医学界新聞

対談・座談会

2016.10.10



【対談】

卒前の地域医療教育に
パラダイムシフトを
松本 正俊氏(広島大学医学部 地域医療システム学講座准教授)
高村 昭輝氏(金沢医科大学医学教育学講座・地域医療学講座講師)


 医学生が地域医療の現場を理解するために,卒前教育では地域医療実習が必修化されている。その意義は多くの関係者に理解され,各大学でオリジナリティある取り組みが進められている。一方で,その教育方針は大学や地域の受け入れ施設によって濃淡もあるのが実情ではないだろうか。

 世界に目を向けると,北米や豪州の医学教育では,地域基盤型医学教育(Community-based Medical Education;CBME)の潮流に乗って長期臨床実習(Longitudinal Integrated Clerkship;LIC,MEMO)が行われており,日本も参考になる点がありそうだ。そこで本紙では,LICを国内に紹介し,日本でもパイロット的に実践してきた高村氏と,地域医療教育のエビデンスを研究してきた松本氏による対談を企画。これからの日本の地域医療教育の在り方について,国際的な動向とエビデンスを踏まえ提言いただいた。


高村 近年,国内の大学では寄附講座や地域医療学講座を中心に,泊まりがけで地域医療実習を行うなど,大学の外に出て学ぶ取り組みが増えてきています。

松本 そうですね。2007年の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」改訂で,卒前の医学教育に地域医療実習が必修化されたことが,大きなターニングポイントとなりました。医学生を泊まりで実習に行かせる発想なんてまだなかったころでしたから。卒後教育についても2004年の臨床研修必修化に伴い,2年目に1か月以上の地域医療研修の実施が義務付けられました。

医師不足解消・偏在是正に地域医療教育は効果があるのか

松本 地域医療教育が重視されるようになった背景には,長年にわたる地域の医師不足や,都市部とへき地における医師偏在の問題があります。そもそも,地域医療実習を行うことでこれらの課題は改善できるのか。実はここ10年ほどで,卒前のへき地医療実習や卒後早期のへき地医療経験が将来の就業地選択にポジティブに働く可能性を示すエビデンスが国際的に出ていて2,3),地域医療教育を推し進める上で注目されています。また,WHOによるへき地への医師供給政策ガイドラインでも,学生を早期から地域に出してプライマリ・ケアを経験させることが明確に打ち出されており4),北米や豪州を中心に,地域の予防やケアを重視したCBMEが行われています。

高村 かつてエビデンスがなかったころの日本の医学教育は,地域医療教育の効果が判然としない中で実施していた時期もありましたね。特に注目するエビデンスは何ですか。

松本 地域への医師就労を促す因子として,二点あります。一つはへき地出身の医師を増やすこと5~7,もう一つは,プライマリ・ケアに関連する総合性の高い医師を養成することです5,8)。特に総合医の養成については,米国の家庭医は非家庭医に比べてへき地勤務率が50%以上高く9),日本でも内科や小児科といった総合性の高い科の医師はへき地勤務率が高いことが知られています10)。総合医を増やすことはエビデンスレベルが高いと言えるのです。

高村 米国では,医療財政がひっ迫するとの危機感や過疎地域での労働力不足から家庭医を養成し,豪州では国の輸出を支える資源がへき地で産出されることから,そこで働く人々を診られる医師としてRural GPを養成しました。こうしたポリティカルな経緯から地域医療教育が始まった面があります。一方で,医学・医療の高度化により,大学病院をはじめとする3次医療機関中心に学ぶ医療環境と,地域住民から広く求められる医療内容とのギャップが医学教育に生じていたことも各国共通の要因と言えます。その解決策としてCBMEが進められ,エビデンスも蓄積されてきたのではないでしょうか。最近では,「学生は地域において,大学病院のローテーション研修とは違った“医師の本質”を学んでいる」という注目すべきエビデンス1,11)も出ています。

