医学界新聞

寄稿

2016.06.06



【寄稿】

入院医療中心から地域生活中心へ
精神障害者の地域移行をめぐる論点

吉川 隆博(東海大学健康科学部看護学科准教授・精神看護学)


 精神障害者支援を「入院医療中心から地域生活中心へ」と進めるため,本邦ではこれまで法制度の整備や見直しが行われてきた。2014年4月に施行された改正精神保健福祉法以降は,厚労省の検討会を中心に次の施策実現に向け議論が重ねられている。本稿では,精神障害者の地域移行をめぐる現状と課題を概説し,今後精神保健領域のめざすべき方向性について述べる。

早期退院と地域生活支援が新たな論点に

 厚労省では2016年1月7日より,「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」1)が開催されている。目的は,改正精神保健福祉法の施行3年後の見直し(医療保護入院の手続きの在り方等)に向けた検討を行うことと,2014年7月に取りまとめた「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策の今後の方向性」2)を踏まえ,精神科医療の在り方について検討するためである。

 個別の議論は,それぞれ分科会を設けて行われている。「医療保護入院等のあり方分科会」(座長=成城大・山本輝之氏)では,2014年の法改正で設けられた医療保護入院者の退院を促進するための措置について,また「新たな地域精神保健医療体制のあり方分科会」(座長=国立精神・神経医療研究センター・樋口輝彦氏)では精神障害者の地域生活を支えるための医療として,精神科デイ・ケア,精神科訪問看護,アウトリーチなどの医療機能について議論されている。

 2014年度までの各種検討会では,精神障害者の地域移行推進の方策は,長期入院患者の退院後の住まいの場といった社会資源の確保と,障害福祉サービスにつなげるための手段を中心に検討されてきた。しかし今回の議論がそれまでと違うのは,「入院患者の早期退院と地域生活を支える」ための医療機能の在り方が主な論点となっていることである。

長期入院患者の発生が依然課題

 今,精神科医療が取り組むべき喫緊のテーマは,2004年に策定した精神保健医療福祉の改革ビジョン「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的方策の実現である。諸外国が既に半世紀以上前に果たした精神医療改革であり,日本での実現には「長期入院患者」をいかに少なくするかが最大の課題となっている。

 の年次推移を見ると,これまでの長期入院患者の地域移行に向けた施策と臨床現場での地道な努力により,入院期間1年以上の長期入院患者のうち,4.6万人は退院(死亡退院を含む)している。ところが新規入院患者39.7万人のうち,3か月未満で退院する患者の23.0万人と,3か月以上1年未満で退院する11.6万人を合わせた34.6万人(約87%)は1年未満で退院しているものの,残りの5.1万人(約13%)は入院期間が1年以上に及び,新たな長期入院患者となってしまっている現状がある。つまり1年以上の入院者のうち退院した数(4.6万人)と同数以上の新たな長期入院患者が発生しているため,臨床における長期入院患者の課題はなかなか解決されていないのである。

 精神病床における患者の動態の年次推移(2011~12年)(文献3より作成)

地域完結型の精神科医療を

 こうした現状を踏まえ,精神科医療にかかわる医療者は「新たな長期入院患者を生み出さない」との認識をより強く持たなくてはならない。それには身体科領域と同様,入院早期の段階で退院困難要因(退院支援を要する患者)を見極め,早い段階から退院調整に取り組み,入院が長期化しないようにすることが重要になる。長期入院患者の地域移行では,住まいの場の確保を含む福祉サービスにつなぐ支援策が重要視されたのと同様に,新規入院患者の退院困難要因も同様の課題を挙げる患者が少なくない。入院の長期化を防ぐためにも退院後の継続医療を視野に入れた支援が欠かせない。

 そこで本邦の精神科医療・看護には今後,「地域精神医療」の体制づくりをどのように進めるかが問われることになるであろう。諸外国の例でも精神科病院の入院期間の短縮を促進し,精神障害者を地域で支えるために必要とされる医療・看護を地域で提供できる体制が強化されている。国内の身体科領域では,「2025年問題」の対応に向け地域包括ケアを構築し,早期退院の実現と在宅医療・介護の充実化へと向かっている。精神科医療では地域での支援として,外来診療,訪問診療,精神科デイ・ケア,精神科訪問看護などの機能を有しており,それらの活用については,地域包括ケアの理念同様,入院医療と地域での継続医療を含めた「地域完結型医療」の方向性を持って検討する必要がある。

「地域で支える」への転換が生む,精神科医療の新たな展開

 臨床では今も,入院患者の医療的な課題を入院治療で全て解決しなければ「退院は難しい」と判断される事例が少なくない。しかし,統合失調症のような精神疾患の特性を考えたり,再発・再入院を繰り返す患者の状況を考慮したりすると,入院治療で全ての課題を解決するのは容易ではなく,結果的に入院の長期化を引き起こす懸念がある。そこで医療機関には,「どうすれば退院できるか」という視点から「どうすれば地域で支えられるか」へと発想の転換が必要であり,患者の医療的な課題は地域で継続して支える方向に積極的にシフトすることが求められる。

 実現の過程では継続医療・看護で支える力を今よりも高めることも必要になるだろう。「地域で支える力」としては,診療機能,通所機能,訪問機能,相談機能などが挙げられる。既存の制度下で精神科デイ・ケアや精神科訪問看護等は活用されているが,今よりも医療ニーズの高い精神障害者を支えるには,医師,看護師,精神保健福祉士,作業療法士などの多職種チームで,患者のアセスメント,支援の実施,評価・修正が行える体制が必要になる。さらには医療的な支援だけでなく,生活面も含めた包括的な支援が提供できるよう,生活を支える機能(福祉・介護サービス)を備えた多機能型の支援体制の整備も考えなければならない。もちろん新たなメニューをつくるばかりではなく,医療者らのマンパワーと医療財源が地域側に十分確保されるような制度づくりも欠かせないだろう。

 今国会では,障害者総合支援法改正法案が2018年4月1日の施行をめざして審議されている。今後予定されている2018年度の診療報酬改定,介護保険制度改正,医療計画改定などに向けて,各種検討会においてはより具体的な議論が行われることを期待するとともに,施策がいち早く精神科医療の現場に反映されることが望まれる。

参考文献・URL
1)厚労省.これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会.2016.
2)厚労省.「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策の今後の方向性」とりまとめについて.2014.
3)1)の第1回参考資料.
 http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000108755_12.pdf


きっかわ・たかひろ氏
2003年川崎医療福祉大大学院修士課程修了(保健看護学)。精神科病院看護師として22年間勤務した後,岡山県立大,厚労省社会・援護局障害保健専門官,山陽学園大看護学部准教授を経て14年より現職。現在,厚労省「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」構成員を務める。日本精神科看護協会業務執行理事。共著に『系統看護学講座 精神保健福祉』(医学書院)がある。

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