医学界新聞

対談・座談会

2015.10.26



【対談】

口から食べる喜びを支える
包括的評価を用いた,高齢者の摂食嚥下障害へのアプローチの提案
小山 珠美氏(伊勢原協同病院看護師/NPO法人口から食べる幸せを守る会理事長)
前田 圭介氏(玉名地域保健医療センター 摂食嚥下栄養療法部・NSTチェアマン・内科医長/NPO法人食事ケアサポーターズ理事長)


 看護において食支援の優先順位は低く,行ったとしてもその内容は口腔ケアのみに注目されることが多かった。そのような中,小山珠美氏は患者を生活者として評価してケアに取り組むことを提案している。氏が作成した「KT(口から食べる)バランスチャート」は,患者の強みとなる部分を生かしながら,弱い部分をサポートしていくためのツールとして期待される。本紙では,熊本県で食事ケアサポートに取り組む前田圭介氏とともに,摂食嚥下障害を持つ要介護高齢者への口から食べる支援についてお話しいただいた。


前田 私が「口から食べる喜びを支えたい」と考えたのは,父がくも膜下出血を起こし,重度の摂食嚥下障害になったことがきっかけでした。

 当時は消化器外科医として病院に勤務しており,NST(Nutrition Support Team)にもかかわり,嚥下造影検査なども行っていました。しかし摂食嚥下障害のリハビリテーションに関する知識は持っていなかった。それで,勉強をして脳卒中リハビリテーション病院に転職しました。すると勤務するうちに,患者さんの中には摂食嚥下障害が治っていく方となかなか治らない方がいることに気付きました。なぜだろうと疑問に思って要因を探ってみると,どうやら要介護高齢者は治りにくい。高齢患者の摂食嚥下障害は脳卒中だけが原因なのではなく,元々食べるための機能全般が低下しているためだと考えました。そこでさらに,現在勤務している玉名地域保健医療センターに移り,要介護高齢者を対象として,生活者としての患者全体をみた摂食嚥下障害リハビリテーションに取り組みはじめました。

小山 私が問題意識を持ちはじめたのは20年以上前のことです。経管栄養療法が普及したことで,本来は経口摂取できるはずの患者さんにまで,「誤嚥の危険がある」などと言って,食べることを禁止するケースが散見されるようになりました。もちろん経管栄養が必要な方もいますし,家族や本人の希望で経管栄養となることもあるでしょう。しかし一方で,必要かどうかが十分検討されていない方,適切なケアを行えば食べる能力を回復できたかもしれないのに食べる機会を奪われてしまった方もいるのではないかと感じることが多々ありました。

摂食嚥下障害を包括的に評価し,多職種で支援する

小山 これまでの摂食嚥下障害の評価は,患者さんの部分的な機能を対象としたものが主でした。本人は好きな物を食べ続けたいと願っているにもかかわらず,嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査などの一側面で経口摂取は困難という評価が下され,胃ろうになったり食物形態が下げられたりということもあるのではないでしょうか。しかし実際に食べることができるか否かは,一つの要因だけで決まるわけではありません。

 看護では,患者さんを身体の一面だけでなく,生活者として全体をみるよう教育を受けます。同様に,摂食嚥下障害者をみるのではなく,食べ続けたいと願っている人としてみるということです。患者さんの主体的な生活は,その人の強みや頑張りを主軸として,弱みや不足を改善するためのケアやリハビリテーション,周囲の人たちのサポートがあって成り立ちます。同じように,摂食嚥下障害も,食べる・飲み込むという過程の一部分だけではなく,包括的に評価した上で,多面的なケアプランを立ててアプローチしていくことが大切です。

前田 加齢に伴う変化で食べる機能が落ちている方々には,嚥下機能のリハビリテーションだけをすればいいというわけではない。全身の評価が必要です。

小山 そこで,「KT(口から食べる)バランスチャート」を考案しました。嚥下に直接かかわる機能だけでなく,全身状態や姿勢等の13の項目(図1)を通して,状態を包括的に評価するツールです。臨床での実践を基に,1)心身の医学的視点,2)摂食嚥下の機能的視点,3)姿勢・活動的視点,4)摂食状況・食物形態・栄養的視点という4つを軸に,多職種で作成しました。

