医学界新聞

寄稿

2015.10.19



【寄稿】

心不全患者のmalnutritionと栄養管理の方法

小笹 寧子(京都大学大学院医学研究科循環器内科学助教)


 生物としての人間が健康に生きるための要件を挙げるとしたら,栄養,運動,睡眠,環境などが候補に挙がるだろう。最も大切なものはと言えば,それは栄養ではないだろうか。われわれの身体は全て,食物に含まれる栄養素によって成り立ち,生体内でエネルギーを用いて糖質・たんぱく質などを合成する「同化」と,逆に糖質・たんぱく質などを分解してエネルギーを取り出す「異化」を繰り返すことによって生きている。

 この同化と異化のバランスが取れていることは,健康を維持するために必要不可欠である。たとえ,毎日運動をしていても,栄養状態が適切でなければ,同化よりも異化が進み,最終的には自己の筋肉組織もエネルギー源として活用され,その結果高齢者ではサルコペニア(筋肉量減少と身体機能低下を認める状態)に陥ってしまい,健康が維持できなくなってしまう。

栄養障害,体重減少を認める心不全患者は予後不良

 心不全患者において,栄養障害(malnutrition),体重減少を認める状態は「心臓悪液質(cardiac cachexia)」と呼ばれ,予後不良を示す指標の一つとさえ考えられている1)。ただ,欧州臨床栄養代謝学会が低栄養の心不全患者に対する栄養管理の必要性を指摘しているものの2),まとまった報告は少ない。本邦の診療ガイドラインにおいても,塩分制限や水分制限の推奨のみにとどまっており,具体的な栄養管理に関する記載は乏しいのが現状である3,4)

 まず,ここでは心不全とmalnutritionの関連性について解説したい。心不全では,低拍出とうっ血によってほとんどの病態が説明できる。低拍出によって生じる腸管虚血は,消化管粘膜の障害,蠕動運動の低下を引き起こし,ここに消化管うっ血による腸管浮腫が加わって栄養の吸収低下をもたらす。また,腹部膨満感,食欲低下によって,経口摂取量が低下する。肝うっ血は吸収した栄養素からアルブミンを合成するといった重要な同化作用を低下させる。さらに,心不全患者では炎症性サイトカインが増加しており,異化亢進状態にある――。以上のような機序によって,心不全患者では同化よりも異化が亢進しやすく,malnutritionに陥りやすい。それにもかかわらず,実臨床の場では,浮腫による見かけの体重増加があるために,心不全患者のmalnutritionの発見が遅れてしまうことも少なくない。

SGAとODAを組み合わせ,心不全患者のmalnutritionを評価する

 心不全患者の診療においては,個々の患者の栄養状態を評価し,malnutritionに陥っている患者,そのリスクのある患者を見つけることが必要だ。栄養状態の評価方法としては,主観的包括的栄養アセスメント(subjective global assessment;SGA)と客観的栄養指標アセスメント(objective data assessment;ODA)の2つが挙げられる。SGAは問診などによる食事摂取状況の評価や身体所見から,評価者が主観的に栄養状態を評価する。ODAは,血液検査などから栄養指標の数値をもって客観的に栄養状態を評価する。ODAには,血清アルブミン値,総リンパ球数,総コレステロール値から栄養状態を評価するCONUT法(controlling nutritional status,5)などが有用だ。

 CONUT法による栄養状態の評価(文献5をもとに作成)
近年報告された簡易栄養評価法。血清アルブミン値,総リンパ球数,総コレステロール値をスコア化し,それらを積算して求めた0-12点の「CONUT score」から,栄養状態を4段階で評価する。

