医学界新聞

連載

2017.02.27



おだん子×エリザベスの
急変フィジカル

患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。

■第14夜 複雑な病態(呼吸)

志水太郎(獨協医科大学総合診療科)


前回からつづく

 J病院7階の混合病棟,時刻は夜7時。2年目ナースのおだん子ちゃんは今日も夜勤です。今日は日中から入院が立て続けにあり,さらに夕方に1人急変もあって忙しく,夜勤開始時の患者さんへのあいさつにも行けませんでした。ようやく下膳が終わり,受け持ちの病室を回っています。最後は個室隔離のインフルエンザ患者さんです。

 瀬戸内さん(仮名),73歳男性。既往歴はCOPD(慢性閉塞性肺疾患),糖尿病,高血圧で,ADLは杖歩行。高熱があり,妻が入院中で自宅に帰ると自力では生活できないため,4日前から入院しています。入院後,熱は治まり,自力での食事が可能な程度に体力も回復,全体的には上向きの状態でした。しかし昨日夕方から痰が多くなり,今日の日中は頻回な吸引が必要だったそうです。また,痰が多いためかSpO2が下がり,85%前後になっていました。意識清明ではあるものの,念のために午後から一時的にO2流量4L/分で簡易酸素マスク(シンプルマスク)を当て様子を見ている,と申し送りを受けています。


(おだん子) 「(トントン)失礼します。えーと,瀬戸内さん……あっ!」

 部屋に入るや否や,モニターのアラームが鳴り始めました! SpO2は60%です! すぐにベッドに近寄ると,明らかに様子がおかしいです。

(患者) 「ウーっ,ウーっ」
(おだん子) 「これは,前に見た……!」

 患者さんは顔を赤くして,胸を苦しそうに上下させ,首の筋肉(胸鎖乳突筋や斜角筋)まで使用してつらそうに息をしています。

(おだん子) 「気道が詰まってる!?」

 おだん子ちゃんナイスです! とりあえず患者さんの体をゆすったり,胸壁をタッピングしてみましたが,変わりません。そういえば口の中を確認していない! と気付き,見てみるとびっくり。痰と思われる粘性の液体があふれています。

(おだん子) 「吸引! どころじゃない!」

 痰と唾液が混ざったものを口の中からかき出してから急いで吸引すると,太い吸引管に粘性の強い黄色い痰がずるっと引き込まれました! その直後,SpO2が77%にまで回復しました。

(おだん子) 「よかった!」

 しかし,閉塞は解除されたものの,口から漏れる「ゴボゴボ,ドゥルドゥル」という湿った低い音と,聴診で呼気の最後に強くなる「グーッ,ギューッ」という高く小さい音は続いています。

 さらに吸痰を行おうとしましたが,粘性が強く,なかなか引けません。吸引チューブ洗浄や体位ドレナージをしながら繰り返し試みてもダメです。

 肺からは吸気時・呼気時共にブツブツという粗大な水泡音が聞こえ,その音の振動が胸壁を伝わってきます。モニターを見ると,血圧150/71 mmHg, 脈拍92拍/分,体温37.3℃,呼吸数27回/分,SpO2 77%(O2流量4L/分)です。呼び掛けへの反応もありません。

(おだん子) 「どうしよう……」
(エリザベス) 「ちょっとあなた」
(おだん子) 「うわっっエリザベス先輩!」

 マスクをした先輩はモニターを一目。緊張した目付きです。マスクをしているせいもあって,目ヂカラが半端ではありません。鋭い眼光にビビりながらも,おだん子ちゃんは患者さんの状況を説明しようとしました。

(おだん子) 「えっと,痰が多い患者さんで,最初は痰で気道が詰まってました。とりあえず吸痰したんですけど,SpO2が上がらないんです。意識も不鮮明で……」
(エリザベス) 「COPDの既往がございますのね。何時間くらいO2投与してますの?」

