答者にその良否を評価させるものです。各回答者が両群に付与した点数の平均を求め,その2つの値の差が大きいほど「受け手が慰め方の良否を正確に差別化した=慰め方の質の違いに注意・関心を払った」としました。

 「認知的複雑性」「メッセージの差別化」共に,操作的定義としての妥当性には若干疑問が残るものの,論文中に明示されていることを高く評価したいと思います。多くの類似研究では,研究者が勝手にAという概念をBという方法で操作化し,論文中でそれには言及していません。これではその是非を議論の俎上(そじょう)に載せることすらできません。

 最後に,受け手の「心理状態」は,「感情的動揺(emotional upset)」により表すこととし,5点法尺度に沿って回答者自身に自己評価させました。それにより研究者が独自に設定した各シナリオの「動揺レベル(高・低)」を,回答者自身が同じようにとらえたかという確認(manipulation check)も行える優れた方法です。なお,その際には全12種類のシナリオのうち,1回答者に1シナリオだけ提示しました。もし高・低両方のシナリオを同時に読ませたら,設定間の差異が不当に強調され回答に偏りが生じるところでした。回答者が少ないときなど,つい一度に複数の状況を提示したくなるものですが,回答者に研究の意図を気付かれないためにも,極力1条件だけ提示することを心掛けたいものです。

 一方で問題なのは,原著においてはこれが「動機(motivation)」の操作的定義とされていることです。「状況の深刻さ」の評価を「動揺」の度合いと呼ぶことは差し支えありませんが,それを「動機」と呼ぶには無理があるように感じます。「動機」を測るのなら「慰められたい」度合いを尋ねるべきであったと思います。つまりこの定義と名称の間には残念ながら大きなねじれが生じており,本稿ではこれを正すべく「動機」ではなく「心理状態」という名称を用いて解説しました。

受け手の状況から慰め方の工夫を

 これらの調査の結果,慰められる側の識別能力や心理状態が慰めの効果に与える影響が明らかになりました(註2)。まず識別能力の高い人ほど,慰め方の質の違いを明確に区別しました。一方心理状態に関しては,中程度の動揺を経験した人が最も敏感な反応を示しました。さほど動揺していなければ慰めてもらうことへの関心が薄れる反面,動揺が激し過ぎると今度は相手の言うことに耳を傾ける余裕がなくなるためと著者らは考察しています。さらに識別能力と心理状態の関係については,あまり動揺していないときは識別能力の影響力のほうが大きいが,動揺が増すとともに弱まり,激しく動揺している状況に至っては識別能力による差はほぼ見られなくなりました。

 この結果から,優れた慰め方に反応しない人がいた場合,①識別能力が足りない,②識別能力はあるが動揺が激しく耳に入らない,③さほど動揺しておらず慰めを求めていない,という3つのケースが考えられることがわかりました。いずれにしろ,慰め方自体に問題があるわけではないので,相手の動揺がある程度収まってから再度試みることで見極めが可能になると思います。

現場で実践!

→誰かを慰めるときには相手の気持ちを中心に据えた言い方をする。
→物事を多角的にとらえられる人ほど慰め方の違いにも敏感に反応する。
→激しく動揺している人は慰めに対する反応が鈍くなるので,動揺が収まるのを待つ。

つづく

註1:コミュニケーション学のperson-centerednessは,元来position-centeredness(=相手の個性・人格ではなく,立場・役割中心に着目する度合い)という概念との対比で使われてきたものであり,下記の文献をはじめとした認知症看護などの領域で提唱されている「パーソン・センタード・ケア」とは意味合いが若干異なる。
水野裕.認知症ケアに携わるすべての人のために――パーソン・センタード・ケアの理念.看護学雑誌.2005;69(12):1212-17
註2:理論上「良い」とされている慰め方より「悪い」とされている慰め方(例:「こんなことで落ち込んでいる場合ではありません」)のほうを高く評価した人も5%程度(調査1:3.8%,調査2:6.5%)いた。これは慰め方に「万能薬」が存在しないことの証ともなり得る。

[参考文献]
1)源氏田憲一,他.共感的メッセージは本当に効果的なのか?――送り手の印象への影響を中心に.対人社会心理学研究.2007;7:21-9.
2)Burleson BR. Comforting messages:Features, functions, and outcomes. In:Daly JA, Wiemann JM, editors. Strategic interpersonal communication. Routledge;1994. pp135-61.
3)Burleson BR. Explaining recipient responses to supportive messages:Development and testing of a dual-process theory. In:Smith SW, Wilson SR, editors. New directions in interpersonal communication. CA Sage;2010. pp159-79.
4)Human Communication Research. 2011(DOI:10.1111/j.1468-2958.2011.01405.x)
5)池上知子.印象判断における情報統合過程の特性 認知的複雑性-単純性との関連で.心理学研究.1983;54(3):189-95.
6)Prog Exp Pers Res. 1965[PMID:5337799]

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