医学界新聞

連載

2016.07.18



The Genecialist Manifesto
ジェネシャリスト宣言

「ジェネラリストか,スペシャリストか」。二元論を乗り越え,“ジェネシャリスト”という新概念を提唱する。

【第37回】
専門医教育と専門医の在り方――ついでにやらないために

岩田 健太郎(神戸大学大学院教授・感染症治療学/神戸大学医学部附属病院感染症内科)


前回からつづく

 専門医制度改革と言っても,各診療科によって事情は異なる。全科を網羅的に把握しているわけではないので,自分の周囲についてのみ言及しておきたい。「うちの科はそんなじゃないよ」というご指摘は歓迎します(教えてください)。

 内科系の専門医資格は比較的取りやすいと思う。だから,諸外国と異なり,日本ではたくさんの専門医資格を有している医師が多い。もちろん,中には超人的な頭脳と努力でそのようなマルチな資格の所有者になっている方もおいでだろう。しかし,資格取得のハードルが低すぎて容易に取得できるという側面も否めない。

 厳密には「専門医」ではないが,一番象徴的なのがInfection Control Doctor(ICD)である。3回講習会を聴けば(聴かなくても),あとは書類その他で取得の超お手軽な資格である。運転免許だってもっと取得は難しい。感染関連の医療者の資格,ナース(CNIC),検査技師(ICMT),薬剤師(PIC)に比べてもユルすぎる。「ICDはいるんだけど,うちの感染対策はイマイチで……」という不可思議なコメントが全然不可思議でないのが日本の現状だ。

 日本感染症学会感染症専門医資格も,ICDほどひどくはないが,相当ユルい。2007年までは研修でさえ必須ではなかった。研修義務化の後もその内容は担保されておらず,われわれがランダムにピックアップした施設で行った質的研究では,後期研修医がきちんと毎日指導されていない施設も多いことが推察された1)。「困ったら電話してね~」で研修医を放置している施設もあった。

 あとはお決まりの書類と学会費,簡単な試験である。感染症専門医は「ついでに取れる専門医資格」と思われている節がある。

 それより問題なのは,二階建制度の一階である。感染症のプロになるには,まず全身を診ることができねばならない。感染症に見えてそうではない「感染症ミミック」も峻別できねばならない。ベッドサイドで診察ができない医師は論外だし,不明熱患者で「自分の臓器」の病気しか想定できない医師も論外だ。

 しかし,二階に位置する日本感染症学会の下には内科や外科,小児科学会とは別に「日本医学放射線学会」「日本皮膚科学会」「日本臨床検査医学会」「日本眼科学会」「日本産科婦人科学会」「日本脳神経外科学会」「日本病理学会」「日本リハビリテーション医学会」「日本耳鼻咽喉科学会」「日本精神神経学会」「日本泌尿器科学会」「日本麻酔科学会」といった学会が連なる2)。「全身を診る」能力が担保されているとはとても言い難い。いったい何なのだ? と思う。

 感染症の専門家は微生物の専門家と同義ではない。微生物は感染症の原因だが感染症そのものではない。スタート地点は患者である。患者を診察できなければ,感染症のプロとはとても言えない。カルテと培養結果を見て,「○○マイシン使っといたら」みたいな助言をするのは感染症のプロではない。

 事ほど左様に,日本では臨床のプロのレベルが専門医資格の所有をもって担保されていないことがある。少なくとも感染症専門医についてはそうだ。学会専門医の問題は,各学会のヘゲモニー争いや利権に専門医資格が利用されていることにある。アメリカでは感染症専門医になれるのは基本的に,内科か小児科の研修を終えた者だけである。アメリカの制度にせよと言っているのではない。しかし,眼科医や皮膚科医がそのまま感染症の専門家になれる,という現状はとてもプロの能力を担保しているとは言い難い。

 しかし,「眼科学会」や「皮膚科学会」を一階から外せという話になれば,学会の眼科医や皮膚科医のグループから強力な反対意見があがるだろう。専門医の能力よりもヘゲモニーのほうが大事だからだ。換言するならば,患者よりも自分たちのほうが大事だからだ。学会と専門医資格を切り離さねばならない,という現在の専門医制度改革の骨子は正しいのである。

 誤解してはならない。ぼくは眼科医や皮膚科医が感染症のプロになってはいけない,と主張しているのではない。眼科医や皮膚科医が感染症専門医(どんな感染症やその周辺疾患とも対峙できる医師)になるためにはそれなりのトレーニングが必要なのである。「全身を診る」トレーニングが。

 だから,うちの後期研修医には耳鼻科専門医がいる。彼は3年間,うちでトレーニングをして感染症のプロとなるべく日々奮闘している。内科や総合診療といったバックグラウンドを持たずに感染症のトレーニングを受けるのは大きなハンディキャップであるが,それを能力と努力で必死にひっくり返そうとしている。

 彼はすでに二階建制度の恩恵を受けて感染症専門医資格を持っている。しかし,彼に「感染症のプロ」という自覚はまだない。それがどれだけハードルが高い存在か,指導者たちを見てよく認識できているからだ。感染症のプロとしてどこの病院でも(たとえ国外でも)独り立ちでき,指導者のスーパービジョンがなくてもスタンドアローンで活躍できるプロが,ぼくらのめざすプロだ。「資格」がその能力を担保していないことは,彼が一番良く知っている。

 眼科医や皮膚科医が感染症のプロになるのは大歓迎だ。しかし,それは内科医や小児科医が感染症のプロになるよりずっと難しく,非常に高いハードルなのである。内科医が眼科医や皮膚科医になるのと同じくらい高いハードルだ。専門医は,「ついでに」取れる資格であってはならないのだ。専門医資格が医師のハードル,レベルそのものを下げている一例である。

 「ついで」の視線が質を下げる事例はいろいろある。例えば,「総合診療科」が実は内分泌や腎臓,膠原病のドクターの混成部隊から構成されている事例をぼくはよく見る。総合診療のトレーニングゼロで「総合診療科」のトップに据えられている事例もある。この「ついで」の視線が,日本の(少なくとも一部の)臨床の質に暗い影を落としているのではないだろうか。それを放置・放任・看過しないところから,まずは始めるべきなのだ。

つづく

◆参考文献・URL
1)Iwata K, Doi A. A qualitative study of infectious diseases fellowships in Japan. Int J Med Educ. 2016;7:62-8.[PMID:26896873]
2)日本感染症学会.感染症専門医二階建制度合意に関するお知らせ.2006.

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