医学界新聞

インタビュー

2016.09.26



【interview】

「快」をささえる難病ケア

中山 優季氏(東京都医学総合研究所 運動・感覚システム研究分野難病ケア看護プロジェクト副参事研究員)に聞く


 「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法),「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が2015,16年に相次いで施行された。難病を取り巻く社会環境が大きく変化する中,看護師はどのようにケアに取り組むべきか。『快をささえる 難病ケア スターティングガイド』(医学書院)の編者の一人である中山優季氏に話を聞いた。


――最初に「快」をささえるケアとはどのようなものか教えてください。

中山 快食,快便,快眠,快学,快遊,快服,快住,快働,快性といった,「快」を保障するケアのことです。人が生きるための根幹をささえるケアとも言い換えられるかもしれません。言葉で言うのは簡単ですが,難病においてそうしたごく当たり前のことを当たり前にするのは非常に難しいことなのです。

――「快」をささえるにはどのような看護をすれば良いのでしょうか。

中山 「これをやれば良い」とは明示できないのも難しいところですね。何が「快」かはケアを受ける患者さんが決めることですので,自分の看護がどう受け止められているのかを患者さんから引き出す必要があります。良かれと思って行ったケアを実際にどう感じているかを聞くのは怖くもありますが,フィードバックを受けていると,患者さんと協働してケアを行っているという充実感も生まれます。

難病ケアは全ての看護の原点

――中山さんは学生時代に行った看護助手のアルバイトがきっかけで難病看護に興味を持ったそうですね。

中山 初めて出会ったのは人工呼吸器を付けたALS患者さんでした。一方的に話し掛けていただけなのに,時折ニコッと微笑んでくださったことを覚えています。その患者さんの退院をきっかけに,有償ボランティアとして在宅療養もお手伝いすることになりました。今振り返ると当時は,1986年に東京都重度脳性麻痺者介護人派遣事業が始まり,1990年に在宅人工呼吸療法が診療報酬化されるなど,障害者施策や在宅医療制度が生まれ,難病ケアが大きく広がり始めた時期でした。

――卒後は脳外科と神経内科の混合病棟を経験したと聞いています。

中山 提供するケアのスパンが各科で大きく異なる点が興味深かったです。脳外科は展開が速く判断の遅れが命取りになりますが,治療さえうまくいけば病気は治ります。神経内科では治らない病と今後どのように付き合っていくか,先々を考えたケアを行いました。

――現在は研究所でさまざまな研究活動をなさっていますね。

中山 難病の特徴に,看護の研究成果が社会の仕組みや政策によく反映されていることがあります。近年では,訪問看護の「難病等複数回訪問加算」や「長時間訪問看護加算」などが実態調査の結果を反映してできました。難病法施行による難病患者の生活実態の変化も今後調査し,移行期間終了後に向けた政策提言をする予定です。

――研究の背景にはどのような思いがあるのでしょうか。

中山 何人ものALS患者さんと診断時から最期までお付き合いしてきた経験から,難病のやるせなさを何とかしたいという思いが核にあります。眼を動かせなくなっても意思を伝え続けることをめざした研究では,脳波や脳血流,括約筋などの目に見えない微細な生体信号を用いた方法の実用化を病理医や神経内科医と協働して進めています。神経難病は進行性で不可逆的だと言われていますが,括約筋の測定では2回目以降に筋力上昇が認められることがあります。病気自体の進行は止められなくても,廃用性の症状は克服できる可能性があるのです。

――患者の希望につながる研究ですね。

中山 とはいえ,「何かをできるようになること」を目標にするとつらさが増す側面も否定できません。手段の確立は大事ですが,難病ケアにおいてはそれ以外にも大切なことがたくさんあります。意思表示が全くできなくてもその人らしい生活をしていたり,春はお花見,夏はコンサート,秋は温泉など,季節の行事を一緒に楽しもうと周囲の人たちが集う豊かな生活が成り立っていたりする患者さんもいます。意思表示ができるうちから信頼関係を構築し,言葉以外の意思表示を全身での表現や醸し出す雰囲気などからも読み取り,「こうしたらうれしい」「この時期はこうしたい」といった人となりを含めて推し量れる関係を築くことが難病ケアの醍醐味なのだと思います。

 難病には急性期のようにダイナミックな変化をする時期もあれば,手足が動かなくなった後の生活をささえる長い慢性期もあります。そうした意味でも,難病ケアは全ての看護の原点とも言えるのではないかと感じています。

