医学界新聞

対談・座談会

2016.11.28



【対談】

もうすぐ始まるという
看護学研究の明るい未来について
石田 昌宏氏(参議院議員/看護師)
野寄 修平氏(東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻 修士課程(老年看護学/創傷看護学分野))


 2015年度東大総長賞を,看護学生(当時)の野寄修平氏が受賞した。東大の学部生・大学院生を対象にした同賞において,看護分野からの受賞は2002年の創設以来初の快挙であり,野寄氏が理科一類出身の男子学生ということも相まって話題を呼んだ。野寄氏は東大入学時にはロボット工学の道を志していたものの,在学中に看護に出合い,現在は看護学研究に邁進する日々を送っている。

 東大OBの看護師で,従来の看護の枠を超えた人材の育成に尽力する石田昌宏氏は,こうした若い世代の柔軟な発想力に希望を垣間見たという。本対談において両氏が,看護学研究の明るい未来を語り合った。


石田 総長賞,おめでとうございます。看護分野からの選出は今回が初めてとのことですね。この快挙を知って,東大OBの看護師として誇らしいと同時に,看護学研究の未来に明るい希望を持ちました。吉報を受けてどのような気持ちでしたか。

野寄 想定外のことで最初は驚きました。自分自身では“異端の看護学研究”だと思っていたものが,医学部だけでなく,他領域の専門家の方々にも“最先端の看護学研究”として評価されたことが,何よりもうれしいです。

石田 確かに現在の看護学研究は理論研究が多く,その意味では異端かもしれません。しかし今後は看護実践の進化に寄与する研究を発展させていく必要があり,今回の受賞は看護界にとって意義深いものです。学部の卒業論文での受賞とのことですが,研究テーマはどのようにして思いついたのですか。

野寄 きっかけは,カテーテルの再留置に苦戦する看護師の姿を病院実習で見たことです。患者さんの中には,カテーテル留置に適した血管を見つけるのが難しい方もいます。そこで「血管の選択を容易にする方法はないか」と考え,指導教員である真田弘美教授,仲上豪二朗講師(共に老年看護学/創傷看護学分野)に相談しました。

 幸いにして,当研究室には工学や生物学の専門家が集うなど学際的な環境が整っています。看護学とものづくりの融合による「末梢静脈留置カテーテル刺入部位選択支援のための仮想超音波プローブシステムの開発」(MEMO)にテーマを絞り込み,研究を進めました。

石田 近年の看護学研究は社会学や心理学との融合が進んでいますが,自然科学系の学問との融合は珍しいですね。

野寄 そうかもしれません。一方で,国立大の看護学部だと入学試験に理系科目が必須の場合が多いですよね。理系学生の特性を引き出せる環境を整備することが,研究室の人材育成方針だと聞いています。

石田 真田先生が「看護理工学」を確立した背景にはそうした狙いがあったのですか。積年の課題を解決するイノベーションを生むには,新たな領域との融合が鍵となります。話を聞いているとワクワクしますね。

「解」のない学問に“理系脳”が魅せられる理由

石田 私は理科二類から保健学科(当時)への進学で,一般的な進路です。野寄さんの場合は理科一類から健康総合科学科で,これは珍しいですよね。

野寄 私自身,大学入学時は看護の道に進むとは思ってもいませんでした。

石田 理科一類だと,もともとは工学系志望ですか?

野寄 はい。工学部に進んで手術用ロボットの研究をするつもりでした。幼少のころからものづくりが好きで,中学・高校時代はロボットコンテストに出場したこともあります。

石田 それがなぜ看護の道へ?

野寄 教養学部前期課程の総合科目で「看護学概論」という授業を受けたのが転機でした。そこで 山本則子教授が,「死ぬ前にお風呂に入りたい」と話す終末期の患者を入浴させるか否か,という話を題材に看護を語られたのです。医学的に考えれば湯船に漬かるのはリスクが高い一方,QOLの観点からは本人の願いを叶えることも大切です。「こうした難しい判断を,医学的知識やQOL,患者本人の価値観など多様な観点から総合的に考えることができるのは,医師や介護職ではなく看護師である」という話に感銘を受けて,健康総合科学科に進みました。

石田 お風呂の話には解がありません。“理系脳”の野寄さんが違和感を抱くことはなかったですか。

野寄 工学のほか数学や物理学も好きだったのですが,それら理系の学問に比べると看護学は確かに曖昧です。逆にそこが,自分にとって新鮮でした。

石田 私も似た経験があります。大学入学時は研究者志望で,分子生物学に興味があって理科二類を選びました。その後,当時は基礎看護学教室の教授だった見藤隆子先生(故人)の学部紹介ガイダンスを聴講したのが,看護の道に進むきっかけでした。見藤先生が星野富弘(詩人・画家)の絵を見せて「どう感じますか?」と尋ねるわけです。「これは学問なのだろうか」と衝撃を受けた(笑)。それから看護のことを知りたい気持ちが高まりました。あの授業を聴かなかったら,まったく違う道に進んだかもしれません。

