医学界新聞

寄稿

2016.01.18



【寄稿】

臨床試験の結果を臨床にどう反映させるか
米国の実地臨床および教育現場からの報告

島田 悠一(ハーバード大学医学部附属マサチューセッツ総合病院 循環器内科指導医)


 臨床試験の結果が日々発表されるなか,そこで得られた知見を実地臨床にどう反映させるのかが課題となっています。同一の臨床上の疑問に対して複数の臨床試験の結果が食い違うことがある一方で,複数の臨床試験により科学的根拠が示されたにもかかわらず,その知見が臨床に反映されるまでに時間がかかるというEvidence-Practice Gapの存在も指摘されています。

論議を呼ぶ最新知見に対する米国医師の反応

 臨床試験の結果を受けて,どのくらい迅速にその内容を取り入れるかは,米国においても専門家によってかなり異なります。ここでは,実際の事例に基づいて考察してみます。

事例1:脂質異常症に対するスタチンの適応について
 ACC/AHA(米国心臓病学会/米国心臓協会)は脂質異常症の治療ガイドラインを2013年に改訂しました1)。この改訂に関してはいまだ賛否両論あるのですが,新しい点はLDLコレステロールの「目標値」という概念を捨てたことです。かわりに,個々の患者のリスクを同定後そのリスクに応じてスタチンを開始し,開始後はLDLコレステロール値によるスタチンの種類・用量の変更はしないというアプローチを推奨しています。このような方法を推奨するガイドラインは欧州にも日本にもなく,米国の他の学会のガイドラインとも異なるものです2)。さらに最近になって,特定の患者集団においてLDLコレステロールを70 mg/dLから50 mg/dL程度まで下げることによって付加的な心血管イベントの予防効果があるかもしれないことを示す大規模臨床試験IMPROVE-ITの結果が発表され,ACC/AHAガイドライン改訂に対してさらなる疑問を投げ掛けました3)

 ガイドライン改訂と大規模臨床試験に対する臨床現場の反応はさまざまでした。IMPROVE-ITの結果を重んじ,ガイドラインの再改訂で「目標値」の概念が復活すると考えて「目標値」を50 mg/dLまで引き下げた診療をする医師がいる一方で,専門家が決めたガイドラインに非専門家は従うべきだとしてガイドラインどおりの治療を行う医師もいます。さらには,今回のガイドライン改訂は根拠が薄いため「目標値」に基づいた診療を引き続き行うが,IMPROVE-ITの結果は特定の患者集団にのみ有効なので一概に「目標値」を50 mg/dLまで引き下げることはしない,という同僚もいます。

事例2:高血圧の治療目標について
 2014年に改訂された米国の高血圧ガイドラインJNC 8では,60歳以上の患者に対しては降圧目標を収縮期血圧150 mmHgとすることを推奨しています4)。しかしながら最近になって大規模臨床試験SPRINTが発表され,収縮期血圧130 mmHg以上の高リスク非糖尿病患者において降圧目標を収縮期血圧120 mmHgとしたほうが140 mmHgにした場合に比べて心血管イベントや全死亡が減少したという結果が示されました5)

 論文発表後まだ間もないこともあり,これが臨床現場にどう反映されていくのかはわかりません。しかし全体としては,SPRINTの結果を受け,「降圧目標150 mmHgはやはり高すぎるのではないか」という印象を持った医師が多く,60歳以上でも降圧目標を既に140 mmHg(またはそれ以下)に設定して診療している医師が実際に増えてきているように見受けられます。

 この二つの事例に共通しているのは,臨床試験やガイドライン改訂の内容を把握することは前提として,さらに自分でそのデータの質や信頼性を解釈した上で最善の治療法を選択する医師が多いことです。さらに言えば,最新の知見をうのみにすることなく,批判的に吟味できるための知識と経験を,研修医のうちから身につけているとも言えます()。

批判的吟味の訓練を積み,論文を生涯読み続ける土台作り

 それでは,こうした知識と経験を身につけるために,米国ではどのような教育が行われているのでしょうか。卒後臨床研修および専門医制度におけるEBM教育について解説します。