自分らしさを取り戻す在宅ケア

――難病においても在宅移行の必要性が指摘されています。病棟看護師が支援すべきことを教えてください。

中山 病院が一方的に退院支援するだけでは,患者さんの意識が「お客さん」のままで自立できません。患者さん自身が在宅療養への意欲を持てるよう,似た境遇・環境の方と知り合える場を作ると良いと思います。また,医師が病状の進行や将来の生活のことを十分に伝えていても,重大な意思決定の局面になってから「そんなことは聞いていない」と言われることはよくあります。現在,ALS外来における看護機能に関する研究も行っています。その中では,看護師が医師の説明と患者さん・ご家族の理解の齟齬を補う役割を果たすことで,その後の意思決定が大きく変わる経験をしています。

 もちろん,病院の環境が患者さんにとって「快」なのであれば無理に退院させる必要はないと思います。しかし実際に退院後の生活を見ると,自分らしさを取り戻す在宅の環境に魅力を感じます。在宅のことは病棟看護師には関係ないと思われがちですが,患者さんの持つ可能性を知ることで病棟でのケアも変わるのではないでしょうか。

「何でもできる」からチームをコーディネートできる

中山 在宅では,看護ケアの実施に加え,多職種チームをコーディネートする役が看護師には求められます。ケアにかかわる職種が多岐にわたりますし,職種によって受けている教育も異なります。能力には個人差があるので,一緒にケアを行いながら協働の仕方を模索していくことになります。

――どういった点を意識すると,うまくチームをまとめられるでしょうか。

中山 チーム全員が集まるカンファレンスなどを設定し,定期的に現状の共有と今後の方向性を確認することが重要だと思います。どんなに熱心にケアしても難病の進行は止められないため,カンファレンスなんて無駄だと言われることもありますが,より良いケアや進行後のケアを考えるきっかけは必要です。そうした機会を通して,共通の目的意識を持っていくことが重要なのではないでしょうか。

――ケア者と,患者さん・ご家族の役割分担はどのように考えるべきですか。

中山 患者さんと良い関係を築いているケア者は,「してあげる」ではなく「患者さんがしたいことを支援する」ケアをしています。患者さんの発信を聞いて,できることを判断していく。入院中などの早い段階からそうした関係を築けると良いと思います。

――近年のチーム医療で,看護師は他職種に役割を譲り渡してしまっていると指摘されることがあります。

中山 書籍の編集を共にした河原仁志先生(国立病院機構八戸病院小児科医長)は,難病ケアには看護学で育った看護師が絶対に必要だと述べています。看護の専門性は「何かができること」ではなく,「何でもできる」ことなのだと思います。例えば拘縮緩和のリハビリは,訪問PTが頻繁に来られる環境であればPTの役割ですが,そうでない場合は看護師の役割です。患者さん全体を見て何が必要かをアセスメントし,各職種に何を託すか,状況に合わせてすべきことを調節できるのが看護師なのです。在宅においては,患者さんやチームごとに求められることが大きく異なりますので,そうした役割が非常に重要だと思います。

――今後の課題を教えてください。

中山 家族介護に依存しないケアの実現に尽きます。現状では介護者がいない人は自宅に帰れません。各自治体が在宅難病患者の一時入院(レスパイト)事業を進めていますが,まだ数が少なく,かつ必要なときにすぐに入院できるわけではなかったり,在宅で使用している機器を全て持って行くくらいに大変だったりします。家族介護の負担減の観点からも,在宅・病院だけに限らない,「快」の住まいがあれば,その人らしい生活を送れる難病患者は増えるのではないでしょうか。

――最後に,書籍で特にここを読んでほしいという部分はありますか。

中山 全部と言うと欲張りですかね。川村佐和子先生による難病ケアのはじまりがこんなにわかりやすく書かれた文献は他にはないと思いますし,保健師の小川一枝さんは難病ケアの中での看護のアイデンティティを可視化してくれています。さらに,先駆的な実践の数々と和田美紀さんや山田隆司さんといった難病当事者の方々にもご執筆いただいています。

――指定難病が306疾患になり,神経難病以外の難病も増えましたね。

中山 新しい難病にはどのようなケアが必要なのか,看護師として考えていかねばなりません。難病看護はこれまで,患者数が少ないが故に携わる看護師数も少なく,外部の情報も限られた状況下で活動してきました。日本難病看護学会認定の難病看護師も今では201人にまで増えましたので,施設や地域の枠を超えて,事例や知識を共有することで困難解決のヒントを見いだしていければと思っています。

――ありがとうございました。

(了)


なかやま・ゆき氏
1993年東女医大看護短大入学,卒後東医歯大に編入学し,川村佐和子氏(現・聖隷クリストファー大大学院教授・看護学研究科長)の指導の下,難病看護を学ぶ。98年より東女医大病院脳神経センター勤務。2002年より都立保健科学大大学院。07年東京都医学総合研究所入職,15年より現職。編著に『快をささえる 難病ケア スターティングガイド』(医学書院)など。

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