図1 口から食べるための包括的評価視点と支援スキルの要素1)

 それぞれを単に点数化するだけではなく,5段階のレーダーチャート(図2)に表示することで,その人の全体像における強みと弱みを可視化できます。これにより,不足している部分を補いつつ,具体的なアプローチや対応策を工夫できるようにと意図しました。

図2 介入時のKTバランスチャート1)(初回評価時一例)

前田 チャートで示されるので,食べられる・食べられないだけでなく,食物形態,維持すべき項目,力を入れるべきケア・リハビリテーションについても多職種で共有して検討しやすくなりますね。

小山 摂食嚥下障害の患者さんをみるのは,医師・看護師・言語聴覚士・理学療法士・作業療法士・歯科衛生士・介護士を含むチームであり,家族です。この点も重要と考え,各項目の指標には専門知識や特別な検査がなくても観察などで判断できる内容としました。

前田 観察でわかる指標から,ある程度の強み・弱みが見えるというのは革新的です。

小山 本チャートの評価さえすれば,専門的な検査や評価が全く必要ないというわけではありませんが,チーム全体の共通言語として役立つと考えています。

 これまでは多職種共通の指標がなく,食べるための支援方法も,中心となる専門職が決めていました。医師や言語聴覚士が「検査の結果,経口摂取は難しい」と言えば,他の要素がどのような状態であれ,経口摂取は諦めざるを得ませんでした。本チャートを用いれば,全体像を共有でき,「この機能以外は強みも多い。こういった支援をすれば食べられるようになるはずだ」と,可能性のある取り組みを他職種も考え,提案できるようになるのではないかと期待しています。

前田 書籍『口から食べる幸せをサポートする包括的スキル――KTバランスチャートの活用と支援』では,評価方法だけではなく,それぞれの評価項目を改善していくヒントも示されていることが特徴ですね。

小山 評価は目的ではなく,あくまで手段です。評価をもとに目標を設定したら,ステップアップするための介入方法を考える必要があります。多くの人たちが,口腔ケアや食事介助などの支援スキルを高めることで,これからも続く高齢社会で食べる希望がつながると確信しています。

 KTバランスチャート評価基準一例 「①食べる意欲」1)

効果を可視化することで食支援の評価につなげたい

小山 現在私が感じている問題の一つに,食支援に関する診療報酬が不十分という点があります。

前田 「摂食機能療法・経口摂取回復促進加算」はありますが,専従の常勤言語聴覚士が1名以上という条件もあり,ハードルが高いですよね。経口摂取回復率3割5分以上というのも,回復期リハビリテーション病院ならクリアできるでしょうが,一般病棟と回復期リハビリテーション病棟が混ざった病院では難しそうです。

小山 患者さんが寝たきりで,経管栄養のほうが診療報酬が高いという現状では,食支援を行いADLを拡大しようという動きはなかなか広がりません。

 また,現場の評価が不十分という点も課題であると考えています。適切な支援をすれば食べ切れたかもしれない食事も,ただ配膳しただけではベッドサイドに置かれたままで残されてしまうこともあるでしょう。実際には「適切に食べさせていない」ことが多いのですが,記録としては「摂取量2割」「覚醒不良」「むせ」などと記され,栄養方法の検討の際には「食べられない」から経管栄養という結論にもなり得えます。

前田 当院は嚥下リハビリテーションに力を入れているため,「食べられる可能性があるかもしれないので,診てください」と他院で胃ろうを造設した方が来院することもあるのですが,そういう方は適切に評価をしてリハビリテーションをすれば,特別な取り組みはしなくても回復することが多いです。

小山 投薬や褥瘡ケアのための体位変換などと比べると,食支援による効果が現時点では見えにくいことも問題の背景にあると思います。患者さんの健康状態は看護の力で改善できるということを示していかねばなりません。

前田 もう何年も経口摂取をしていない状態になった後では,回復させるのに難渋します。摂食嚥下障害は早い段階で評価し,きちんと対応していく必要がありますね。入院中は3食全てに看護師さんがかかわります。ぜひ,食支援の要になってほしいと思います。

 また,在宅や介護施設に移行した後にも食支援が続けられるよう,看護師さんに指導的な役割も果たしてほしいですね。可視化されたツールがあれば介護士さんやヘルパーさん,ご家族への説明の助けにもなると思います。

