医学界新聞

連載

2016.06.27



わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス

医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。

■第3回 看護師の抱える役割葛藤

杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)


前回よりつづく

 外科病棟のせん妄ケアチームで働く看護師は,今日も八面六臂の大活躍。Aさんの脱水を見逃して大目玉を食らった新人を慰めつつ,Bさんの点滴指示を間違えた研修医をおだてすかして指導医に相談するよう促し,Cさんの見守りに追われる看護助手をねぎらい,疲労困憊しつつも周囲を明るく和ませる……。


コンピューター×チアリーダー×千手観音=看護師?

 チーム医療に従事する看護師には多様な役割が求められます。時には全く正反対の役割を同時に果たさなければならないこともあります。そのような場面で生じる葛藤とその対処方法にはどのようなものがあるのでしょうか。

 多職種連携に伴う看護師の役割葛藤と対処行動に関するインタビュー調査1)によれば,医療チーム内で看護師が直面する役割相反(role contradiction)には,「序列 (hierarchy and status)」と「距離(professional identity)」の2つの側面があります()。「序列」面では,医師との間に「対等・従属(equal-subordinate)」,他医療職とは「優位・対等(superior-equal)」という2種類の葛藤が存在しています。一方「距離」面においては「離隔・接近(detachment-attachment)」葛藤があり,医師には「離隔」,他医療職からは「接近」を求められます。

 多職種協働の場で看護師が直面する役割葛藤

上に行ったり,下に行ったり「序列」面での葛藤にどう動くか

 「序列」面の葛藤とは,メンバー間の上下関係にかかわる役割相反を指します。医療チームでは「全員が対等」であるという認識が社会的に広まりつつある一方で,「医師の下に看護師,その下に看護助手」という旧態依然とした考え方も残っています。その結果,医師には「対等に接するが従属的に対応される(対等・従属)」,医師以外の他医療職に対しては「優位な立場で業務に当たるが対等な対応を求められる(優位・対等)」という2つの矛盾を経験します。いずれの場合も,まるで綱引きの綱の中央にいるかのように,真逆の方向に作用する2つの力に引っ張られるのです。

 医師との「対等・従属」葛藤に対し,看護師は「順応(accommodating)」もしくは「否定(denying)」という対処行動を取ることがあります。「順応」は従属の受容ではなく,目前の業務を完了するため(半ば仕方なく)融通を利かせる行動を指します。例えば医師への要望を,直接はっきりではなく,遠回しな表現や疑問文を用いて間接的に伝えます。また「自分の考えなのに,あたかも医師が思いついたかのように振る舞う」という複雑な方略もあります。他方でこのような圧力を「否定」する反応もあります。「皮肉を言われたらすぐ切り返す」「言うことを聞く医師とだけ話す」「あつれきが生じた相手の上司に直訴する」という具体例が報告されています。

 次に,看護師の管理的役割の拡大に伴い,医師以外の職種との間には「優位・対等」葛藤が生じました。薬剤師や医療クラークの病棟配置などが進み,看護師が他職種への指示や管理を行う場面が増えました。しかしいたずらに高圧的な態度で接すれば,無用な反発を招くだけです。そこで他医療職との協働に際し,実在する序列を矮小化する「軟化」方略を用いることがあります。これには「丁寧な言葉遣いでお願いする」「『指示』を『依頼』として伝える」「相手への感謝を言葉にして伝える」という行動が含まれます。

近づいたり,離れたり「距離」面での葛藤にどう応じるか

 「序列」面に加え,「距離」の取り方をめぐる役割相反も存在します。医師からは「離隔」(距離を置くこと)を,それ以外の職種からは「接近」(距離を縮めること)を期待される看護師は,相手に応じ異なる役割を担う「分割(segmenting)」方略で対処します。

 医師が相手の場合には,生物医学的情報を率先して収集し,(医師にとって)さまつな情報を省いてから報告する「離隔」行動を,それ以外の職種には「笑顔を絶やさず」「目を見て話し」「共感と敬意を持って話を聞き」「心情を敏感に察知し」「相手への気遣いを明示する」というような「接近」行動を取ります。

 この調査は10年ほど前に米国で行われたものですが,今日の日本の医療現場にも通じる興味深い結果が得られました。似たような探索型研究が多い中,この研究ではインタビュー内容を役割理論(role theory)と関係性葛藤理論(relational dialectics theory)という2つの理論的枠組みに照らし合わせて検証していることが特色です。では一体この結果のどの部分をどのようにして現場で活用すればよいのでしょうか。

即効性ある「エビデンス」にも注意点あり

 まず,①相手への期待や感謝を言葉にして伝える,②役割相反の対処法について情報交換する場を設ける,③葛藤を抱える看護師への支援を拡充するといった具体的な提言は一考に値すると思います。

 さらにこの研究では,それぞれの葛藤に「優位・対等」といった名前が付けられています。このような命名は一歩誤ればデータの正しい姿が伝わらなくなる危険性を孕んでおり,慎重に行う必要があります。しかし日々経験している漠然とした問題に「名前」が付くことで体験の整理や自己の客観視が可能になれば,困難を乗り越える大きな力となります。これをコミュニケーション学では言語の持つ「カタルシス機能」と呼んでいます。

 一方,研究の中で紹介された具体的な方略を現場で実践する際には,即効性だけでなく,その行為の長期的な意味についても検討するようにしましょう。単なる対症療法の域を出ず,よからぬ影響が生じる可能性もあるからです。

 例えばこの調査の中で,ベテラン看護師が次のような「武勇伝」を語ったとします。

 自分が師長をしていたころ,若手の看護師が素晴らしい院内研究を行った。学会で発表させたかったが,この病院には看護師向けの学会出張制度がない。そこで物わかりの良い医師が当直する日まで待ち,誰もいないところで粘り強く頼み込み,彼のポケットマネーから学会参加費用を出させた――。

 これは「言うことを聞く医師とだけ話す」という「否定」方略に該当します。インタビュー調査においてこのような武勇伝が数多く語られれば,論文の中ではその通りに報告されるでしょう。そして読者がそれをうのみにして,この「処世術」を現場で実践し始めたとしたら……。

 短期的には比較的楽に成果が得られるかもしれません。しかしこれでは「院内に看護師向けの学会出張制度がない」という根本的な問題の解決には至りません。それどころか医師に対し従属的な立場が続くという長期的弊害すら生じかねないのです。それよりも,学会出張制度を整える,そのために必要な資金を確保するといった方略こそ,より適切な対処法だと思います。

 インタビュー調査の中には現状報告的性質の強いものもあり,その中で報告された事例には,「単に数が多かった」というだけで,内容としては正しくはない場合もあります。現場への導入を検討する際には,これらの点も十分考慮したいものです。

現場で実践!

●現場で経験している困難に「名前がある」と知るだけでも,体験を整理したり,自分の置かれた立場を客観視したりする助けになる。
●即効性の高い方略ほど,その長期的な意味を考えてから現場に取り入れるべきである。

つづく

[参考文献]
1)J Apker, et al. Negotiating status and identity tensions in healthcare team interactions:An exploration of nurse role dialectics. Journal of Applied Communication Research. 2005;33 (2): 93-115.

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