卒後臨床研修:日々の教育的カンファを通じた論文情報入手と批判的吟味
 レジデンシー(初期臨床研修プログラム)教育においては,EBMが重視されます。一例として,初期研修医の週間スケジュールをに示します。日常診療の中に,多岐にわたる教育的カンファがサンドイッチのように組み込まれています。米国の研修医はこれらのカンファを通じて,日頃から論文を読み,ガイドラインに親しみ,それらを批判的に吟味する訓練を繰り返します。そしてレジデンシーを修了するころには,(最新の臨床研究を含む)標準治療を踏まえた上で,個々の患者の価値観に応じて最適な治療法を選び出す能力が備わります。レジデンシー修了後のフェローシップ(専門医養成プログラム)では,さらに専門的な内容の臨床教育と教育的カンファが行われることになります。

 初期研修医の週間スケジュール(筆者の勤務する病院における一例)
Teaching Round(毎日):前日の入院症例について教育担当医にプレゼンし,ベッドサイドで問診・診察をしながら指導を受ける。最後にその症例に関連したトピックについて講義を受ける。
Noon Conference(毎日):研修医全員で昼食を取りながら最新の話題について講義を聞く。
Morning Report(週2回):前日の新規入院症例のうち興味深い4例を科の全員の前でプレゼンして議論する。
Grand Rounds(週1回):外部から講演者を招いて最新の話題を講義してもらう。
EBM(週1回):どのように臨床に必要な論文を検索しそれを批判的に解釈するかを学ぶ。
Journal Club(週1回):EBMで学んだ理論を実際の論文に応用して批判的に解釈する訓練を行う。
Resident Report(週1回):入院経過において学ぶところの多かった症例をプレゼンし,過去の論文やガイドラインなどと照らし合わせて診療の改善点などについて議論する。

 なお,これら教育的カンファの質と量は,ACGME(卒後医学教育認可評議会)の監査によって一定水準に保たれています。こうして,レジデンシー/フェローシップの期間を通じ,最新の臨床研究に触れる機会には事欠かないのです。

専門医教育:資格更新のための勉強が知識をアップデートする機会に
 教育課程を修了し専門医試験に合格した医師が専門医を標榜し続けるためには,10年に一度,専門医資格を更新しなければいけません。専門医資格の更新のためには二つの条件を満たすことが必要です。一つは10年の間に資格保持のための講義(学会,講習会,オンライン講義)を受けて一定数以上の単位を取得すること,もう一つは専門医更新試験に合格することです。

 講習会では,新しい知見に絞って講義が行われることが多いため,最新の臨床試験の結果やガイドラインの改訂に関して専門家による解釈を含めて効率的に学ぶことができます。多忙な臨床医にとって負担が大きいのは確かですが,臨床試験の結果をタイムリーに学び,実地臨床に反映する機会を得ることができる機会でもあると思います。

 米国では,初期研修医から専門医取得後に至るまで,生涯にわたり最新の臨床試験の結果やガイドラインに触れる機会が設けられ,そのための動機付けがされています。さらに,それらの結果を適切に解釈して臨床活動に反映できるよう,初期研修の段階から繰り返し訓練が行われています。

 このように臨床試験の結果が実地臨床へ迅速に反映されるための土台が形成されている,というのが米国の制度の特徴と言えます。この寄稿が皆さまのご理解を深めるための一助になれば幸いです。

:筆者が大学病院で経験した内容をもとに記しているため,その他の施設では状況が異なるかもしれません。また,全てのトピックに関する最新情報を入手して吟味するのは現実的には難しいのも事実です。そのため,自分の専門分野の結果だけは最新の臨床研究の結果を吟味し,時にはガイドラインに反映される前でも結果を診療に反映させたり,ガイドラインに掲載されていてもあえてそれと異なった治療をしたりするけれども,専門外の分野はガイドラインに従って診療する,という医師も多いようです(米国は訴訟社会でもあるため,ガイドラインどおりでない診療をする場合にはその理由と根拠となる論文をしっかりカルテに記載することが必要になります)。

参考文献
1)J Am Coll Cardiol. 2014〔PMID: 24239923〕
2)Cardiol Clin. 2015〔PMID: 25939292〕
3)N Engl J Med. 2015〔PMID: 26039521〕
4)JAMA. 2014〔PMID: 24352797〕
5)N Engl J Med. 2015〔PMID: 26551272〕


しまだ・ゆういち氏
2007年東大医学部卒。国保旭中央病院,東大病院にて初期研修。08年よりベス・イスラエル病院にて内科研修医,主任研修医として勤務。12年よりハーバード大ブリガム・アンド・ウィメンズ病院循環器内科専門研修医。臨床研修の傍ら14年にジョンズ・ホプキンス大より公衆衛生学修士号を取得。15年より現職。Harvard Clinical Research Instituteにて臨床研究も行っている。

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