医学界新聞

インタビュー

2015.10.19



【interview】

院外処方箋への検査値印字で保険薬局との協働を

石井 伊都子氏(千葉大学医学部附属病院薬剤部 教授・部長)に聞く


 医薬分業の在り方に関する議論がさかんになるなか,「医師の処方をチェックして安全性を高めるという役割を保険薬局は果たしていない」などの指摘がある。ただ,病名や検査値などの情報を得られない状況で,薬剤師が本来の専門性を発揮するのは難しいのも事実ではないだろうか。

 近年になって,院外処方箋への検査値印字の取り組みが複数の病院で始まっている。本紙では,そのうちのひとつである千葉大病院を取材。導入の経緯や成果,保険薬局との協働に向けた展望について聞いた。


――千葉大病院が院外処方箋への検査値の印字を開始したのが2014年10月28日です。その経緯を教えてください。

石井 院外に先行して,2011年には院内処方箋への検査値印字を開始しています。その契機となったのは,プラザキサ®に関して2011年に発出されたブルーレター(安全性速報)です。

 プラザキサ®の市販後に重篤な出血性の副作用が数多く報告され,死亡例では高度の腎障害患者も含まれていました。しかし添付文書には,「高度の腎障害(クレアチニンクリアランス30 mL/min未満)の患者」は禁忌であることが明記されています。「禁忌事例や致命的な事例を薬剤師が発見するためには検査値の確認が必要であり,簡便で単純な仕組みを構築してその役割を果たしたい」というのが最初の発想です。

 検査値の印字を院内処方箋に導入すると,さまざまな成果が出ました。その一方で,院外処方箋は外来処方の99%に達していました。「医療の質を保つために,この取り組みを院外処方箋にまで広めるほかない」と決断したのが,導入の経緯です。

固定検査値と医薬品別検査値に区分して印字

――検査値印字の導入に際して,どのような点に工夫されましたか。

石井 検査値を,全ての処方箋に共通して印字する「固定検査値」と,薬剤ごとに印字する「医薬品別検査値」に分けた点が当院の大きな特徴となります(図1)。

図1 千葉大病院が発行する院外処方箋に印字された検査値シート(見本)

 処方箋への検査値印字それ自体は,いくつかの大学病院が当院よりも先行して始めていました。ただ,そこに印字されているのは,私たちが「固定検査値」と呼んでいる検査値情報に限られていたのですね。そこから経験の浅い薬剤師が疑義照会にまでたどり着くのはかなり難しい。

 そこで当院では,添付文書の禁忌・警告欄に検査値関連の記載がある検査値を「医薬品別検査値」と名付け,薬剤ごとに印字しました。さらに,院外処方箋への検査値印字の目的を❶禁忌薬の投与回避,❷過量投与の回避,❸重篤な副作用の発現防止と定め,医薬品別検査値が❶と❷,固定検査値が❸を実現する手段としました。

――医薬品別検査値がどのように役立つか,具体例で教えてください。

石井 まず,「❶禁忌薬の投与回避」は,添付文書の禁忌・警告欄に検査項目の記載があるものを印字します。例えば,バリキサ®の添付文書には,「【禁忌】好中球数500/mm3未満または血小板数25,000/mm3未満等,著しい骨髄抑制が認められる患者」とあります。この場合の医薬品別検査値は,のAように印字されます。

 医薬品別検査値の印字例

 「❶禁忌薬の投与回避」ではそのほかにも,病態に対する禁忌を検査値に置き換えて印字します。例えば,ティーエスワン®の添付文書では「重篤な骨髄機能抑制」がある場合に禁忌とされています。これを検査値に置き換えて表のBのように印字されます。

 「❷過量投与の回避」は,添付文書に「腎機能に応じた用量調節」の記載がある薬剤(例:クレアチニンクリアランスによる投与法の変化),『CKD診療ガイド2012』1)の「付表:腎機能低下時の薬剤投与量」に記載がある薬剤を医薬品別検査値印字の対象としています。

――「❸重篤な副作用の発現防止」のための固定検査値16項目は,どのように選ばれたのですか?