 Malnutritionを発見するためには,SGAとODAを組み合わせ,総合的に評価していく必要がある。仮にハリス・ベネディクトの式6)で求められる必要エネルギー量を経口摂取できているような場合であっても,実際には吸収障害からmalnutritionに陥っている患者や,前述のように浮腫による見かけの体重増加がある患者もいることから,SGA単独ではmalnutritionの評価を誤ることがある。一方,総リンパ球数は感染や侵襲の影響を受けるし,総コレステロール値にしても脂質異常症治療薬などの薬剤の影響を受けたり,また,血液検査では測定誤差や,循環血漿量による希釈と濃縮の影響もあったりするために,ODA単独での評価にも限界がある。以上の理由から,SGA・ODAのどちらか一方で評価するのではなく,両者を組み合わせることで,より適切にmalnutritionに陥っている,またはそのリスクのある患者を見つけていくことが可能になる。

栄養管理は医師単独ではなく,多職種で行う

 心不全患者のmalnutritionを見つけた場合は,原因に応じた栄養管理プランニングが必要になる。前述した虚血やうっ血,浮腫以外にも,薬剤による味覚障害や,嗜好の問題,抑うつや認知機能低下による食事摂取量の低下,嚥下障害や消化器疾患の合併など,malnutritionの原因は多岐にわたっている。ベッド上の臥床状態などといった運動不足も,消化管蠕動の低下や同化作用の低下をもたらし,食欲不振の原因となり得るため,注意が必要だ。

 対応方法の検討に当たっては,例えば低拍出とうっ血が原因であれば循環状態の改善薬(強心薬による低拍出の改善や,利尿薬によるうっ血の除去),薬剤による味覚障害が原因であれば原因薬剤の中止や他剤への変更,嗜好の問題であれば食べやすい食事形態への変更……など,原因によって取るべき手段を考えていくことが求められる。

 以上からもわかるように,心不全患者の栄養管理には多面的な評価と介入が必要であるため,医師単独で行うのは困難だ。看護師,管理栄養士,薬剤師,臨床検査技師,理学療法士などと共に多職種で行うことが望ましい。

 また,全ての心不全患者で栄養管理が重要だが,特に入院患者では栄養管理の全てが医療者に委ねられることから,定期的な栄養状態の評価と,栄養管理プランニングおよびプランの見直しが必要となることも付け加えておきたい。

 まだ,心不全患者の栄養管理の知識が医療者にいきわたっているとは言いがたい。そこで筆者の地域では,国立循環器病研究センター臨床栄養部・移植医療部の簗瀬正伸氏と筆者が代表世話人となり,2014年に関西心不全栄養療法研究会を発足させた。同研究会では,症例検討カンファランスや,心不全診療の第一線で活躍している専門家による講演を通じ,心不全患者における栄養管理の方法を検討している(次回は2016年2月に大阪で開催予定)。こうした取り組みなどを通じ,心不全患者の栄養管理の知識を深め,それらを多くの医療者と共有し,適切な対応が広がっていくことを期待したい。

参考文献・URL
1)Anker SD, et al. Prognostic importance of weight loss in chronic heart failure and the effect of treatment with angiotensin-converting-enzyme inhibitors: an observational study.Lancet.2003;361(9363):1077-83.[PMID:12672310]
2)The European Society for Clinical Nutrition and Metabolism.ESPEN Guidelines on adult enteral nutrition.2006
3)日本循環器学会.急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
4)日本循環器学会.慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)
5)Ignacio de Ulíbarri J, et al.CONUT:a tool for controlling nutritional status. First validation in a hospital population. Nutr Hosp. 2005;20 (1):38-45. [PMID:15762418]
6)Harris JA, et al. A biometric study of human basal metabolism.Proc Natl Acad Sci USA. 1918;4 (12):370-3.[PMID:16576330]


おざさ・ねいこ氏
2000年京都府医大医学部卒。08年京大大学院医学研究科循環器内科学博士課程修了(医学博士)。09年より現職。大学院在学中より,循環器疾患臨床研究,重症心不全・心臓リハビリテーション診療に従事。日本心臓リハビリテーション学会評議員,関西心不全栄養療法研究会代表世話人を務める。

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