日本の医者の“無敵感”その2 ――M&Mのすすめ(岩田健太郎)
連載
2016.11.07
The Genecialist Manifesto
ジェネシャリスト宣言
「ジェネラリストか,スペシャリストか」。二元論を乗り越え,“ジェネシャリスト”という新概念を提唱する。
【第41回】
日本の医者の“無敵感” その2 ――M&Mのすすめ
岩田 健太郎(神戸大学大学院教授・感染症治療学/神戸大学医学部附属病院感染症内科)
(前回からつづく)
ぼくは2004年に中国から帰国した。アメリカと合わせて6年間日本を離れていたわけだが,帰国して驚いたことの一つにM&Mの欠如がある。「岩田先生,M&Mは日本の文化に合わないんですよ。行うのは無理です」と言われて二度驚いた。
M&M(Morbidity and Mortality)conferenceは病棟で患者が急変して亡くなったり,ICUに運ばれたりしたケースを分析し,検証するカンファレンスだ。アメリカでは普通に行われていたし,沖縄県立中部病院(OCH)でもやっていた。
今でも忘れられないが,OCHの伝説的存在で誰もが知っている外科医がオペ適応を間違えたことがある。カンファレンスでは血気盛んな若手外科医が「あれは開けるべきじゃなかった」とレジェンドを一刀両断していた。レジェンドも「オレが悪かった」と頭を下げていた。これは本土ではまず見ない光景だ。アメリカでは「no blame, no shame」という建前を取るので,OCHの当時の外科のように面と向かって相手を非難,または下克上ということはしない。
*
スタイルに違いはあるものの,OCHとアメリカに共通するのは「失敗から学ぶ」「失敗を直視する」という姿勢である。失敗を直視するから改善策は見つけられる。失敗はあり得ないと決めつけてしまえば成長も改善もあり得ない。
M&Mは日本の文化に合わないのではない。日本の「医者文化」に合わないだけだ。その証拠にトヨタはちゃんとM&Mに当たるものをやっている。「カイゼン」という名前で。カイゼンは現状の問題を把握して初めてできる。失敗の原因を探求し分析せずして,失敗を回避し克服することは絶対に不可能だからだ。聞くところによると,トヨタは問題が生じたときになぜその問題が起きたのかを5回は繰り返して検討するという1)。
*
失敗を直視せず,改善をしない。これは「医者文化」である。繰り返すが,「医者」文化だ。「医療文化」ですらない。その証拠にインシデントが起きればナースはちゃんと報告している。しないのは医者だけだ。インシデント・レポートは始末書ではないから,反省しようがしまいが起きたことは報告すべきなのだが,日本の医療現場ではインシデント・レポートは始末書と解釈されている。反省や謝罪を医者は嫌うから,そういうものは提出しない。
というわけで,失敗を認め,反省し改善するという文化は日本にもある。医療現場にもある。ただし,医者にはない。
ディオバン事件で臨床試験データの捏造が行われたが,研究者の一人は日本循環器学会の代表理事になっている2)。こんな馬鹿げた無責任体質もないだろう。日本化学療法学会など8学会がまとめた抗微生物薬適正使用推進委員会の委員長に任命されたのは,ぼくが出している出版物の販売を学会大会長の権限で停止させた人物だ3)。このような不祥事を起こしてもすぐに要職につけてしまうところが業界の内向き,無反省,無敵体質を象徴している。
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医者の無敵体質は別に学会のような高いレベルのところにあるとは限らない。ソーシャルメディアでは自分の科がいかに素晴らしいか,という自画自賛のアピールが多い。これはどちらかというとスペシャリストに比べてジェネラリストに多い傾向だ。「家庭医には○○医にできない△△ができる」みたいな言い方だ。
なぜジェネラリストにこういうコメントが多いかというと,スペシャリストはもともとスタンドアローンで縦割りの存在だから「他者との比較」そのものに意味を感じていないからだ。比べるとすればせいぜい年収やライフスタイルといったささいなことだろう。形成外科と眼科の比較は,ピアノの演奏とゴルフプレーの比較みたいなもので,成立し難いのだ。だからスペシャリスト集団もまた,言明しないだけで無敵体質には染まっているのだろう。
日本のジェネラリストの多くは,自分たちが不遇をかこっており,他科の医者よりも不当に評価されていると思っている(その見解は多くのセッティングにおいては正しい。ジェネラリストに「ついでに」なれると信じこんでいる病院幹部は多い)。だから他者との比較を苛烈に行い,他科をこき下ろし,そのついでに自科の優位性をアピールしないではいられないのだ。これも一種の無敵体質である。「家庭医ってここが弱いよね」という内省的なコメントは稀有である。そういうコメントを残すと,「弱みを見せた」と思われるのだろうか。
*
ぼくは本連載でずっと二元論の克服をめざしているので,「家庭医には○○医にはできない△△ができる」みたいな二元論丸出しのステートメントはよくないと思っている。それにこのような無敵体質がとても危険な体質であることはすでに述べたとおりである。
感染対策が「できている」という病院は,100%できていない病院だ。「できる」の基準が低いからだ。無敵体質は実は弱さの表明だ。「できていない」とカミングアウトする病院のほうが,感染対策はわりとよくできている。
他者との比較や無敵感と無縁でいるために,やはり便利なのが“ジェネシャリ”である。一元論になれば比較優劣の問題は消失する。「△△ができる・できない」問題の克服にも,縦にも横にも相対的に自己評価できるジェネシャリのほうが便利だ。ジェネシャリには一本の突き抜けた得意分野があり,それに比べれば他は全て「できていない」からだ。さらに,ジェネシャリなら前回(3195号)で言及した震災時の抗菌薬適正使用問題も解消できるだろう(みんな学ぶから)。結構な話ではないか。
(つづく)
◆参考文献・URL
1)伊藤精一.『五なぜの法則』.2011.
2)m3.com.循環器領域の未来,楽観視できず.2016.
3)日本化学療法学会.抗菌薬の適正使用に向けた8学会提言.2016.
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