野寄 看護にとって大切な価値観――例えば療養支援やQOLは,文系/理系を問わず,誰でも共感できますよね。

石田 まったく同感です。看護を突き詰めることは,人間について考えることに通じる。これほど広がりと深さのある学問はありません。

 そして,看護学を語る教員の言葉は,学生に大きな影響を与えます。その語りは「気づき」程度ではなくて,人生さえも変えてしまうことがある。それこそが教育の素晴らしさであって,看護学の魅力を大いに語ることのできる教員が増えていってほしいです。

人工知能時代に問われる看護の専門性

石田 最近は,人工知能やロボットへの関心が社会的に高まり,自民党の部会などの場でもよく話題になります。それらは社会や仕事の在り方を根底から変えてしまう可能性があって,医療・介護分野も例外ではありません。野寄さんはどのように考えますか。

野寄 手術用ロボットの研究を志していたころは,医療・介護分野への導入に対して懐疑的でした。これらは人がやるべきことだと思っていたのです。しかしいざ現場に出ると,人力だけで医療・介護を支えるのは限界があることに気づかされました。

 今秋に1か月間,特養と療養型病院でインターンシップを行った際も,認知症で自分の意思を伝えることが難しい高齢者の訴えを理解できず,ジレンマを感じました。センサーなどを用いた「不快の可視化」技術が開発できれば,患者さんにより良いケアが提供できるはずです。人工知能やロボットによって,看護師を“代替”するのではなく,看護師を“支援”する未来を見据えています。

石田 私も当初はロボットに抵抗感がありましたが,看護・介護職の腰痛予防対策の「ノーリフト」(持ち上げない看護・介護)について学ぶなかで考えが変わりました。「移乗に機械を使う」と聞くと冷たい感じがしますが,そのぶん相手の目を正面から見て手を握り,笑顔で声を掛ける余裕が生まれます。「どちらが人のぬくもりを感じられるか」と考えたとき,より良い看護を提供するために使えるものは使えばいいと思い直しました。

野寄 人工知能に将来代替され得る職業がよく話題になりますが,医療職は業務内容こそ変化しても代替までは難しいと予測されていますよね。人間同士のかかわりが大切な職業だからだと思います。

石田 それに関して実は懸念があります。入院時のチェック,アセスメントと計画立案,記録作成など,よく考えたら将来的に人工知能で代替できそうな業務ばかりが昨今の医療現場で増えています。すると数十年後,人工知能が人類を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えたとき,経験の乏しい看護師や経験を技術として身につけることができない看護師は,人工知能に代替されてしまうかもしれません。

 政治家としては,記録等の時間を削減し,ベッドサイドでの患者ケアや密度の濃い事例検討に時間を費やせるよう,政策誘導を図っていかなければならないと思っているところです。

野寄 私は研究者のひとりとして,看護師の業務を支援するような研究開発に取り組み,看護師がより個別的なケアの提供に専念できるような社会の実現をめざしていきたいです。

看護学が科学であるために,看護の本質とは

石田 国際社会全体を見渡すと,20代,30代が社会の変革をリードしています。これに対して日本は,この世代になかなかチャンスが与えられない。若手もそうした状況に甘んじているのかもしれません。

 私は,若い人の可能性に日本の未来をかけているところがあります。志を持った35歳以下の社会人や学生同士の交流を目的にした「わかしの会」を主催しているのもその一環です。野寄さんには看護界のリーダーとして期待しています。また,若手が活躍できる環境を私たちの世代が整備する必要性を感じています。

野寄 若手としては,自分のやっていることに自信を持てる環境が重要だと考えています。看護学研究は人生をかけて取り組むべき価値があるものだという自負があるのですが,一般にそう思われていないのが残念でなりません。その証拠に,東大入学後に看護学に興味を持つ男子学生の多くは,親に反対されます。

石田 私も反対されました。当時は男性看護師が珍しい時代で仕方ない面もありますが,今でもそうですか。

野寄 はい。看護は科学であり,看護学研究者が科学者として認められるためには,どうすればいいのでしょう。

石田 壮大なテーマですが,まず前提として,科学の発展について考えてみたいと思います。少なくとも近代科学においては,還元主義の果たした役割が大きいですよね。医学で言えば,ヒトは臓器に,臓器は細胞に,細胞は遺伝子や分子に,と要素に分解して理解することで発展してきました。看護学が科学であるならば,近代科学の発展に呼応する形で,「細胞レベルの看護学」があってもいいわけですよね。

野寄 「ヒトに対する看護学」だけでなく,「細胞に対する看護学」?