地域での長期臨床実習で多診療科を横断的に学ぶ

松本 広島大では,地域枠入試の開始に引き続き,2010年から地域医療実習を始め,現在は1学年120人全員が,1週間の実習に行っています。次のステップとしては,高村先生が紹介されているLICが望ましいと感じています。

 私は以前,地域医療教育で有名な豪州のフリンダース大を視察する機会があり,とても進んだ地域医療を実践していると感じました。同大に教員として在籍していた高村先生からご覧になって,どのような点が特徴的ですか。

高村 低学年から公衆衛生の視点を持ち,地域の課題に取り組むカリキュラムがあることです。地域のシステムを把握して医療ニーズを分析し,地域診断ができるところまでを学習目標に,学生は地域に出ています。日本もearly exposureとして,地域の医療機関や介護施設へ実習に行くことはありますが,地域に「出る」ところでとどまっているのが実情です。

松本 低学年から「プライマリ・ヘルスケア」に力点を置いた教育を受けることは,大切な経験だと思います。そして,フリンダース大の目玉は何と言っても,高学年次に1年間行うLICでしょうか。

高村 学生が地域に住み込み,現地の総合診療医と一緒にプライマリ・ケアの現場で学ぶという長期臨床実習で,フリンダース大では1997年から行われています。

松本 実際,長期臨床実習を経験した学生は,実習後のクリニカルパフォーマンスが高いという結果1,12)も得られているそうですね。どのようなカリキュラムで行われているのでしょう。

高村 豪州の卒前教育は,2つの課程が並行してあります。一つはGraduate Entry Courseと言われる4年課程のメディカルスクール。そしてもう一つは高校から直接入学する6年課程です。両方のコースを持つフリンダース大では,最後の2学年が臨床実習の期間に該当し,この間に,大学病院で診療科をローテーションするか,1年間へき地の総合診療医のもとで学ぶかを選択できるようになっています。

松本 1年もの長期にわたり,地域のプライマリ・ケアの現場で過ごすメリットは何ですか。

高村 多診療科の疾患をランダムに診療することで,問題を統合して理解する能力が身につくことです。例えば大学病院のローテーションで,最初の科が循環器,1年後に回った科が外科だった場合,その学生が循環器の知識を維持しているかは不透明です。一方で,へき地の総合診療科であれば,1人目が心不全患者,2人目が糖尿病患者,3人目が妊婦さんで4人目が子ども……と,患者さんがランダム化されてやって来る()。

 地域医療教育は多診療科同時並行に

松本 すると,さまざまな疾患をその地域ならではの頻度で診られる。大学病院で診る疾患と地域で起きている疾患の頻度分布は大きく違うはずですね。

高村 ええ。いわゆる事前確率を正しく認識できるようになります。それには,commonな疾患がcommonな頻度でやってくる環境で経験を積むしかありません。もちろん,地域では診られないまれな疾患を経験できるという大学病院で学ぶ意義は否定しません。すみ分けを示した上で,学生に両方経験させることは,医療の全体像を把握することにつながります。

 長期間にわたり継続的(Longitudinal)に,そして診療科を横断する包括的(Integrated)な診療で患者を診るLICは,日本の卒前教育においても大いに参考になるはずです。

実習を支えるリソースの充実は不可欠

松本 日本にLICを導入するとなると,心配されるのが臨床実習の質の担保です。1施設の中で診療科を回る大学病院では,ある程度均等化されます。しかし,地域の病院1か所に数か月行くとなると,施設によって差が出てしまうのではないでしょうか。まして,長期になればなるほどその差は大きく開いてしまう懸念がある。豪州では,受け入れ側はどのような態勢で長期の実習を可能にしているのですか。

高村 豪州はへき地の医療人材不足を大きな課題ととらえ,国策として手厚い予算を与えてきました。へき地にミニキャンパスを作るなど,大型の設備投資に国も関与しています。

