医学界新聞

連載

2016.09.19



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第4回]好中球減少と感染症① リスク分類してますか?

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医幹)


前回からつづく

 前回は「バリアの破綻」における感染症のお話でした。今回から数回にわたり,「がんと感染症」の“主役”でもある「好中球減少時の感染症」について説明したいと思います。

 さて,「発熱性好中球減少症(Febrile Neutropenia;FN)」または「好中球減少時の発熱(Neutropenic Fever;NF)」と言えば,今やほとんどの医師,あるいは医学生にとってもなじみ深いフレーズではないでしょうか。確かにFNは内科的緊急疾患(medical emergency)ではありますが,一言でFNといっても,その病態や引き起こす微生物は,がん種や治療によって,またリスクによってかなり異なってきます。今回はFNを語る上で最も重要なリスク分類について詳しく述べていきましょう。

発熱性好中球減少症(FN)の定義1)
●末梢血好中球数
 500/μL未満,もしくは
 48時間以内に500/μL未満となることが予
 想される
●発熱
 口腔温が38.3℃以上,もしくは
 口腔温が38.0℃以上が1時間以上持続
 (日本では腋窩温が37.5℃以上,もしくは口腔温が38.0℃以上)

FNという言葉に踊らされるな!

 初学者の方は,FNの定義をしっかりと覚えておくに越したことはありません。ただし,これはあくまで「定義」であって,必ずしも実臨床に「そのまま」生かせるわけではありません。FNというものは「疾患群」ではなく,一つの「状況」を示しているにすぎないからです。つまり,「好中球数が減少していて」「発熱している」という状況をもっともらしく表現しているだけなのです。

 感染症を勉強している方は,「よし,FNだから抗緑膿菌活性を有する広域抗菌薬のセフェピムやタゾバクタム・ピペラシリン,またはメロペネムを速やかに投与しよう」となるでしょう。多くの場合,患者さんの状態は良くなるかもしれません。でも,そこでとどまってしまうと「がんの感染症」を本当に理解していることにはなりません。なぜなら,リスクに応じた起因菌の想定と治療アプローチが抜け落ちているからです。

好中球減少時の「発熱」ではなく好中球減少時の「感染症」

 1966年,MDアンダーソンがんセンター(MDACC)の初代感染症科チーフであったDr. Gerald P. Bodeyは,末梢血好中球数が減少すればそれに応じて感染症のリスクが増大することを報告しました2))。

 好中球減少と感染症の関係(文献2より)

 以降,FNの概念は急速に広まることになります。

 また好中球数のみならず,好中球減少の期間も感染症のリスクと密接に関連していることが知られてきました。

 ただし,大事なのは「好中球が減少」している状態です。「発熱」そのものはさほど重要ではありません。ステロイドなどを使用していれば発熱がなくても当然構いません。また敗血症の際に低体温が見られることもよく知られています。

 本稿を通じて皆さんには,好中球減少時の「発熱」ではなく好中球減少時の「感染症」という概念を持ってもらいたいと思います。「好中球減少時」には「発熱」という非特異的な現象に盲目的に振り回されるのではなく,病歴,Review of System(ROS),全身状態,身体所見,検査所見などを最大限に駆使して,感染部位や起因微生物を特定する努力をする。その上で,「好中球減少の程度(数)」と「好中球減少の期間」に注目するようにしましょう。そうすることで,たとえ感染部位や起因微生物がわからなくても,かなり絞り込むことができ得るのです。

3つのリスクに応じて考える

 FNのリスク分類といえば,真っ先にMASCC(Multinational Association for Supportive Care in Cancer)スコア3)が頭に思い浮かぶ人もいることでしょう。確かにMASCCスコアは高リスク群と低リスク群に分類するのに有用ですが,致命的な欠点があります。それは好中球減少の程度と期間を考慮していないことです。ですのでMASCCスコアのみを用いるのはあまり望ましくありません。やや客観性に欠けるという批判もあります。より客観性のあるものにCISNE(Clinical Index of Stable Febrile Neutropenia)スコア4)がありますが,あくまで固形腫瘍のみを対象としており,全体的なリスク分類には使用できません。

 臨床的に最もよく用いられるのは,米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America;IDSA)1)や米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology;ASCO)5),または全米総合がん情報ネットワーク(National Comprehensive Cancer Network;NCCN)6)が提案しているリスク分類です。いずれも好中球減少の程度と期間を考慮しているからです。IDSAとASCOは高リスク群と低リスク群の2群に分類しています。MDACCでは,高リスク群,低リスク群に加えて中間リスク群の3群に分類したNCCNのリスク分類(一部改変)が頻用されていました。より臨床に即していることがその理由です。以下にNCCNの各リスク分類を示します。

 このように,リスクによって「好中球の壁」の下がり具合が異なり,現れる微生物も違ってきます。細菌のみなのか,ウイルスや真菌も考慮すべきなのか。特に中間リスク群,高リスク群において真菌は非常に重要です。予後不良のため早期治療が必要である一方,カンジダ,アスペルギルス,ムコールの治療法はそれぞれ異なるからです。

 今回は「好中球減少と感染症」においてリスク分類の重要性をお話ししました。次回からはそれぞれのリスク群で具体的な症例を元に「好中球減少と感染症」に迫っていきましょう。

つづく

[参考文献]
1)Clin Infect Dis. 2011[PMID:21205990]
2)Ann Intern Med. 1966[PMID:5216294]
3)J Clin Oncol. 2000[PMID:10944139]
4)J Clin Oncol. 2015[PMID:25559804]
5)J Clin Oncol. 2013[PMID:23319691]
6)J Natl Compr Canc Netw. 2016[PMID:27407129]

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