医学界新聞

2016.12.05



Medical Library 書評・新刊案内


基礎から学ぶ楽しい保健統計

中村 好一 著

《評 者》上嶋 健治(京大病院臨床研究総合センター教授・EBM推進部)

ユニークな著者による,ユニークな体裁の,大真面目で実用的な保健統計入門書

 敬愛する中村好一教授(自治医大公衆衛生学)が,《基礎から学ぶ楽しいシリーズ》の第3作目となる本書を発刊されました。シリーズを通しての豊富な脚注(本書では総数140!)と,「統計デッドセクション」と呼称されるウィットに富んだコラム(総数15)というユニークな体裁はそのまま継承されています。

 著者は第1章の「統計とは」で,「本書の表題は『統計』であって『統計学』ではない」と述べています(p.3)。まさに本書は統計学の教科書ではなく,秀逸な「統計の実用書」に他なりません。本文では,学問的に興味があるだけの部分にはわざと触れられておらず(それ故「楽しい」わけですが),どうしても触れざるを得ない部分には,著者独自の見解を加えて脚注とコラムにたっぷりと記載されています。

 以下,第2章は「データの種類と記述的解析」で,分析統計よりも一段下に見られがちな記述統計こそ重要とする著者のポリシーが十分に伝わってきます。第3章は「統計グラフの作成」について,得られた結果を印象深くかつ正確に表現する方法が情熱的に語られ,第4章の「統計学的推論」では,推定と検定,相関と回帰,オッズ比,標本サイズについて本書の3分の1が割かれており,推定と検定の概念,相関と回帰の違いなどもわかりやすく解説されています。第5章は「交絡因子の調整」について,標準化と多変量解析をテーマに実例を元にユニークな表現で説明され,「筆者は多変量解析が嫌いである」(p.157)という,大きな声の独り言も呟かれており,第6章は「一致性の観察」についてコンパクトにまとめられています。

 同時に,各章・各項では,「ポイント」として四つの重要事項が挙げられており,これらもありきたりの内容ではなく,「データ入力には必ずミスが付きまとうと考えて対処する」(p.12)や「有効数字に気をつけよう」(p.39)など,読者に対してフレンドリーにminimum requirementが明示されています。本書はユニークな体裁ですが,保健統計の概念とその解説が必要十分に記載されていること,内容が極めて実務的であること,しかも応用範囲の広い内容がわずか約190ページに盛り込まれている点において,質の高い大真面目な実用書に仕上がっています。さらには,本書の学習効果を高めるために,医学書院ウェブサイトから67枚の演習用のエクセルシートをダウンロードできるようにも配慮されており,疫学研究や臨床試験に携わる方の「統計入門」の必携書としてふさわしいものでしょう。

 なお,著者は本シリーズも3部作で終了と考えておられるようです。背景には来年の第21回国際疫学会会長をお務めになるなど,公私にわたる多忙な生活があるのでしょうが,評者よりも若く,まだまだ老け込む歳ではありません。一読者としても,本書で本シリーズを終了することなく,ぜひとも続編を期待したいと思っています。

A5・頁192 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02549-2


“脳と心”からみた
統合失調症の理解

倉知 正佳 著

《評 者》岡崎 祐士(道ノ尾病院名誉顧問/都立松沢病院名誉院長)

統合失調症の病変は脳のどこにどんな形であるのか

 本書は,富山大名誉教授倉知正佳先生(以下,著者)の精神神経医学研究の集大成とも言うべき著書である。近年,これほど中身が濃く真剣に読んだ精神医学書はない。本書の執筆のために注がれた著者の熱意と努力に敬意を表する。

 著者は,序で「統合失調症は青年期に好発し,しばしば慢性に経過することから,患者や家族の人生に深い影響を及ぼす。この疾患を予後良好な疾患にするためには,何をすればよいのだろうか」と本書の目的を設定している。本書は3部13章と付録から成る回答である。

 第I部「統合失調症はどのような疾患か」に6章(統合失調症の概念と診断/精神症候学の進歩/疫学,遺伝的および環境的要因/発病仮説と脳の発達過程/経過と転帰/転帰に関連する生物-心理-社会的要因),第II部「統合失調症の神経生物学」に5章(精神症状の神経心理学/認知機能障害/脳の形態学的変化/病態形成/病態生化学的仮説),第III部「予後良好な疾患にするために」に2章(脳の組織学的変化を改善しうる治療薬の開発/早期介入)を割き,歴史的経緯を踏まえて記述されている。紙幅の関係で一部のみ紹介する。

