医学界新聞

2015.05.18



Medical Library 書評・新刊案内


帰してはいけない小児外来患者

崎山 弘,本田 雅敬 編

《評 者》五十嵐 隆(国立成育医療研究センター理事長)

子どもの重症疾患の診断過程が手に取るようにわかる

 吉田兼好の「命長ければ恥多し」の言葉どおり,小児科医は誰しも臨床経験が長いほど臨床現場で「痛い」思いをした経験を持つ。私自身もプロとして恥ずかしいことではあるが,救急外来など同僚・先輩医師からの支援がなく,臨床検査も十分にできない状況にあり,しかも深夜で自分の体調が必ずしも万全ではない中で短い時間内に決断を下さなくてはならないときに,「痛い」思い,すなわち診断ミスをしたことがあった。かつての大学や病院の医局などの深い人間関係が結べた職場では,上司や同僚から心筋炎,イレウス,気道異物,白血病などの初期診療時の臨床上の注意点やこつを日々耳学問として聞く機会があり,それが救急外来などの臨床現場で大いに役立ったと感謝している。質の高い医療情報を獲得する手段が今よりも少なかった昔は,そのようにして貴重な臨床上の知恵が次世代に伝授されていたのだと思う。

 今回,崎山弘先生と本田雅敬先生が編集された『帰してはいけない小児外来患者』を拝読した。本書では,見逃してはならない小児の重症疾患の実例が,多岐にわたり丁寧に解説されている。

 初期診断時に重症疾患をどうして正しく診断できなかったか,そして,どのようなちょっとした契機により重症疾患の診断に気付かされたかが手に取るようにわかる。読んでいる途中で,昔のように自分が医局のこたつで上司や同僚から臨床上の貴重な知恵や注意点を伝授されている気がしてきた。

 日本小児科学会は「小児科専門医は子どもの総合医である」と宣言した。そして,小児科専門医としての到達目標を掲げ,最近数年間は主として若手小児科医を対象とした小児科専門医取得のためのインテンシブコースを毎年開催している。本書を拝読して,本書のような切り口で初期診断時に見逃される小児の重症疾患について教育する方法も有効ではないかと深く感じ入った。

 本書には,東京都立小児総合医療センターの職員が経験された貴重な実例の数々が示されており,まさに同センターの総力を挙げての壮大な仕事である。さらに,編集と執筆とを兼ねた崎山先生は同センターの前身ともいえる都立府中病院小児科にかつて勤務され,退職後も開業の傍ら同小児科で当直と夜間の救急外来を定期的に担当され,長い期間地域医療に絶大な貢献を果たしてこられた。同院小児科では本書に記載されているような,すぐには診断できなかった重症疾患の症例検討会が,横路征太郎部長の下で施設外の関連する小児科医と一緒に定期的に開催されていた。おそらく本書の企画には,このときの症例検討会の精神が深く反映されていると私は勝手に推測している。

 本書は日常の小児医療に従事する者にとって,臨床上の頂門の一針ともいうべき貴重な示唆を与えてくれる。臨床現場で小児医療に携わる者にとって本書は極めて有益であり,一人でも多くの関係者が手に取って愛読されることを祈る。

A5・頁224 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02138-8


これだけは気をつけたい
高齢者への薬剤処方

今井 博久,福島 紀子 編

《評 者》徳田 安春(地域医療機能推進機構(JCHO)本部顧問)

高齢者ポリファーマシーにおける脱処方時の参考書

 ポリファーマシーは患者に不利益をもたらす。コストが増大するだけでなく,副作用のリスクも高まるからだ。特に高齢者でリスクが高く,欧米ではそのエビデンスも蓄積してきている。急速に超高齢社会となったわが国でも問題となっており,われわれの一連の研究でもそのリスクが示されている。急性期病院への入院の原因となる急病のうち少なく見積もっても5%は薬の副作用によるものであった1)。STOPP基準(Screening Tool of Older Person’s potentially inappropriate Prescriptions criteria)によると,在宅医療の患者の約1/3の人々が不適切処方(Potentially Inappropriate Medication:PIM)を受けていたと報告されている2)

