医学界新聞

2016.11.28



Medical Library 書評・新刊案内


快をささえる
難病ケア スターティングガイド

河原 仁志,中山 優季 編

《評 者》松村 真司(松村医院院長)

人生を取り戻そう――「生きる喜び」を実感できる難病ケアの指針書

 もう20年近く前のことである。とある指定難病の患者さんのQOLに関する質的研究のお手伝いをしたことがある。都内の大学病院のごった返す外来で患者さんと待ち合わせをして,近くの喫茶店へ移動して30分ほどインタビューをする,ということを繰り返した。この経験は,それまでの診療生活に半ばバーンアウト気味になり大学院生になった私にとって,とても貴重なものだった。なにせ,病院に医師ではない立場で入ることはそれまでなかったし,その立場で入る病院はとにかく圧迫感があった。そして,そこで話された内容の多くは,難病の症状や,症状から派生する障害よりも,「自分が難病である」こと自体による生きづらさや困難であった。それまでの私は人々の苦しみを「疾病」というフィルターを通して見ていた。しかし,それぞれの人たちは,私と同じ,日々の暮らしを生きる人たちであり,その苦しみの多くは,そのフィルターを通してしまうと見えなくなってしまうものであった。そんな当たり前のことが,何年も診療を行っていながらわかっていなかったことに,当時の私はがくぜんとしたのである。

 その後,町の医師になった私の所には,地域に暮らすさまざまな人々が訪れる。難病や障害を抱える人々とかかわる機会も少なくない。在宅医療を行っていれば神経難病を担当することは珍しいことではないし,そうでなくても外来には感冒などのありふれた病気や,予防接種などを通じてこのような難病や障害を抱える人たちや,これらの人々の家族が来院する。それぞれの難病や障害そのものへの対処は,専門医が担当するので,その点について私がかかわる部分は限定的である。しかしそれ以外の「地域で人々の生活を支え続ける」という面で,町の医師――プライマリ・ケアに携わる街場の総合診療がかかわる部分は大きいのである。

 本書は,難病にかかわる当事者・支援者・医療者たちが,共に「生きる喜び」を実感するためのノウハウが豊富に記載された,難病ケアのためのガイドである。難病に対する多職種によるケアの工夫,コミュニティや在宅における新しい支援の在り方など,先進事例が豊富である。制度や歴史についての解説も読み応えがある。なによりも当事者,支援者,医療者たちの日々の挑戦が,それぞれの立場を越えた複眼的な視点から描かれている。

 一見,多様に見える内容であるが,全てに一貫しているのは,「苦を減らす」ではなく,「快をめざす」という姿勢である。当事者も支援者も共に笑い,共に愛し合い,当たり前の生を全うすることができれば……そんな願いに溢れる本書は,実は私たち自身の世界が変わるための「スターティングガイド」なのである。

 人々の苦しみに向き合い,これらに真摯に向き合うことは,時に自らを苦しめることもある。しかし,それぞれの人々が,目の前の苦しみに立ち向かい,共に笑い合い,そして誰かを愛し愛され,生を全うする,という人間普遍の権利を達成することができれば,人生はいつでも,どんな状態でも,輝きを取り戻すことができる。

 本書の中の多くの人々が語っているのは,そんなごく当たり前のことなのかもしれない。

B5・頁248 定価:本体3,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02758-8


はじめて学ぶ医療英語

大垣 雅昭,大垣 佳代子 著

《評 者》片岡 義男(作家/小説,エッセイ,翻訳,評論)

日常英語と医療英語が出合う風景

 日本で日本の人たちが英語を勉強するための参考書の内容に,それまでの十年一日と言っていい様子に最初の変化が現れたのは,今から30年ほど前のことだったか。外国の人たちに日本のことを英語で説明してわからせるための参考書というものが,何冊か出版された。書店で見かけると僕は買った。浅草の雷門や味噌汁などについて説明してある英語を読んで楽しんだ記憶がある。

 その次に現れた参考書は,外国で病気になり,医者にかかったり病院へ行ったりするのに必要になる英語を今のうちに覚えておく,という方針の参考書だった。これも何冊も出版され,目につけば僕は買った。

 東京を外国の人に英語で案内するための参考書を,つい先日,書店で見かけた。シェークスピアの戯曲をめぐってイギリスの人たちと語り合うための参考書,というようなものはいっこうに書店に現れない。英語を外国語として勉強するからには,なにごとかをその英語で語ることだ。語るべきなにごとかがとりたててなければ,英語を勉強する意味はほとんどない。

 ただし,外国で医師の診断を受けたり病院へ行ったりするときに必要になる英語は,ぜひとも知っておきたい。どの範囲で知ればこと足りるのか,あらかじめ予測することはできない。一般的なことでいいから,幅広く英語で自分の必要を相手に伝え,相手の言うことを誤解なく理解するだけの英語は,自分のものにしておきたい。そのための効果的な手助けとして,『はじめて学ぶ医療英語』という参考書が出版されたことは,大層心強い。

 「外来」を英語で言えなければ,病院へ行くこともできないではないか。「病院へ行く」ということが,例えばイギリスの田舎町で,可能なのかどうか。「内科の診察を受けたいのですが予約は受けていただけますか」と,ごく当たり前のことのように,ストレスなしに,英語で言えるだろうか。「耳鼻咽喉科」「皮膚科医」「しゃっくり」「脱水症状」「集中治療室」など,ごく最近に手に入れた『英会話海外生活ひとこと辞典』でなにげなく拾った言葉だ。英語で言えるかどうか。集中治療室はICUとして日本語になっている。どんな英語の略なのか,正確に言える人は少ないだろう。ローマ字や片仮名はすべて日本語なのだ。日本にいる限りは日本語で十分に間に合うけれど,いったん日本の外に出ると,最も通じる可能性が高いのは,今のところ英語だ。

 ここは外国だ,いつもの日本語は通じない,通じなければまず自分の体が大変だ,事態は急を要する,さあ,どうするか,となったとき,言葉が不自由なら,どうにもならない。どうにかなるのは,医療と緊急事態以外の領域のことであり,医療と緊急事態だけは,言葉を知らなければどうにもならない。通じるか通じないかの境界が最もはっきりするのが,医療英語の世界だ。

A5変型・頁100 定価:本体900円+税 MEDSi
http://www.medsi.co.jp/

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