医学界新聞

2015.11.02



Medical Library 書評・新刊案内


医療レジリエンス
医学アカデミアの社会的責任

福原 俊一 編集代表

《評 者》黒川 清(日本医療政策機構代表理事/GHITファンド代表理事・会長/英国G8サミット(2013)世界認知症諮問委員)

医療にかかわる人の考えが変わる貴重な一冊

 本書は,2015年4月に開催された「世界医学サミット(WHS)京都会合2015」の概要,および,会長である福原俊一氏が世界のトップリーダーに取材,インタビューした内容,さらに会議のトピックスをまとめた一冊である。しかし,これは単なる「学会の報告書」ではない。背景に流れるのは,福原氏の理念,コア・バリュー,彼の実践から生まれた「思い」,そして日本の医療関係者へ伝えたいメッセージである。

 この10-20年で,医療を取り巻く世界の状況は激変し,本書では,その背景と課題がはっきりと示され,そこから「激変する世界,変われない日本」の医療の中心的課題が見えてくる。その意味で,本書は広く医療にかかわる人々にとって,簡潔,明快,視野の広がる,考えが変わる(私は,これを期待しているのだが……)貴重な一冊である。福原氏がたどってきたキャリアは,日本の医学界,アカデミアでは「代表的なキャリア」ではなかった。それが彼の視点の根底にあるのではないか。だからこそ多くの人たちに見えないものが,見えているのかもしれない。福原氏が東京大学,京都大学で中心的課題としてかかわってきた,臨床研究を担う人材育成もここにあったのだろう。

 以下に「世界医学サミット京都会合2015」が取り上げた主要なテーマを概説する。

超高齢社会への挑戦
 日本は世界に先駆けて非常に速いスピードで超高齢社会に突入している。高度専門医療を中心とした医療体制を継続していけば,早くて2025年には破綻する。これは危機的状態と言ってよいのだが,実はこれは21世紀の世界的な大きな課題の一つでもある。日本ではこの状況を「課題先進国」などと言っている識者も多いが,その識者たちは何をし,どんな政策を提言,導入し,構築して,モデルとして世界に示してきたのであろうか?

自然災害への対応と準備
 東日本大震災は,広い地域に甚大な損害を与え,長期的な被害も継続している。特に,健康被害は,急性期の被害から慢性疾患の増加やメンタルヘルスなど慢性期の被害に移行している。私たちは,この不幸な災害から何を学ぶのか,学べるのか。未曽有の災害・事故は,日本社会において責任あるエリートへの「Wake Up Call」でもあったのだ。これを契機に,従来なかなか成し遂げられなかった改革ができるのだろうか。福島原発事故から何を学ぶのか,エネルギー政策ばかりでなく,医療提供の在り方,人材育成など,大きな変化が見られているのだろうか? この危機を生かす機会として,本書にもいくつかの貴重なヒントが見られるだろう。

次世代リーダーシップの育成
 激変する社会のニーズに応えるためには,医学アカデミアが新しい価値を創造する必要がある。医学アカデミアの潮流は,治療から予防へ,大学から地域へと,パラダイムがシフトしている。これを先取りし,医学アカデミアを方向付ける新しいリーダーシップが求められている。従来の自然科学だけに依拠した医学アカデミアから,基礎医学,臨床医学,社会医学がバランス良く協調するチーム型のリーダーシップが求められている。そのためには新しいリーダーとなる人材の育成も必須である。活躍の場は国内に限らない。世界を「場」にして活躍する人材をより多く育てることは,日本にとって喫緊の課題だ。

 わが国は,東日本大震災,福島原発事故,超高齢化などを「外的なショック」と位置付け,近い将来の危機を見通し,先駆けて対応する政策を計画し実現する必要がある。医学アカデミアには,わが国の医療システムの転換に協力し,その政策の効果を科学的に評価する社会的な責任がある。象牙の塔にこもるのではなく,自然環境,社会環境の大きな変化に対応し,将来の危機を乗り切るレジリエンス「折れない“力”」を持った医療システムの構築に貢献する社会的責任がある。

「M 8 Alliance京都・福島声明」
 以上のトピックスに関する議論を経て,健康と医学に関する国際的アカデミアネットワークであるM 8 Allianceのメンバー,京都大学,福島県立医科大学が協力して「M 8 Alliance京都・福島声明」1)を作成し,世界に発信した。その要旨は以下の通りである。

