医学界新聞

寄稿

2016.08.08



【視点】

世界をめざす君に,グローバル・ヘルスのすすめ

中谷 比呂樹(慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任教授/大阪大学大学院医学系研究科国際・未来医療学特任教授)


 日本と海外を行き来してキャリアを積んできた者として,国際社会における日本の存在の希薄化をさまざまなところで感じます。それは大学国際ランキングや経済指標に限った話ではなく,国際保健政策にかかわる人材も同様です。リーダーポストのうち日本人が占める割合はわずか2.2%です。もともと少ない上に,中国や韓国が保健関連の国連職員数を最近4年間で約1.5倍に増やしてきたことで,相対的に存在感が薄れています。

 保健問題は平和主義を貫いてきた戦後の日本が,世界に貢献できる有力な分野です。保健問題への取り組みは国際社会での日本のポジティブなイメージを作り,その実績は高い評価を得てきました。国際保健分野では「人材・資金・知恵(技術)」の3方面からの貢献が求められるのですが,資金面では日本はグローバル・ヘルスの政治的流れを作り,出資をしてきました。G7/G8サミットを日本が主宰するたびに,感染症対策(2000年),保健システム(2008年),そして健康危機管理とユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(2016年)といった提言を打ち出してきた実績があります。知恵の面でもさまざまな貢献をしてきました。例えば,抗寄生虫薬イベルメクチンによって,オンコセルカ症の失明から多くの人を救った大村智博士(北里大特別栄誉教授)がノーベル生理学・医学賞を受賞したのは記憶に新しいでしょう。

 残るは人材。「どうしたら日本の優れた人材を継続的に国内・外に送り出せるのか」が焦眉の課題となるのです。

 そのため,厚労省は国際保健に関与する人材の育成に正面から取り組み始めました。世界は少子高齢化が進みつつあり,課題先進国の日本にとっては,発達した保健医療技術を海外展開し,産業の新たな成長分野を作る機会でもあります。WHOなどの国連機関や,保健関係の国際機関の日本人職員数を今後5年で50%増やすことを目標に,5月に「国際保健に関する懇談会」報告書が取りまとめられました1)

 報告書によれば,国際機関に日本人職員が少ない原因の1つは,日本の雇用環境・人材養成システムによる制約があることです。現状では,海外経験を職歴・業績として評価し,帰国後に国内の主要ポストで活躍できる制度がありません。海外に送り出す側・送り出される側ともに派遣の負担に見合うメリットが少ないのです。そこで,日本と海外を往来するキャリアアップをサポートする「グローバル・ヘルス人材戦略センター」を設置する動きが進んでいます。これはオールジャパンで人材を輩出するための,「国際保健人材養成の司令塔」をめざす組織です。

 今や,国際保健に関与する人材は,“恵まれない途上国”を援助する“特殊な仕事”をする人ではありません。組織のエグゼクティブとして,グローバルな診断指針の策定者として,地球規模の健康課題に立ち向かう多国籍チームを率いるリーダーなのです。このような新しいパラダイムで国際保健を担う人材が必要です。

 8月には,東京と大阪で「Go UN/WHO」と称する国連選考プロセスを意識した実践的なワークショップ2)が行われ,新たな取り組みの第一歩が力強く踏み出されます。日本と世界の将来を担う,研修医・医学生の皆さん,ぜひ国際機関で活躍することを,キャリアアップの選択肢の一つにしてみませんか。

参考文献・URL
1)厚労省.国際保健政策人材養成ワーキンググループ報告書.2016.
 http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10501000-Daijinkanboukokusaika-Kokusaika/0000124995.pdf
2)国際医療協力局.Go UN/WHO.2016.
 http://kyokuhp.ncgm.go.jp/activity/internal/event/010/201607GoUNWHOFlyer.pdf


中谷 比呂樹
1977年慶大医学部卒。医師・医学博士。厚生省,WHO事務局長補を経て,2015年より現職。WHO健康危機管理事業外部独立評価委員,厚労省参与,国立国際医療研究センター理事。

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