松本 フリンダース大もへき地にミニキャンパスを7~8か所持っており,大規模な地域医療教育を行っていますね。教員の処遇はどうなっているのでしょう。

高村 教員は正規に雇用されるため,教育に対する熱意やアカデミックな姿勢は担保できていると言えます。また,年に2~3回はFaculty Developmentとして指導者の講習会があり,知識・技能の向上を図っている。教えることに対するインセンティブもきちんと用意されています。

松本 どのような内容ですか。

高村 学生から評価され,それと照らし合わせて報酬がつきます。教員は予算を獲得するため,へき地にいながらも臨床研究を行い,論文を書いて発表するというアカデミックな活動を一生懸命頑張っている。彼らにとってそこが一番大変なところだという話も聞いたことがあります。

松本 重要なポイントですね。国や大学が,地域医療教育の重要性をよく認識しているからこそできる取り組みだと思います。

■国際認証受審に向けた,「臨床実習72週以上」を追い風に

松本 日本の現状に目を向けると,おそらく多くの大学は,実習の受け入れを関連病院に依頼し,学生を地域に出しているのではないでしょうか。

高村 ええ。期間としては,長いところでは8週行う大学もありますが,短いところは1日。多くは1週間程度だと思います。

松本 豪州のような6か月から1年にわたる長期の実習を日本で行うには,教育インフラの整備が追い付かず,すぐには難しいというのが実感です。

 ただ,過渡期の日本も,臨床実習を大きく変える動きがあります。それは,医学部国際認証の受審に向け,2023年度までに臨床実習の期間を,従来の50週程度から72週以上と大幅に増やさなければならないことです。長期化により,大学病院がこれまで受け入れていたキャパシティを越えてしまう可能性が高いため,地域に学生を出すきっかけになると思います。

高村 そうですね。国際認証という“黒船”によって臨床実習を「増やせ,増やせ」となっている今はまさにチャンス。地域医療教育の推進への追い風になるでしょう。

松本 いざ地域の先生方に長期の実習をお願いするとなると,受け入れ側の負担が大きくなるのではないかと心配しています。この点についてはいかがですか。

高村 そこで私は,国際認証でも推奨されている診療参加型の臨床実習を積極的に促すべきだと考えています。

 参加型の形で長期間学生を受け入れれば,地域の医療機関にとってはかえってプラスの効果が期待できる。プライマリ・ケアの現場に学生が長く在籍することで,いずれ医療スタッフとして戦力になるというエビデンスも出ているからです13)

 実際に私は三重大在籍時に,1人の学生を4か月間実習に行かせた経験があります。学生には“ほぼ主治医”として参加型で診療に当たってもらいました。長期間受け入れてもらったその施設の方は「学生が毎週入れ替わりで来るより,3~4か月と長くいたほうが助かる」と言うのです14)

松本 確かに,1週間のような短期では,オリエンテーションを毎週のようにしなければなりませんね。

高村 あちこち現場を見せたい施設側は,調整に苦労するそうです。他のスタッフも,顔を覚えないうちに学生が代わるため,交流も深まらない。

松本 前職の三重大では4か月実施したということですが,長期臨床実習の期間については具体的にどれくらいが適切だと考えますか。

高村 実はそれを示すエビデンスはあまり多くありません。それでも,1か月では効果は不十分15)だが,3~6か月いると広く症例が学べ,診療所の経営面としても戦力になる13,16,17)といった論文が出ています。

松本 それは興味深いですね。

高村 ええ。これは,短期間に高頻度で学生を受け入れている施設は今後,長期受け入れに転換することで負担が減る可能性があることを示しています。学生も長く滞在したほうが経験を積め,後半には戦力として活躍できる場面が出てくる。今の日本の教育環境を踏まえると,実現可能で,なおかつ教育効果も期待できるのは3か月前後と仮定してもいいかもしれません。