 先輩は質問をしながら,患者さんの手や脈に触っています。

エリザベス先輩のキラキラフィジカル⓮
「CO2の体内貯留サイン」

① 手のひらが温かい
② 脈が強く触れる
③ 陰性ミオクローヌスがある
④ 意識障害あり

 どれもCO2が体内に貯留することで起こる体のサインです。下に行くほど血中CO2濃度(PaCO2)が高い,重症な状態です。

 PaCO2が高くなると,CO2の血管拡張作用で末梢血管が開きます。末梢血管が開くと,手のひらが温かくなります。さらに血管が開くと,脈(腕なら橈骨動脈や上腕動脈)をいつもよりはっきり感知できるようになります。PaCO2が一層高くなると,中枢神経障害が生じ,肢位を保持している筋収縮が突然途切れることによる電撃的な不随意的筋収縮(陰性ミオクローヌス・第10夜/第3196号)や,意識障害などの症状が出ます。

(エリザベス) 「今すぐドクターコールよ。血ガスキット(血液ガス測定用採血キット)と救急カートもお持ちになって」
(おだん子) 「は,はいっ」
(おだん子) 「もしもし! 当直中すみません。7階混合病棟の看護師,おだん子です。緊急で診てほしい患者さんがいます。COPD既往の男性で,インフルエンザ感染により4日前から入院されています。インフルエンザ治療は順調でしたが,昨日から痰が多くなりました。先ほど痰による気道閉塞でSpO2が一時的に60%まで低下。気道閉塞は解除しましたが,痰の粘性が高く吸痰しきれません。現在,SpO2 77%です。人工呼吸管理が必要そうなため,7XX号室に来てください」

 駆け付けたドクターが診察する横で,エリザベス先輩が補足します。

(エリザベス) 「日中からずっと酸素投与をしていたそうよ。やや意識障害あり。おそらくCO2ナルコーシスですわ」

 血ガスキットでドクターが採血したところ,高二酸化炭素血症が確認されました。入院時に了承が取れていたため,その場で挿管。人工呼吸管理で痰のドレナージが行われました――。

急変ポイント⓮
「COPDは息を吐けない病気」

 COPDによる肺気腫は,慢性の閉塞性肺疾患のひとつの型です。以下の原因により,息を吐きにくい,つまりCO2が慢性的にたまりやすい状態と言えます。

・肺胞壁が破壊され,末梢気道が終末細気管支よりも拡大
・肺が弾性を失い,収縮しなくなる

 慢性的にPaCO2が高いと,CO2による換気ドライブが弱まります。この状態で酸素投与が長時間行われると呼吸が抑制され,CO2の貯留が引き起こされます。PaCO2がさらに高まることで,CO2の血管拡張作用による脳浮腫,意識障害といったCO2ナルコーシスが引き起こされます。

 一段落してナースステーションに戻った2人は,患者さんに何が起こったかを振り返りました。

(エリザベス) 「COPDの増悪で痰が出やすかった上に,点滴が続いてインバランスになって痰が増えたことが気道閉塞の原因ね」
(おだん子) 「もともと“息(CO2)を吐きにくい”病態があったから,気道閉塞を解除してもSpO2が上がらなかったんですね。痰を取りきれなくて気道は狭い状態だった上に,長時間のO2投与で呼吸抑制が起きてしまった。そのせいでCO2がたまりすぎてしまったんですね」

 今回の患者さんは,痰が詰まった時点ですでにA(Airway)がダメになっていました。なので,まずはその解除(吸痰)が重要です。それが解除されたら,次に観察するのはB(Breathing)です。呼吸補助筋の使用や呼吸数(第8夜/第3188号)から,Bがイケていないとわかります。Bがおかしい場合,原因はO2(酸素化)かCO2(換気)のどちらかと考えるアプローチは役立ちます。そこでエリザベス先輩は,まずフィジカルでCO2の上がり具合を推定し,血ガスキットと挿管の準備を指示したわけです。

 今回はABの復習に加え,Bを掘り下げ,呼吸(換気)不全によるCO2貯留を判断するフィジカルも学びました。ちょっと難易度が高かったかもしれません。けれど,知っていれば一生使える技術です。きっと役に立ちますよ!

おだん子のメモ

2月27日
●B異常の原因は,O2(酸素化)かCO2(換気)のどちらかでまず考える
●高二酸化炭素血症状態を把握する際にフィジカルが役立つ!

つづく

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