医学界新聞

連載

2016.11.21



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第6回]好中球減少と感染症③ 高リスク群:細菌感染症について

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医幹)


前回からつづく

 前回(第5回,第3195号)は,「好中球減少と感染症」の低リスク群について解説しました。

 さて,今回は世界がガラッと変わります。そう,いよいよ高リスク群がテーマになるからです。抗緑膿菌活性を有する広域抗菌薬を直ちに投与することは皆さんご存じでしょう。ただ,どのようなときに抗グラム陽性球菌活性を持つバンコマイシンを投与するのか,あるいは真菌感染症を疑い抗真菌薬を投与するのかなど,学ぶべきポイントは豊富にあります。

 今回から2回にわたり,高リスク群について取り上げます。まずは細菌感染症から,具体的症例を交えて解説していきましょう。

高リスク群の分類
本稿ではNCCNに則ったリスク分類を適用する。
好中球減少(100/μL未満)が7日以上
・全身状態不良もしくはバイタル不安定
・入院加療中の発熱
・肝機能障害(肝逸脱酵素が正常上限値の5倍以上)もしくは腎機能障害(クレアチニンクリアランス<30 mL/分)
・原疾患がコントロール不良
・肺炎あり
・アレムツズマブ(抗CD52モノクローナル抗体)使用
・MASCCスコアが21点未満
・重症粘膜障害

 疾患のイメージとしては急性骨髄性白血病(AML)の寛解導入療法あるいは地固め療法,同種造血幹細胞移植などがまさにこの高リスク群に当てはまります。同種造血幹細胞移植では好中球減少以外にも液性免疫低下,細胞性免疫低下など複雑な要因が絡み合うため,詳細は次回以降に譲るとして,ここでは純然たる好中球減少(+バリアの破綻)をAMLの症例に絞って話を進めます。

症例1
 65歳男性。新規に診断されたAMLに対してシタラビンとイダルビシンによる寛解導入療法施行中。レボフロキサシン,フルコナゾール,アシクロビルの予防内服中。5日前から好中球は100/μL未満となっているが比較的全身状態は良く発熱もなかった。本日悪寒戦慄を伴う39℃の発熱あり。全身倦怠感,口腔内の痛みあり。ややぐったりしている。嘔気と水様性下痢あり。頭痛,鼻汁・鼻閉,咳嗽,呼吸困難,腹痛,尿路症状,肛門痛,関節痛・筋肉痛なし。意識清明,血圧 124/74 mmHg,脈拍数 124/分,呼吸数 20/分,SpO2 99%。口腔内に軽度の粘膜障害あり。腹部はやや膨隆しているが明らかな圧痛なし。その他,頭頸部,胸部聴診,背部,腹部,四肢,皮膚に明らかな異常なし。好中球100/μL未満。肝機能障害,腎機能障害は見られない。C. difficile腸炎は陰性。

 症例1はAMLに対する寛解導入療法中で高度の好中球減少(100/μL未満)があり,7日以上持続しそうな症例です。典型的な高リスク群のFNですね。また口腔粘膜障害,下痢などの消化管症状があり,同時にバリアの破綻も来していることがわかります。

 さて,FNの場合,詳細なreview of systemおよび身体所見が重要ですが,それでも感染のフォーカスが判明することは25%程度,起因菌が明らかとなることも25%程度しかなく,45~50%の症例で原因不明とされています1)。感染源として多い部位,頻度の多い起因菌については表1,2の通りとなります。

表1 感染源として多い部位1)

表2 頻度の多い起因菌1)

 いずれにせよ高リスク群のFNは内科的緊急疾患であり,診断から60分以内に抗緑膿菌活性を有する広域抗菌薬(セフェピム,タゾバクタム・ピペラシリン,メロペネムなど)投与が求められます。本症例では口腔内粘膜障害や下痢以外の症状に乏しく,明らかなフォーカスもわかりませんでしたが,セフェピム投与にて速やかな解熱が得られました。

バンコマイシン投与のタイミングは?