石井 根拠を明確に示すために,「重篤副作用疾患別対応マニュアル」2)をもとに選択しました。自覚症状で早期発見できない副作用,または自覚症状よりも先に検査値が変動する副作用をマニュアルから抽出し,関連する検査値を印字しています。また,一般検査項目以外の検査,早期発見に使用できないものは除外しています。そこまでやって16項目に絞り込んだのです。

――これら全て,千葉大病院薬剤部が独自につくったのですか?

石井 信じられないでしょ(笑)。2700以上の採用薬剤の添付文書,ガイドラインやマニュアルを読みあさって,処方箋のマスターシステムに落としこむ。検証期間を含めると1年近くの間,スタッフは本当によくやってくれました。

保険薬局・製薬会社との勉強会が生涯教育の場へと発展

――院外処方箋への導入に際して,医師や保険薬局の反応はいかがでしたか。

石井 医師に関しては,「検査値だけがひとり歩きして誤解が生じては困る」といったネガティブな反応も予想していたのですが,実際は大賛成で拍子抜けしました(笑)。話し合いの過程では,「薬剤師の専門的な視点がよく理解できた」「医療に貢献する素晴らしい試みだ」といったエールも送られてうれしかったですね。

 保険薬局に対しては,導入前に勉強会を4回実施したところ,毎回300人以上の参加者で立ち見となるほどの盛況でした3)。保険薬局の薬剤師さんはこれまで,処方箋や「お薬手帳」などの限られた情報しか与えられず,病名や体調を患者さんから聞き出すしかなかったのです。しかも,全ての患者さんが必要な情報を話してくれるとは限らない。禁忌や過量投与,副作用のリスクを判断して,疑義照会を実施できるような環境ではありませんでした。ですから,もどかしい思いをずっとしてきたのではないでしょうか。

――「責任が重くなる」といった抵抗感はなかったですか。

石井 一部ありましたね。しかし実際は,検査値があろうとなかろうと,処方箋を受け取った時点で薬剤師としての責任は発生しています。ですから,「疑義照会の責務を果たすための情報提供であることを理解してほしい」とお伝えしました。ただ,意欲的な保険薬局でもアンケートを取ると「適切に対応できるか不安」という意見も多いですし,継続的な勉強会の実施などフォローアップ体制は整えています。

――定期的に勉強会をされて,立派な生涯教育の場ですね。

石井 そう思います。今年度は薬学部とも連携して,病態メカニズムなど薬学の視点をさらに盛り込んだ内容になっています。また,以前は平日夜間のみでしたが週末開催を追加し,お子さんがいたり遠方勤務だったりして平日夜間の参加が難しい薬剤師さんの参加を促しています。さらに今後は,市の薬剤師会との連携を強化して研修の場を広げるほか,内容に関しても現場のニーズに即した症例ベースのレクチャーを増やしていく予定です。

 製薬会社のMRさんに参加を呼び掛けていることも勉強会の特徴です。なぜかというと,300人を超えたからといって全ての保険薬局をカバーできるわけではありません。MRさんの協力が大事になるのです。「資料はオープンにしますから,自社で販売している薬剤の箇所だけでもいいのでしっかりと説明してください」とお願いしたところ,休日返上で自主的に参加してくださるMRさんも増えてきました。

疑義照会件数が飛躍的に増加,検査値と症状の有無まで聴取

――実際の疑義照会はどのように行っていますか。

石井 当院の場合,疑義照会の窓口は医薬品情報室(DI室)となっていて,医師とも事前協議の上で,DI室の薬剤師が保険薬局に直接回答するか,医師に疑義照会を行うかを判断しています。この方式だと,疑義照会内容のデータが取りやすいですし,保険薬局側からみれば“ちょっとした疑問・質問”に類する疑義照会も躊躇せず行えるという利点があります。

 興味深いのは,疑義照会の質が徐々に変化していったことです。運用開始直後は,「検査値の横にHやLがあるけど,どうしていいかわからない」といった基本的な質問が,疑義照会としてたくさん入って来るのですね。それに対してDI室が,処方箋と添付文書の付け合わせ方から教えていました。

――まずは教育的に関わって,検査値の考え方を共有するわけですね。DI室は大変そうですが。

石井 「地域に開かれたDI」と自ら公言しています(笑)。運用当初は,丁寧なやり取りを何度も繰り返すことがとても大事です。それが次の段階になると,「カリウム値が3.2と低値ですが,フロセミドは継続でいいですか?」と,検査値に基づく疑義照会になっていくのです。

