不活化ワクチンの皮下注射を再考する(矢野晴美)
寄稿
2016.02.15
【寄稿】
不活化ワクチンの皮下注射を再考する
矢野 晴美(筑波大学医学医療系教授/水戸協同病院グローバルヘルスセンター感染症科)
筆者は,日常診療で高齢者を診療する機会が多い。加齢により免疫反応が低下し抗体ができにくくなっている高齢者に対して高頻度に接種するインフルエンザワクチンの接種経路が,添付文書では皮下注射となっているのに疑問を感じたことを契機に,本稿執筆の機会を得た。
目覚ましい進展と残された課題
国内のワクチン接種の状況は,ここ10-15年で目覚ましい進展を遂げてきた。ワクチン行政の歴史を振り返れば,1989年に導入された新三種混合ワクチンMMRの副反応により,1993年に集団接種が中止され,個別接種に移行した。その後,ワクチンで予防可能な疾患の国内大流行が起こる。
特に麻しんの大流行は大きな課題であった1)。当時,麻しんの輸出国として米国や世界保健機関(WHO)から批判され,麻しん制圧に向けての対策が強く望まれた。その結果,「1歳のお誕生日に麻しんワクチンのプレゼントを」のキャッチフレーズにより,現場医師,関係学術団体,国などが麻しんワクチン接種(麻しん・風しん混合ワクチンMRを導入)を推進した。その成果として2015年3月には,WHOから麻しん排除状態の認定を受けることができた2)。
また,国内未承認であるが,諸外国では標準的なワクチンとなっているワクチンを早期に導入する動きが活発化した3)。現場医師,日本小児科学会,日本感染症学会などを中心とする関係学術団体,製薬企業,国などの尽力により,日本の子ども,成人,高齢者に対して,これらワクチンのうち多くが接種可能となった(2015年度の定期接種・任意接種のワクチンは,国立感染症研究所のウェブサイトに掲載されている4))。
このように,日本では現在,承認されたワクチンの数は増え,「ワクチンで予防可能な疾患」の予防が推進される方向になっている。今後の課題としては,2013年に大流行した風しん,現在大流行中のムンプスなどのワクチン接種の推進が挙げられる。また高齢者が増加するなかで,現在接種率の低い肺炎球菌ワクチンはさらに接種の推進が必要である。
また,成人の定期接種に入っていないが,年間100例余りが感染症法第五類感染症として報告されている破傷風についても啓発活動が必要である5)。1967年以前に生まれた者は,ジフテリア・破傷風・百日咳(DPT)の3回基本接種の接種機会がなかった年齢層であり,国内報告されている破傷風症例の半数は,50歳以上の成人であることは,疫学上重要である5)。そのほか,日本脳炎ワクチン,ヒトパピローマウイルスワクチンの副反応に関する課題は継続中である。
「不活化ワクチンの接種経路は筋肉注射」が諸外国では原則
さらには,ワクチンの接種経路を課題のひとつに挙げたい。ワクチンの接種経路には,筋肉注射(筋注),皮下注射(皮下注),皮内注射,経鼻投与,経口投与がある。ワクチン接種は,望ましい免疫反応が得られ,局所反応,神経・血管傷害が最少になる場所に投与される必要がある6)。ワクチン接種において,その接種経路や接種場所はきわめて重要である。接種場所により免疫原性の異なるワクチンの代表が,B型肝炎や狂犬病のワクチンである。この両者は,筋肉注射で,三角筋でなく大臀筋に注射した場合,著しく免疫原性が劣ることが知られている6)。代表的なワクチンの接種経路を表にまとめる6,7)。
表 代表的なワクチンの接種経路 |
註1:諸外国での投与法は文献6,7をもとに作成。
註2:国内製品の各添付文書を参照した。 註3:阪大微研製剤を使用の場合。 |
特に現場で頻度の高い接種法は,筋肉注射と皮下注射である。一般に,筋肉注射は,アジュバントを含む不活化ワクチンにおいて推奨されている。それは,アジュバントを含むワクチンを皮下注射や皮内注射で接種した場合,アジュバントによる著明な局所反応(発赤,硬結,炎症,肉芽形成など)が見られるからである6)。一方,皮下注射は,神経や血管損傷のリスクが少なく,局所反応が少ないが免疫原性の高いワクチン(例:生ワクチン)で推奨されている6)。
一般に,不活化ワクチンは,生ワクチンと比べ,免疫原性は低いため複数回接種が必要である。また接種経路も,免疫原性を向上するためのアジュバントを含む場合が多く,筋肉注射が一般的である。筋肉注射による免疫原性は,皮下注射と同等かそれ以上と言われており,表で示す通り,諸外国での不活化ワクチンの接種経路は原則,筋肉注射である6)。