小山 介護報酬には「経口移行加算」や「経口維持加算」の項目ができ,食べる楽しみを維持するための取り組みを行う医療者・介護者が増えてきました。本チャートはミールラウンドでも多職種で可視化できますし,介護予防のケアプランにも活用できます。

 成果が見えることはモチベーション向上にもつながりますので,ぜひ活用してほしいと思います。

なぜ「口から食べる」ことにこだわるのか

前田 すでに食支援に取り組んでいる方々は感覚的にメリットを感じているかと思いますが,エビデンスとして示していければ,制度も変わっていくのではないでしょうか。医師は,さまざまな場面で禁食させるのに慣れてしまっているので,高齢者に対しても誤嚥などのリスクがあるなら禁食という判断になりがちです。しかしそれにはエビデンスがありません。むしろ,禁食を強いることで要介護高齢者の嚥下機能が落ちること2)や,禁食は短期間にして早期に経口摂取を始めたほうが,退院時に3食経口摂取している率が高く,早期退院できることを示した研究結果3)も出ています。

 床上臥床するよりも早期離床したほうがよいというエビデンスが出てきたように,禁食についても「短期間で終わらせたほうがいい」「禁食はしないほうがいい」というエビデンスが増えてくると考えています。さらには,その際には多職種で包括的に取り組むと成功につながりやすいということも示していきたいですね。

小山 食べない状態が続くことのデメリットを挙げると,唾液分泌が減少し,口腔が乾き,殺菌作用が低下するため口腔が菌の温床となり疾病にかかりやすくなる。気道呼吸がしづらくなり,脳の働きが低下し,廃用症候群への連鎖も生まれる,などでしょう。何より空腹が満たされないことは生きる希望を奪い,生気を失わせます。

 もちろん,健康上の問題で著しく衰えている方に,必要な栄養全てを口から摂取させようという意味ではありません。自然の摂理に逆らわない範囲で口から食べればいいと思います。個別によってはある程度は口から食べ,不足する分は経管栄養を併用して補うというかたちでもよいのではないかと考えています。

 口から食べることは,人間としての尊厳であり,より幸せに生きる権利として保障されるべきものです。日常としての「食べる」ということを可能なかぎり支えていく医療・福祉をめざしたいですよね。

前田 食支援は,その方の社会的な統合をめざすソーシャルワークだともいえます。人間は食べられないと生きていけませんし,食べることで精神活動も活発になります。当院ではKTバランスチャートを用いた多職種での評価やケアプラン作成を始めており,有用性を感じています。

小山 臨床で実際に使ってみていただきながら事例を積み重ね,妥当性の検討やより適したツールへの改良もしていきたいと思います。

(了)

参考文献
1)小山珠美編.口から食べる幸せをサポートする包括的スキル――KTバランスチャートの活用と支援.医学書院;2015.pp14-17.
2)Maeda K, et al. Tentative nil per os leads to poor outcomes in older adults with aspiration pneumonia. Clin Nutr. 2015 (in press).
3)Koyama T, et al. Early commencement of oral intake and physical function associated with early hospital discharge with oral intake in hospitalized elderly adults with pneumonia. J Am Geriatr Soc. 2015 (in press).


こやま・たまみ氏
1978年国立熊本病院附属看護学校(現・国立病院機構熊本医療センター附属看護学校)卒。神奈川リハビリテーション病院,東名厚木病院勤務を経て2015年より現職。12年NPO法人「口から食べる幸せを守る会」設立。直接的な医療活動だけでなく,口から食べることの大切さについての普及・啓発活動も行い,よりクオリティーの高い食支援ができる人材育成を図る。KTバランスチャートの使用方法など,セミナー・研修会も定期的に開催している。
NPO法人口から食べる幸せを守る会

まえだ・けいすけ氏
1998年熊本大医学部卒。2005年よりへき地病院,急性期病院,介護施設,回復期リハビリテーション病院等で診療,11年より現職。13年よりたまな在宅ネットワーク事務局長,同年にNPO法人「食事ケアサポーターズ」を設立。熊本県玉名市で介護関係者や介護施設を対象に勉強会を行うなど,医療と介護,歯科と医科の協働をテーマに活動中。

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