 そして,私たちが今めざしているのはさらに上,検査値と症状の有無に基づく疑義照会の段階です。先ほどの例で言えば,「カリウム値が3.2と低値です。検査値は横ばいですが,脱力感があるようです。フロセミドはこの量で継続していいですか?」となってほしい。というのも,有害事象共通用語規準のCTCAEで低カリウム血症のgrade分類をみると,治療を要するのはgrade 2以上です。ただ,grade 1とgrade 2の検査値は同じ。つまり,治療の要・不要は,検査値に加えて,症状の有無で決まってくることが多いのです。

――なるほど。

石井 「検査値の確認からもう一歩踏み込んで,症状の有無を患者さんに聞いてください」と繰り返しお伝えして,今はそこまで実行してくれる薬局薬剤師さんが増えてきました。この変化はすごく大きいです。

「チーム医療型地域連携」で薬局と病院が薬物療法を協議

石井 図2は,運用開始から8か月間のデータです。検査値関連の疑義照会件数は,それまでほぼゼロだったのが400件になりました。そのほとんどは「医薬品別検査値」の情報が端緒となっており,確認すべき項目が明確になった成果だと分析しています。

図2 疑義照会状況(調査期間:2014年10月28日-2015年6月30日の約8か月間)

 内訳をみると,400件のうち医師への疑義照会を行ったのは221件,処方変更につながったものが85件あります。その分類をみると,高齢者で注意を要する「腎機能に応じた投与量の変更」がやはり最多ですが,「禁忌事例」も18件含まれています。

――この数字をどう評価しますか。

石井 日本医療機能評価機構による医療事故情報収集等事業において,禁忌薬剤の投与事例は4年間で8件報告されています4)。一概には比較できませんが,「8件もあった」のではなく「8件しか見つかっていない」のだろうと推察しています。

――事故には至らないまでも,禁忌事例が見過ごされている実態はありそうですね。さらなる医療安全の推進に向けて,今後の課題は何でしょうか。

石井 当院の場合は,処方箋応需率の5割がいわゆる門前薬局なのですが,検査値関連の疑義照会率となると門前薬局で9割近くを占めてしまいます。それ以外の保険薬局からの疑義照会はまだまだ少ない。しかも,門前薬局の間でも疑義照会率に差が認められます。実力のついた保険薬局の中には,千葉大病院以外の処方箋を持ち込んだ患者さんに対しても検査値が記録された紙を持っていないかを尋ねて,疑義照会にまでつなげたケースがあります。一方で,ようやく重い腰を上げた薬局もあります。地域の保険薬局全体の底上げが課題と言えますね。

――厚労省は「かかりつけ薬局」を推進する一方で,今年6月には政府の規制改革会議が医薬分業に関する規制緩和を答申に盛り込むなど,保険薬局の在り方が問われています。

石井 真の意味で「かかりつけ薬局」を実現するためには,保険薬局が“かかりつけ”であるべき理由が必要です。疑義照会を通して,保険薬局と病院が薬物療法について協議するような「チーム医療型地域連携」へと発展させなければならない。その大前提としては情報の共有があり,院外処方箋への検査値印字が有効な手段になり得るのだと考えています。

(了)

参考URL
1)日本腎臓学会編.CKD診療ガイド2012.
http://www.jsn.or.jp/guideline/pdf/CKDguide2012.pdf
2)重篤副作用疾患別対応マニュアル.医薬品医療機器総合機構.
3)保険薬局の皆様へ.千葉大病院薬剤部(処方箋見本,勉強会参考資料などの掲載)
4)医療事故情報収集等事業 医療安全情報 No.86禁忌薬剤の投与.公益財団法人日本医療機能評価機構.2014年1月.
http://www.jshp.or.jp/cont/14/0127-1.pdf


いしい・いつこ氏
1988年千葉大薬学部卒。同大薬学部生化学研究室および病院薬学研究室の教務職員・助手を経て,99-2000年米国National Institute of Healthの博士研究員。03年千葉大大学院薬学研究院病院薬学研究室の准教授に就任。12年9月より現職。現在は,地域医療との連携を見据えた医薬品情報業務の充実,周術期患者への薬学的管理の徹底など業務改善を行っている。

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