なぜ,日本では,不活化ワクチンは皮下注射が主流となり,筋肉注射されないのか。これについては,日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会が公式文書で説明している8)。日本では,1970年代に解熱薬や抗菌薬が筋肉注射され,大腿四頭筋拘縮症の患者が約3600人報告された9)。それ以降,筋肉注射による医薬品の投与は避けられる傾向となり,ワクチン接種経路にもその影響が及んでいる状況である8)。その後40年以上経過した現在も,新しく承認された数個のワクチンを除き,小児においては皮下注射が主流となっている。
*
これまで見てきたように,日本のワクチン接種は,その種類の観点からは大いに進展し,WHOによる麻しん排除状態の認定などの成果を挙げてきた。今後は小児の定期接種のみならず,成人の標準ワクチンの接種普及にも尽力すべき時期にある。
また接種にあたり,特に加齢やそのほかの既往歴により免疫反応の低下した成人や高齢者の場合,より効果的なワクチン接種が望まれる。最近承認された13価肺炎球菌結合型ワクチンの添付文書に記載された接種経路が,「高齢者は筋肉注射,小児は皮下注射」となったことは注目に値する。小児および成人に対する不活化ワクチンの皮下注射につき,再考する時期に来たのではなかろうか。
より効果的なワクチン接種を実現するために,議論が起こることを期待する。
◆参考文献・URL
1)Gomi H, et al. Why is measles still endemic in Japan?. Lancet. 2004 ; 364 (9431) : 328-9.〔PMID : 15276387〕
2)平成27年3月27日プレスリリース.厚労省.
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/img-327100220.pdf
3)Saitoh A, et al. Current issues with the immunization program in Japan : can we fill the “vaccine gap”?. Vaccine. 2012 ; 30(32) : 4752-6.〔PMID : 22521841〕
4)日本の予防接種スケジュール.国立感染症研究所.
5)発生動向調査年別報告数一覧(その1:全数把握).国立感染症研究所.
6)Kroger AT, et al. Section 1 : General aspects of vaccination. Chapter 8, General immunization practices. In Plotkin S, et al (eds) Vaccines. 6th ed. Elsevier Saunders ; 2013. p. 88-112.
7)Administering vaccines to adults : dose, route, site, and needle size. Immunization Action Coalition.
http://www.immunize.org/catg.d/p3084.pdf
8)小児に対するワクチンの筋肉内接種法について.日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会(2015年5月18日付).
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20150519_kinnnikunaisesshu.pdf
9)日本小児科学会筋拘縮症委員会.筋拘縮症に関する報告書.日本小児科学会誌.1983 ; 87(6) : 1067-1105.
やの・はるみ氏(旧姓五味)
1993年岡山大医学部卒。博士(医学)。ジョンズホプキンズ大公衆衛生学修士(MPH),マストリヒト大医療者教育学修士(MHPE)。在沖米海軍病院などを経て,95年渡米し,マウントサイナイ・べス・イスラエル内科レジデント,テキサス大ヒューストン校感染症科フェロー,南イリノイ大感染症科アシスタントプロフェッサー,自治医大感染制御部講師,同臨床感染症センター准教授を経て2014年より現職。厚労省「麻しん・風しん対策推進会議」構成員。
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