 統合失調症概念の成立からICD-10やDSM-5への変化が,クレペリンとM.ブロイラーの著者翻訳原典を収載して解説されている。クレペリンが当初,精神的病衰(痴呆)に至る進行性の慢性疾患としたのは,重症例の一般化の結果であり,転帰は多様である。精神症状とは独立に認知機能障害の存在と社会的転帰との関連が見いだされた。そして認知リハビリテーションの薬物に匹敵する効果について紹介している。

 統合失調症症候の背景脳病態は,1970年代の脳画像検査登場まで長い間不明であった。著者は,膨大な統合失調症の脳画像研究を整理し,統合失調症には「前頭-側頭辺縁-傍辺縁領域に軽度の形態学的変化」が確認されるという。脆弱性関連の変化と疾患の病理を区別して,著者は「側頭葉の変化は統合失調症への脆弱性に関連し,思春期前後に前頭葉の変化が加わることにより,側頭葉機能障害が臨床的に顕在化し,統合失調症症状が発現する」(p.195)として側頭-前頭2段階発症仮説を導いた。

 転帰不良に関連する要因のうち,陰性症状,認知機能障害,および側脳室の(進行性)拡大に共通する背景として,前頭-視床線維が走る内包前脚の体積減少が示唆する前頭-視床結合障害という,著者らの貢献が大きい知見を紹介している。

 このように諸症状・知見と相関する脳部位・形態と機能・神経回路が知られるようになった。神経心理学の進化である。例えば,させられ体験の他者性が身体・外空間図式をつかさどる右下頭頂小葉の活性と関連する,などである。

 統合失調症が成立する成因と発病メカニズムについては,初期神経発達障害による脆弱性形成に,青年期の後期神経発達障害による脳の成熟障害(シナプス刈り込みや結合の障害を想定)が加わり,発病に至るとする仮説を重視している。実際,統合失調症には前頭-側頭皮質体積軽度減少,錐体ニューロン樹状突起棘減少,前頭葉機能の障害,髄鞘関連遺伝子発現減少などが見られ,これは後期神経発達障害仮説によりよく説明できるという。

 さらに,このような病態が生じる病態生化学仮説に及び,パルブアルブミン陽性GABAニューロン機能不全仮説に力点を置いて,ドーパミン仮説,NMDA仮説,酸化ストレス,カルボニルストレス,脳成熟障害による遺伝子発現制御障害説が紹介されている。

 そして,統合失調症を予後良好な疾患にする2つの案が提唱されている。脳の組織学的変化(ここではPV陽性GABAニューロン/NMDA受容体の機能低下)を改善する治療薬の開発と早期介入である。脳の組織学的変化の改善作用をスクリーニング項目に加えて,開発途上のT-817やスルフォラファンへの期待が述べられている。初回エピソード早期治療および前駆期(臨床的ハイリスク)からの支援/薬物治療による精神病発症予防である。

 本書は何よりも,統合失調症の病変が,脳のどこにどんな形であるのかを描こうとして,かなり成功した初の精神医学書である。本書が広く読まれて,私たちの医療の実践の質が一段も二段も向上することを期待したい。

A5・頁304 定価:本体4,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02552-2


術者MITSUDOの押さないPCI

光藤 和明 著
倉敷中央病院循環器内科 執筆協力

《評 者》加藤 修(草津ハートセンター顧問)

単なる解説書ではなく,PCIの基本姿勢を示した教科書

 光藤和明先生が逝去されて,一年が経過しました。この間に,光藤先生の薫陶を受けられた倉敷中央病院循環器内科の先生方やご家族のご尽力により,遺稿をまとめて本書が出版されることになりました。本書が,冠動脈インターベンションに携わる循環器専門医にとって高度な最新の情報を提供し,この分野の進歩に貢献するであろうと考えます。皆さまのご尽力に深く感謝したいと思います。

 本書は過去に出版されたこの分野の書籍に比べ,技術上の詳細な多くの情報の説明がなされているのみならず,光藤先生の一貫した考え方が表現されており,PCIトレーニング中の術者のみならず,PCI専門医にとっても貴重な専門書となっています。評者自身も多くの点で参考にさせていただきたいと考えています。

