医学界新聞

連載

2016.11.28



わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス

医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。

■第8回 がん患者と配偶者が「がんへの思い」を話すことの是非

杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)


前回よりつづく

 61歳の男性。前立腺がんと診断された直後は家族に言えず,病気についてインターネット上である程度調べてからようやく打ち明けました。妻は「つらいことは何でも話してね」と言いますが,治療への不安を口にするなど到底無理です……。


単に「配偶者との共感」を勧めることは無責任にすぎない

 コミュニケーション学には,配偶者間(註1)のやりとりを研究する「夫婦間コミュニケーション(marital communication)学」という分野があります。その中で「がん患者と配偶者に対し『思い』を共有するよう医療者が促すことの是非」を問う研究1)を見つけました。

この論文は,患者が配偶者(註2)と「がんについて自由に話せること」の利点には十分な裏付けがある一方,「がんへの『思い』を話すこと」を支持するエビデンスは乏しいと指摘しています。思いを語ることでむしろ心痛が増す,関係が悪化するという弊害も報告されており,そのような行為を安易に勧めるべきではないと警告しています。

 がんへの思いを配偶者と語ることは「高リスク・高リターン」な行動と言えます。うまくいけば気持ちが楽になり,相手への信頼も深まります。しかしその一方で,ひとたび失敗すれば取り返しのつかない傷を負う可能性があります。「がんへの思いの語り方」など習ったこともないのに,誰もが最初から自然にできるとは限りません。

 さらに,がん患者と配偶者の中には,自分の気持ちなど一切話したくないと思う人もいれば,誰かに話したいがどう切り出せばよいのかわからないと悩む人もいます。それなのに医療者が,ただ漠然と「ご主人の話をよく聞き,気持ちを理解してください」と言うことは無責任ですらあると言えます。

 では患者と配偶者の一人ひとりに寄り添い,がんに伴う心痛を少しでも和らげる手助けをするには,どのようなアドバイスをしたらよいのでしょうか? この研究では,がん患者と配偶者35人への面接・質問紙調査結果を,混合研究法(mixed methods)を用いて分析し,「がんへの思いを語る際の注意点」と「がんへの思い以外に二人の気持ちを楽にする話題」を明らかにしています()。

 がん患者とその配偶者の会話における話題

がんへの「思い」を語ることに対し画一的な助言は不可能・不適切

 まず,最初に念頭に置くべきは「がんへの思いを語る」方法には唯一絶対の解がないことです。そのタイミングひとつにしても,「告知直後の先行きが不透明な状況でお互いの感情を吐露すると,いたずらに不安が増す」こともあれば「病状が進み八方ふさがりとなった時点では,特定の治療法を選択したことへの怒りや後悔を話すには遅過ぎると感じる」こともあります。したがって「3か月に1度はお互いの気持ちを確認する」というような画一的な目安よりも,刻々と変化する感情のうねりの中で,二人が比較的落ち着いて話せる瞬間を見極める手助けが求められます。

 お互いの心情をおもんぱかるつもりの言動が,かえって相手を傷つけることもあります。脱毛を気に病む患者に変わらぬ愛情を示そうと「髪がなくてもあなたはとてもきれいだ」と言ったところ,「私の気持ちを全くわかっていない」と怒らせてしまったエピソードが紹介されています。

 また「前向きな発言で妻の気持ちを和ませよう」と考えた夫が,「当初の予想より進行が遅く予後も悪くない」という検査結果への安堵感を繰り返し口にしたところ,「当事者でないあなたは事態を軽く見ている。進行が遅くてもがんはがんだし転移もする。命にかかわることに変わりはない」と妻になじられ,その後は「思い」に関する会話を避けるようになったという事例もありました。がんへの「思い」に関する会話には一般論が存在しないのが難しいところです。

 こうしてみると,配偶者にがんへの「思い」を話すことは両刃の剣になります。それなのに今まで過大評価されてきた原因は,雑駁な質問項目(例:「夫(妻)とは何でも話せる」)を用い,がん「全般」と「思い」に関するコミュニケーションを明確に区別しなかった既存の研究にあると著者らは論じています。

 さらに,各医療職における男女比がコミュニケーションのとらえ方に与える影響も無視できません。つまり多くの女性が好む傾向にある「自分の思いを語る」行為は,女性の多い職種でより高く評価されるということです。その偏りを認識せず,「感情を吐露するのは弱さの象徴」と考える傾向の強い男性に「お気持ちを奥さまに話してみたらいかがですか」と勧めても,思うような反応が得られないかもしれません。

「思い」以外の「がんに関する話題」で気持ちが楽になることも

 この研究を通して,がんへの「思い」以外にも心痛を和らげる話題があることが明らかになりました。医学情報を整理することで病気に対する統制感を得る,検査や治療に伴う(交通手段や託児の)手配を通じて二人の絆が強まる,病気のために買い物すら行けなくなった妻が,家事に関する夫の相談に乗ることで自己効力感を取り戻す,といった例があるように,感情ではなく事実について話すことも良いとされています。

 配偶者とがんへの「思い」を共有する難しさの背景には,「夫だけはわかってくれるはず」とか「妻には包み隠さず話すべき」というような,お互いにとって特別な存在であるゆえの期待や義務感があるように思います。しかし,無理をしてまで思い言葉にして,配偶者とだけわかち合わなければいけない理由はありません。身体機能の衰えへの落胆を直接言葉にする気になれなければ,(患者の側から)ユーモアに包んでほのめかす。配偶者はただそばにいることでそれに応える。配偶者だけでなく第三者(がん患者の仲間や親族・友人)とも話してみる。心痛を和らげる方法はそれこそ無限にあるのです。

 画一的な助言が難しい中,これまでの二人の関係性の中で築かれた暗黙の了解やルールを尊重しつつ適切なタイミングを見極め,今後起こり得ること(例:心情の吐露に伴う感情の爆発)をあらかじめ説明し,うまくいかないときには他の方法を提案するといった支援の在り方こそ望ましいと著者らは論じています。しかし治療の医療的な側面を担いつつ,コミュニケーションに関する専門的な知識や助言の経験,さらにそのための時間が不足する中で,医療職がこのようなサポートをすることは大変です。そのようなときこそ,提案の「引き出し」を多く持つコミュニケーション学の専門家が加わることで,患者と配偶者(と彼らにかかわる医療職)が,少しでも気持ちを楽にすることができれば良いと思います。

→がん患者と配偶者が不用意にがんへの「思い」を語ると,かえって心痛が増したり,二人の関係が悪化したりすることがある。
→がんへの「思い」を直接口にする以外にも,そばにいる,医学情報を整理する,さまざまな手配の相談をする,第三者と話すといった方法で心痛を和らげることが可能である。
→がん患者とその配偶者を支援する際には,画一的な助言ではなく,二人の関係や感情の動きを踏まえた上で多様な選択肢を提案する。

つづく

註1:法的な婚姻関係にある男女に限らず,同棲や事実婚,さらには同性同士の関係を含みます。
註2:原文では「配偶者もしくはパートナー」という表現が用いられていますが,本稿では「配偶者」という表現に統一します。

[参考文献]
1)Goldsmith DJ, et al. Should I tell you how I feel? A mixed method analysis of couples’ talk about cancer. Journal of Applied Communication Research. 2015;43(3):273-93.

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