・福島は,日本,そして世界の縮図である。福島は,日本の中でも高齢化が特に顕著であり,また震災以前より医療資源が乏しい。このような危機的状況は,日本および先進国の近未来の縮図であると言える。
・持続可能なヘルスシステムが備えるべき2つの要素に「対応する力(responsiveness)」と「折れない力(resilience)」がある。
・対応する力:自然災害,新興感染症の発生など危機的状況にヘルスシステムが応える力
・折れない力:高齢化,疾病構造の変化,経済状況の変化など,時間と共に変化する課題に対してヘルスシステムが柔軟に応える力

 「世界医学サミット京都会合2015」は,世界の演者,パネリストと600人を超える参加者を迎え,大成功であったことを付け加えたい。この会合と本書が,多くの参加者の共感と,目覚めへのきっかけになることを祈念してやまない。

1)World Health Summit. M 8 Alliance京都・福島声明(原文および日本語訳).2015.

B5・頁144 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02147-0


市中感染症診療の考え方と進め方 第2集
IDATEN感染症セミナー実況中継

IDATENセミナーテキスト編集委員会 編

《評 者》松村 正巳(自治医大教授・地域医療学センター総合診療部門)

執筆陣の「日本の感染症診療をよくしたい」思い,心意気が伝わる

 IDATEN(Infectious Disease Association for Teaching and Education in Nippon;日本感染症教育研究会)から『市中感染症診療の考え方と進め方 第2集』が出版された。「IDATEN感染症セミナー実況中継」と副題が付いている。IDATENにより夏と冬に行われ,受講希望者の多い感染症セミナーの2013年サマーセミナーにおけるレクチャーを基にした内容である。「系統的に感染症を学ぶために受講したい」と思いつつ未受講の身にとっては,朗報である。

 プライマリ・ケア医の診療において,感染症の占める範囲は広い。それ故,市中感染症診療の知識と経験は極めて重要である。本書は市中感染症診療の課題に対し,良きアドバイスとなるであろう項目立てとなっている。いくつか挙げてみると,「小児の発熱へのアプローチ」「予防接種入門」「『風邪』の診かた」「肺炎のマネジメント」「尿路感染症のマネジメント」「PID・STIのマネジメント」「非専門医のためのHIV感染症のマネジメント」となる。われわれが日々遭遇する具体例の提示の後に,おのおのへの対応が記述され読みやすい。

 今まで経験的に「こうであろう」と考えていたことも,理論的に説明され,ふに落ちる。「『風邪』の診かた」は,“風邪(急性上気道炎)の定義”,“「3症状チェック」のコツと注意事項”など,多くの方に読んでもらいたい内容である。「PID・STIのマネジメント」での“sexual historyのとり方”は,経験を重ねた医師にも参考になる。もちろん病院総合医にとっても感染症の良き指南書である。

 本書の執筆陣が「自分の病院の,地域の,ひいては日本の感染症診療をよくしたい」(「序」より)と思い執筆した心意気がよく伝わる書である。医学生,若手医師,プライマリ・ケア医に推薦したい。本書が感染症を患う人の守護神になることを願っている。

B5・頁364 定価:本体5,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02056-5


地域医療構想をどう策定するか

松田 晋哉 著

《評 者》伏見 清秀(東医歯大教授・医療政策情報学)

これからの地域医療を考える礎としての情報が網羅

 地域医療構想策定が2015年度から始まっている。本書は,その第一人者である著者が,わが国の医療提供体制の課題,改革の方向性と理念,具体的な手法と考え方を詳細に解説した地域医療構想ガイドブックである。この地域医療構想は従来の医療計画と何が違うのか,どこまで実効性があるのか,私たちの地域医療にどのように影響するのか,私たちはどのように対応したらよいのかなど多くの方が持つ疑問に対する丁寧な回答が本書には記されている。

 特に本書の「第III章 地域医療構想の考え方」に収載されている「地域医療構想策定のための模擬調整会議」は,具体的事例に基づく検討が臨場感いっぱいに記されていて,まさに調整会議に陪席しているようである。おそらく,全国各地でこのような形で地域医療構想の調整会議が進められていくのだろうと期待される。