 評者と意見の異なる細かい部分もありますが,慢性完全閉塞の領域のみならず,その他の領域においても光藤先生の技術上の諸問題に対する意見,特にその考え方に多くの点で同調できることに驚いています。30年以上,この領域で共に働きながら,またおよそ20年前には慢性完全閉塞に関する技術書を共著させていただく機会がありながら,本書に述べられている技術上の諸問題について,詳細な意見交換をすることが一度もなかったことが残念でなりません。本書の中には,もしそのような機会があれば評者自身ももっと進歩できていたのではないかと感じさせる光藤先生の基本姿勢を読み取ることができます。

 もちろん,個々の技術的内容は常に時代的制約を受けており,将来的には変更や加筆が必要な部分もあるでしょうが,この書は単に,PCI技術の解説書ではなく,この領域の進歩をもたらすためのアプローチ方法,基本的な考え方を行間に読み取ることができる教科書として,多くの専門医の成長に今後長らく貢献するであろうことを確信しています。そして,未来のこの領域の進歩を担う若いPCI専門医が,いつの日かこの教科書を書き換える日が来ることを光藤先生は心待ちにしておられるのではないでしょうか。数年前にJapanese CTO PCI Expert Registryの設立について話し合ったときの光藤先生の情熱的な姿が忘れられませんが,光藤先生の熱い思いはその日が来ることにより成就されるのではないかと思います。

B5・頁264 定価:本体8,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02527-0


メキメキ上達する頭痛のみかた

金城 光代・金城 紀与史 監訳

《評 者》志水 太郎(獨協医大病院総合診療科・診療部長)

よく遭遇する悩ましい症例から,ピットフォールが浮き彫りに!

 John Ruskin Graham医師に……から始まる本書にやや胸が高鳴る。頭痛領域の父と言われる同医師の弟子であるHarvardの頭痛センターの3人によって書かれた,頭痛100例のぜいたくなケーススタディ本が本書である。原著の発行は2014年6月で,ICHD-3βに基づいている。原著の書名が頭痛の評価・マネジメントの“Common Pitfalls”とされているとおり,定型的な頭痛の本というよりは,より難易度の高い症例に絞っている。項目は診断だけではなく,治療や社会的マネジメントまで含まれているため,包括的な頭痛ケアを一例一例のケースを通して学ぶことができる。

 例えば診断のケースを見ると,以前から両側性で軽度の数時間続く反復性頭痛を持つ患者が,3週間前に始まった頭痛で受診,今回の痛みは射撃訓練の前に始まり,射撃で使った目の光過敏がありサングラスをかけていたというケースが,実はHorner症候群を伴う頸動脈解離だったり,もともと片頭痛持ちで今回は3日間続くアスリートの頭痛がヘルペス脳炎だったりと,見逃すと怖いケースなど,診断エラーの視点も交え分析的に語られている点にはとても好感がもてる。

 また,検査については,“不要な検査”“必要な検査”についての言及も本書中に一貫して語られていることから,Value Based Medicineにも配慮したつくりとなっている。治療では,救急部での難治性片頭痛や,複数の併存疾患の薬物使用,また妊婦関連の頭痛マネジメントなど,現場で“よくある”悩ましい頭痛管理についての言及も豊富である。各章末で,これらがトピック別に参考文献としてまとめられているのも,学習を容易にしてくれるため嬉しい配慮である。

 そんな中,この本で重視されているのはやはり,“history, history, history(病歴,病歴,病歴)”の言葉通り,病歴の重要性である。良性に見えるが悪性を考えるもの,これは良性でマネジメントも変わらないから経過を見て良いもの,という正確な判別ができるためには,各疾患の各論,各概念の臨床像をできる限り明確にしておくことである。そのような思いがあれば,例えばNDPH,RCVS,TACs,HaNDLといった覚えにくい名前の頭痛の概念や,多彩な片頭痛のバリエーションを整理する勉強にも,楽しさやワクワク感(?)が出るかもしれない。

 翻訳は,金城先生ご夫妻を中心とした沖縄県立病院群の先生方による。現場で総合診療や救急,神経内科を担当している熟練の医師らが主体となった訳者陣であり,それだけでも,この本がいかに現場目線で書かれているかということがわかる。日本語も明快である。『メキメキ上達する頭痛のみかた』という翻訳書名は,あえてピットフォールという単語を使わず,読者にとってより親近感を抱きやすい邦題であり,多くの読者に読んでいただけるのではないかと思う。

B5変型・頁220 定価:本体4,600円+税 MEDSi
http://www.medsi.co.jp/

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