石田 ええ。ところが残念ながら,そういう研究をやろうとすると「ミニ医者」と揶揄されてしまう。でもそれはおかしい。ナイチンゲールの時代から,患者さんの自然治癒力を最大限に発揮できるように環境を整えることが看護の役割だとされています。自然治癒力という文字は「癒やす」だけでなく「治す」も含んでいます。すなわち,看護には「治す」役割もあるのです。

 では,医師と看護師で何が違うのかというと,「治す」アプローチが違う。医師は,薬や手術によって“対象に直接介入する”。看護師は,“対象が最大限の力を発揮するために環境を整える”。こう整理して対象をヒトから細胞に置き換えた場合,医師は細胞に直接働き掛けるのに対し,看護師は細胞の環境,つまり温度や圧力や栄養等に働き掛ける。こういう見方は成り立ちませんか?

野寄 創傷治療でも「自然治癒力」と言いますが,実は,自然に放っておいても傷は乾いてしまい全く治らないそうです。ドレッシングして本来ある治癒力をさらに引き出す必要があって,看護に発想が近いのです。

石田 野寄さんの研究も,「看護学とは何か」を再考する上で価値のある研究です。看護の価値や未来を皆が堂々と語り,たくさんの若手研究者が活躍できる環境をつくることが,私たちの世代の役割だと再認識しました。

野寄 受賞を機に,看護界や看護学研究の未来について考えさせられました。リーダーとして期待の言葉をいただいたので,自分なりの看護観を構築し,看護学のイノベーションを起こせる異端児となるべく努力したいと思います。ありがとうございました。

MEMO 末梢静脈留置カテーテル刺入部位選択支援のための仮想超音波プローブシステムの開発

 輸液療法のための末梢静脈留置カテーテル留置のうち約3割が中途抜去され,疼痛やQOL低下をもたらす。中途抜去予防には,留置に適した太い血管を複数発見することが重要である。近年では近赤外線を用いて血管を可視化するデバイスがあるが,血管の太さの表示が不正確,血管の深さが不明,といった欠点があった。

 超音波検査(エコー)は体内を非侵襲的に可視化することが可能であり,中心静脈カテーテル留置の際に広く用いられているが,末梢静脈カテーテル留置にはあまり用いられていない。また,カテーテル刺入時のエコーの使用法としてリアルタイム法(エコー画像内でカテーテルを観察しながら刺入)とプレロケーション法(事前に血管位置をマーキングして刺入)があるが,前者は「プローブとカテーテルを同時に操作するため手技が不安定になる」,後者は「血管径や深さといった3次元情報を記憶する必要がある」という欠点がある。

 プレロケーション法における画像事前取得の利点を保ちつつ,3次元情報を記憶する必要のない方法として「仮想超音波プローブ」のコンセプトが考案された。システムの使用フローは図1のとおり。事前にプローブで前腕前面をスキャンし,超音波画像を取得(画像データから3次元のモデルをコンピュータ上で作成)。血管選択の際にヘッドマウントディスプレイ(図2)を装着し,位置マーカーを貼付した患者の前腕上に指をかざすだけで,3次元モデルから再構成された位置での超音波画像が血管の情報と共に表示される。

図1 仮想超音波プローブシステムの使用フロー(クリックで拡大)

図2 ヘッドマウントディスプレイ

 看護師による通常のアセスメントを支援するために,①視診を妨げない(視野内への画像提示),②触診を妨げない(プローブを使用せず指で操作),③誰でもわかる(超音波画像上に血管・血管径・深さを数値で提示)をコンセプトに開発された。

 看護師を対象とした評価実験では,血管発見支援における有用性が示唆されている。一連の研究は卒業論文「Virtual ultrasonic probe system to support peripheral IV catheter site selection」として英語で執筆された。

(了)

◆「看護研究」誌49巻7号(2016年12月)で野寄氏と指導教員・真田氏ら執筆の特別記事が掲載されます。


いしだ・まさひろ氏
1990年東大医学部保健学科卒。当時珍しかった男性看護師として,聖路加国際病院内科,東京武蔵野病院精神科に勤務。その後,日看協政策企画室長として看護関連政策の立案・調整に従事。日本看護連盟幹事長を経て,2013年比例区(全国)にて参議院議員初当選。現在は参議院議院運営委員会理事のほか,自民党看護問題小委員会副委員長・事務局長,看護問題対策議員連盟幹事などの要職を担う。

のより・しゅうへい氏
2016年3月東大医学部健康総合科学科卒。学業成績優秀および医療超音波画像提示の新手法提案による卒業論文研究奨励賞受賞により,2015年度東大総長賞を受賞。本年4月より修士課程にて,看護理工学の研究手法を学んでいる。修士・博士課程を通じて「不快の可視化」技術の開発に取り組み,「我慢させない療養生活の実現」をめざす。

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