症例2
 53歳女性。難治性AMLに対してシタラビン大量療法による再寛解導入療法施行中。レボフロキサシン,フルコナゾール,アシクロビルの予防内服中。4週間前にFNに対してセフェム系抗菌薬での治療歴あり。今回も高度の好中球減少(100/μL未満)が7日以上持続している。比較的全身状態は良く発熱もなかったが,3日前から口腔内の粘膜障害がひどくほとんど飲食ができていない。本日より38.5℃の発熱あり。全身状態はやや不良。意識清明,血圧 142/81 mmHg,脈拍数 116/分,呼吸数 20/分,SpO2 99%。重症粘膜障害あり。その他,頭頸部,胸部聴診,背部,腹部,四肢,皮膚に明らかな異常なし。PICC挿入部の発赤,圧痛なし。好中球100/μL未満。肝機能障害,腎機能障害なし。

 症例2も高リスク群のFNですね。重症粘膜障害があってつらそうです。まずは抗緑膿菌活性を有する広域抗菌薬を投与し,バンコマイシンの投与をどうするか考えていきましょう。

 グラム陽性球菌をカバーするバンコマイシンなどの抗菌薬を初めからルーチンに投与しても予後は改善しないというメタ解析2)があります。IDSAのガイドラインでも,抗緑膿菌活性を有する広域抗菌薬を投与しても反応に乏しい場合に限り,バンコマイシンなどの追加が推奨されています3)。一方,以下の場合には初めからバンコマイシンを投与して良いとされています。

・全身状態不良,バイタル不安定
・肺炎がある場合
・皮膚軟部組織感染症がある場合
・カテーテル関連血流感染症を強く疑う場合
・すでに血液培養でグラム陽性菌が判明している場合
・MRSAの保菌が知られている場合
・重症粘膜障害がある場合(特にフルオロキノロン系抗菌薬の予防投与中)
・30日以内にβラクタム系抗菌薬の使用歴がある場合4)

「ムシバイキン」に注意を!

 ここでは,重症粘膜障害や最近のβラクタム系抗菌薬使用に注目して説明します。症例1,2ではどのような起因菌を想定しているかわかりますか? MRSAだけではありません。口腔内の連鎖球菌,つまり緑色連鎖球菌(Viridans group streptococci:VGS)なのです。虫歯の「ムシバイキン」は基本的には弱毒菌ですが,FNにおいてはしばしば血流感染症から重症敗血症や急性呼吸促迫症候群(ARDS)を引き起こし,予後不良になることがあります。ペニシリン系などのβラクタム系抗菌薬が有効ですので,FNで第一に使用するセフェピムやタゾバクタム・ピペラシリンを投与していれば基本的には大丈夫なはずです。ただし,近年,βラクタム系抗菌薬やフルオロキノロン系抗菌薬使用者において,ペニシリン低感受性(耐性)のVGS菌血症が問題となっています。そこで,これらの症例にはバンコマイシンの投与が望ましいとなるわけです。もちろん,施設によって感受性にはばらつきがあるため,施設の状況を鑑みることは重要です。実際,「ほとんど耐性はなかった」という国内の報告5)もあります。

 症例2では30日以内のβラクタム系抗菌薬使用歴およびレボフロキサシン投与中の重症粘膜障害を伴うFNのため,セフェピムに加え当初からバンコマイシンが投与されました。血液培養からVGSが検出されましたが,感受性良好でしたので,速やかにバンコマイシンは中止となっています。バンコマイシンを経験的に開始しても,菌名や感受性が同定されればダラダラと継続するのではなく,状況に応じて中止する判断が大切です。

 今回は高リスク群の「好中球減少時の感染症」の細菌感染症に対するマネジメントについて解説しました。バンコマイシンはルーチンに投与するべきではありませんが,限られた状況では初めから投与することも推奨されています。「ムシバイキン」に注意が必要であることも強調しました。次回は高リスク群の真菌感染症について説明します。ここからが「がんと感染症」の醍醐味です!

つづく

[参考文献]
1)Infection. 2014[PMID:23975584]
2)Cochrane Database Syst Rev. 2014[PMID:24425445]
3)Clin Infect Dis. 2011[PMID:21258094]
4)Clin Infect Dis. 2014[PMID:24755857]
5)BMC Infect Dis. 2016[PMID:27495798]

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