 この第III章には,これ以外にも,地域医療構想とガイドラインの理念と背景,構想区域の考え方,地域医療構想立案手順などが具体的に書かれている。また,やや,センセーショナルに報道されている地域別病床数の適正化についても,もっと正確に情報を読み込み,冷静に対処していくべきことが記されていて,関係者が地に足の着いた丁寧な議論を進めるための礎となるような重要な情報のエッセンスとなっている。

 その他の本書の構成として,第I章には,人口構造の高齢化に伴う疾病構造の劇的な変化とその地域差が豊富な図表とともに解説されている。資料編にも人口の将来推計ツール(AJAPA)が紹介されているので,読者それぞれの地域の実態を知ることができる。第II章では従来の医療計画のレビューとその課題がわかりやすくまとめられ,今回の地域医療構想の違いと,それへの大きな期待が記されている。第IV章では,さらに幅広く地域包括ケアや財政問題とのかかわりまで紹介されていて,広い視点からの問題のとらえ方を知ることができる。

 本書は,このように,今まさに進行している地域医療構想の全てをカバーしているといっても過言ではないだろう。地域の医療と介護を担う医療機関・介護事業関係者,地域医療構想策定のかじ取りを期待される地域行政担当者,現場で働く関係者,地域医療を研究する専門家など多くの人々にとって,これからの地域医療を考える上での必携の書と言えよう。

B5・頁120 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02433-4


総合内科999の謎

清田 雅智,八重樫 牧人 編

《評 者》須藤 博(大船中央病院副院長・内科部長)

本書の内容をマスターすれば立派な総合内科医と名乗ってよい

 感染症,集中治療に続く「999の謎」シリーズの第3弾である。類書としては「シークレット」シリーズがあるが,本邦独自でそんな内容の本があったらいいのにとひそかに思っていた。そんな思いで手にしたのが本書だったが,期待をはるかに超える内容であった。本書の構成は,総論である総合診療の章から始まり,内分泌,循環器,感染症,消化器……と各専門内科のエキスパートが考えた設問がこれでもかと並ぶ。各執筆者の微妙なこだわりの違いが興味深い。そしてこれらの内科各論に続く,内科コンサルト,健診,老年医学,精神科の章が非常に充実していることが本書の特徴である。そもそも「総合内科」としてどこまで含むかということに関しては異論があるかもしれない。その命題に対しての,編者の先生方の考え(というか総合内科医としての矜持のようなもの)が反映されているように評者は感じる。通読して,これは『内科999の謎』としてもよいのではないかと思う。なぜなら本来,内科は「総合的」に決まっているのだから。そのような気持ちをおそらく編者の清田雅智・八重樫牧人両先生も込められているように思うのは評者だけであろうか。

 設問はそれぞれ,A.誰もが知っていなければならない質問,B.専門医向け,C.トリビア的な内容の質問の3つにランク付けされている。もちろんAランクだけを拾い読みしていけば,内科全般についての基本を押さえることができるのだが,評者はCランクの質問につい惹かれてしまう。カリウムを英語ではpotassiumと呼ぶのはなぜか? 炭酸水素ナトリウムをなぜ「重曹」と呼ぶのか? 思わず「へえ~っ!」となるような内容がてんこ盛りで本当に飽きない。あらためて,内科という分野の広さと深さを思い知らされ「いやあ……やっぱり内科は面白い!」と何度も感じさせられた。さらに全ての設問にきっちり付記された参考文献が充実している。執筆者・編者の先生方の本書の質にかける執念と,かかったであろう労力には本当に頭が下がる。

 序文で編者の清田先生はこう書かれている。「この本に書かれている内容が普通に理解できている医師であれば,立派な総合内科医と名乗ってよいのではないかとひそかに思っている。ぜひ,将来を背負う若い医師には,この内容を当然の知識として身につけていただくことを希望したい。そうすれば,日本の総合内科は安泰であろう」(下線は評者)。いやいや,これはなかなか高いハードルである。本書の内容を全てマスターしていれば,世界のどこに行っても通用するレベルの内科医である。それこそ「ドクターG」ならぬ内科医の最終兵器「ドクターZ」かもしれない。皆さんも楽しみながら,そのレベルをめざそうではありませんか。こんな素晴らしい本を出してくれた編者・執筆者の先生方にあらためて感謝。内科を学ぶ全ての先生にお薦め,この内容でこのお値段はバーゲン・プライスである。

A5変・頁654 定価:本体5,500円+税 MEDSi
ISBN978-4-89592-821-2
http://www.medsi.co.jp/

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