松本 長期の臨床実習にいきなり1学年全員を行かせるのは難しいため,まずは地域枠で入学した学生や希望者を優先するのが現実的だと思っています。仮に広島大の1学年の学生120人全員が3か月間の長期実習に行くとなると,年間4ターム×30人。1つの病院に2~3人行くとして,県内に10か所ほど受け入れ先を確保しないといけない。これはかなり大変ですが不可能なレベルではありません。ただ医学部が複数あるような都市部だと極めて困難でしょうね。いずれにしても「3か月」は多くの大学が参考にできそうな期間です。

高村 今後日本の卒前教育において地域医療教育の意義と効果を高めるには,第一段階として学生に地域のプライマリ・ケアの現場を経験させ,第二段階では実習期間の長期化を図る。そして第三段階として,実習を診療参加型にして3か月程度行うことが,各種エビデンスに基づいた一つの目安になるのではないでしょうか。

住民・行政が主体となって医師を育てる教育の実現に期待

高村 日本の地域医療教育は今後,学生が地域に出向くだけで終わるのではなく,地域住民を巻き込むような取り組みに発展していく必要があると思っています。

松本 そうですね。フリンダース大の取り組みを見て感心したのは,ミニキャンパスの置かれた町の町長や地元の有力者が,学生の地域医療教育にいかにコミットするかを熱心に考えていたことです。地方にキャンパスをつくることは雇用を生むため,企業誘致と同じ効果があります。住民や行政の協力を得ることは,大学にとっても教育の質の担保につながる。大学と地域のwin/winの関係から双方が活性化してきたのは,20年にわたり地道にLICを行ってきたことの結果です。

高村 自分たちの地域に必要な医師は,自分たちで育てなければならない。そのような動機付けを住民や行政に与えることは,これからの日本にも必要な観点ですね。地域住民は「患者」としてだけでなく,自分たちの地域の実情を教える「教育者」として積極的に医学教育にかかわっていく。そんな教育のパラダイムシフトが,近い将来日本に起こることを期待しています。

MEMO 長期臨床実習(Longitudinal Integrated Clerkship;LIC)

 地域のプライマリ・ケアの現場で行われるCBMEが世界的に重視される流れの中,1970年代に米ミネソタ大で始まった実習方法。「継続性」と「包括性」をキーワードに,医学生が①患者さんの全ての治療経過を通して包括的な医療に参加すること,②患者さんにかかわる全ての医療者との関係を継続的に学んでいくこと,③さまざまな専門分野を同時に経験することを通して,基本的診療能力を身につけていくことが臨床教育の核と位置付けられている。LICの実習を経験した学生は,commonな愁訴・疾患の経験数増,基本的な臨床能力の向上の他,患者とのコミュニケーションスキルの向上,ケアへの熱意の高まりといった傾向が見られ,学業成績自体も向上するという研究結果がある1)。北米と豪州を中心に,現在,世界の50以上の医学部がLICを採用している。

(了)

参考文献
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17)Hudson JN, et al. Rural Remote Health. 2012;12(2):1951. [PMID:22519409]


まつもと・まさとし氏
1996年広島大医学部卒後,天理よろづ相談所病院にて初期研修。98年より自治医大(地域医療学)にて後期研修。99年岐阜県揖斐郡藤橋村(現・揖斐川町)の藤橋村国民健康保険直営診療所所長。2005年英オックスフォード大人類学大学院修了。自治医大地域医療学センター助手,講師を経て,10年より現職。地域医療教育のエビデンスを研究し,発信している。「大都市もへき地もある広島県で,科学的根拠に基づく地域医療教育を実践したいです」。

たかむら・あきてる氏
1998年富山医薬大医学部卒後,同年石川勤労者医療協会城北病院総合内科。2000年より同院小児科。08年豪フリンダース大教育学修士(臨床医学教育)修了。09年より同大のRural Clinical Schoolに教員として勤務後,12年三重大医学部伊賀地域医療学講座講師。三重では「地域基盤型教育」の実現に携わる。14年より現職。「石川県内の医師不足の地域を学生が支えられるような,長期臨床実習の形成をめざします」。

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