24年のブランクを経て(李啓充)
連載
2015.07.06
還暦「レジデント」研修記
24年ぶりに臨床に戻ることを決意した還暦医師の目に映った光景とは。
全4回の短期集中連載でお伝えします。
【第3回】
24年のブランクを経て
李 啓充(大原綜合病院内科)
(前回よりつづく)
前回までのあらすじ:震災復興の一助となるべく24年ぶりの臨床復帰を決意した私は,市立恵那病院(岐阜県)で再研修を受けることになった。
24年のブランクの後,今浦島として日本の医療現場に復帰した私は,当然のことながらその変貌の大きさに目を見張った。驚かされた変化をいちいち数え上げたらそれこそ切りがないのだが,私が最も違うと思った変化は,外来で,CTが,まるで昔の単純写真のようにルーティンに(「気軽に」と言ったほうがいいかもしれない)使用されていることだった。研修医時代に理学所見を正確にとらえることの重要さを厳しく叩き込まれたものだが,外から文字通り「手探り」で得る情報の質と量が,中を直接のぞき込むCTのそれにかなうはずもなく,CTの「答え」と照らし合わせて自分の「やぶ」のほどを再認識させられる経験を繰り返すこととなった。
CTがルーティン化していたことはその典型だが,私が驚かされた変化のほとんどが「技術的」なものであったのとは対照的に,臨床医としての立ち位置の取り方にはさほど戸惑うことはなかった。患者とよく話すこと,知らないことは調べること,知っていると思うことも一度再確認したほうがよいこと……などと,心掛けるべき原則に変わりはなかったし,昔と違って,インターネットやUpToDate®が使える分,調べる作業ははるかに簡単で効率もよくなっていた。研修医や大学院の時代はわざわざ図書館に足を運び,Index Medicus(註1)等で検索する作業を経た上でいちいち文献を読んだものだが,いまは,恵那の「田舎」(恵那市民の皆さんごめんなさい)にいても,コンピューターの前に座りさえすれば,たちどころに何でも調べられるのだから,便利な世の中になったものである。
当直が激務になる理由はどこに?
と,今浦島として,便利な時代に戻って来られたことは幸運であったのだが,赴任前に予想した通り,恵那病院での「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」は,私にとって,肉体的に非常に過酷なものであった。例えば,当直は他の若い先生方と変わらぬ頻度(月に2-3回)で当てられたのだが,ろくに眠れないことがほとんどであった。さらに,私の場合,当直そのものよりもつらかったのは,翌日の,外来とか救急当番とかのデューティーであった。当直でろくに眠れなかった疲れを持ち越したまま,計30数時間ぶっ通しで働き続けなければならなかっただけに,よわい60を超える今浦島の身にはこたえた(当直の疲れを癒やすために半日の代休を取ることが認められていたが,デューティーがある日に代休を取ることはできなかった)。
しかも,恵那病院の当直は原則として全科対応であり,整形外科であろうと小児科であろうと,内科の私が一人当直として全てに対応しなければならなかったのだから疲れは倍加した(逆に,当直に当たった整形外科や外科の同僚ドクターは黙々と内科患者を診ていた)。
さらに,内科の患者だけに限っても,なぜか続々と重症患者がやってくるので,私は,「厳しいことでは定評のあった天理のレジデント時代より恵那の当直のほうがはるかに激務であるのはなぜか」と不思議に思うようになった。そこでデータを見てみると,人口10万人当りの病院勤務医数の全国平均が158人であるのに対して,恵那病院が属する「東濃」二次医療圏は110人(偏差値43)にすぎなかった。一方,天理よろづ相談所病院が属する「東和」二次医療圏は215人(偏差値59)であり,恵那の当直が激務となる理由の一端が,病院勤務医の絶対的不足にあることは容易に推察された(註2)。
恵那での再研修中,忠実に守り続けた恩師の教え
激務となる真の理由が奈辺にあったかはともかくとして,私の場合,当直の疲れが取れないまま日常の業務をこなす日々が続く間に疲労が尾を引き,蓄積するようになった。その症状は「慢性の強い頭痛」として現れたが,くも膜下出血の家族歴を有するだけに,真剣に過労死の恐怖におびえることになったのだった。
還暦を過ぎた私が,青息吐息で辛うじて日々の業務をこなしたのとは対照的に,同僚の医師たちは,激務を物ともせず,黙々と働き続けていたので私は感嘆した。「黙々と」という言葉を使ったが,医局が総じて静かであっただけでなく,医師同士の会話は患者に関する相談がほとんどであり,人事や教授選のゴシップに花を咲かせた出身大学系列病院との違いは鮮烈だった。時代が違うからなのか,恵那病院運営母体の地域医療振興協会(自治医大系列と理解している)の文化が私の出身大学とは決定的に違うからなのかは定かではないが,私は強烈なカルチャーショックを受けたのだった。
と,肉体的にはつらい再研修であったものの,私は,研修医時代の恩師の教えを守ることに専心した。天理よろづ相談所病院初代総合診療部部長・今中孝信先生の「患者とはとことん話せ。病室には毎日最低2回訪れ,そのうち1回は椅子に座ってじっくり話せ」とする教えを,30数年経った恵那での臨床再研修中も,忠実に守り続けたのである。もっとも,年のせいでちょっと立ち続けるとつらいので,椅子に座って話したほうが楽という理由も大きかったのであるが……。
(この項続く)
註1:United States National Library of Medicine (米国立医学図書館)が発行した文献検索用印刷媒体。オンライン文献検索の普及とともに存在価値を失い,2004年に廃刊された。
註2:高橋泰, 他.地域の医療提供体制の現状と将来――都道府県別・二次医療圏別データ集 (2014年度版).日医総研ワーキングペーパー No.323.日医総研;2014.
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