 このような状況で,ポリファーマシー患者の入院を受け入れている全国の急性期病院では,脱処方(De-Prescribing)の業務を行う役割を担っている。患者の利益と不利益をてんびんにかけながら処方分析を行い,不適切処方を減らす。退院時には,かかりつけ医師に電話で直接連絡を取り,退院時薬剤処方確認(Discharge Medication Reconciliation)を伝える。このような脱処方の任務を行うことが,ホスピタリスト医師の日常業務のうちの大きな部分を占めるようになった。

 典型的なケースを示す。介護施設でフレイルな状態にもかかわらず,15種類もの内服薬が処方されていた80歳代の寝たきりの高齢者が誤嚥性肺炎となり入院となった。原因と考えられる抗精神病薬(ドパミン遮断作用による嚥下機能障害がある)等を中止し,その他の不適切薬剤に対して脱処方を行った。その結果,元気に回復し,退院時薬剤処方確認では5種類となった。

 このような脱処方任務での参考資料として,高齢者で避けるべき薬剤リストを示した日本版ビアーズ基準は特に有用であった。これまでは日本版ビアーズ基準の具体的な利用方法が書かれた実践書はなかったが,ついに本書が登場した。本書「日本版ビアーズ基準の概要」では,ビアーズ基準誕生の歴史とともにその妥当性,科学性,透明性が示されている。また,高齢者の身体機能や生理機能の変化と薬剤処方での一般的注意を総論的な知識として提供している。高齢者によくみられる疾患の特徴に加えて,典型的な症状が出にくい,症状の原因が多種類の病態によって起こる,などの臨床推論にかかわるポイントも示されている。

 各論では,薬剤の種類別に日本版ビアーズ基準における代表的な不適切処方がわかりやすく記載され,その代替薬が示されている。本書の編者である今井博久先生はオリジナルの基準を作成した故Mark H. ビアーズ先生と親交を深められて,日本版ビアーズ基準を開発された。海外の素晴らしいメンターを持つことによってイノベーションを生み出すことのできる,よい例であると思う。

参考文献
1)Fusiki Y, et al. Polypharmacy and Adverse Drug Events Leading to Acute Care Hospitalization in Japanese Elderly. General Medicine. 2014 ; 15(2) : 110-6.
2)Hamano J, et al. Risk Factors and Specific Prescriptions Related to Inappropriate Prescribing among Japanese Elderly Home Care Patients. 2014 ; 15(2) : 117-25.

B6・頁288 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01202-7


生殖医療ポケットマニュアル

吉村 泰典 監修
大須賀 穣,京野 廣一,久慈 直昭,辰巳 賢一 編

《評 者》苛原 稔(徳島大大学院教授・産科婦人科学/日本生殖医学会理事長)

生殖医療ポケットマニュアルは必要にして十分な生殖医療の知識庫である

 生殖医学・医療の進歩は他の領域にも増して日進月歩である。だからこそ,この医療に携わろうとする者は日々新しい知識を吸収する必要があるが,診療に追いまくられて,分厚い教科書や最先端の文献を読む余裕がないのが臨床家の常である。それでも,多くの医療人は多忙な中で新知識を得ようと努力しているのも事実である。評者自身,日頃から,生殖医学・医療の基本的な概念から臨床に直結した最新情報までを網羅し,しかも臨床現場の身近に常にある情報源があればとても有用と思っていたが,適当な書籍がないと感じていた。

 このたび医学書院から『生殖医療ポケットマニュアル』が刊行され,拝見して,探していたものに遭遇したような驚きを感じた。本書は,生殖医療の臨床現場で必要とされる基本的概念から治療法の詳細,関連の法制度や資格制度までのあらゆる項目を網羅し,それぞれの項目に現在の日本で考えられる最高の執筆者陣を配して作られている。現代の生殖医療の最先端の知識が吸収できるように企画され,生殖医療を実践しようとする医療人が身につけておく必要のある高度で十分な内容を,この一冊に極めてコンパクトに要領よく詰め込んでいる。現代の生殖医療を知るのに最適な内容である。本書を企画された監修者は日本の生殖医療の第一人者であり,用意周到,必要十分をめざす企画意図が感じられる。また,編者は生殖医療のリーダーたちであり,企画意図をくんでオーソドックスで学問的な立場から編集しているのに感心する。

 本書は,生殖医療専門医をめざす産婦人科医や生殖医療の現場で活躍するメディカルスタッフを対象としたものと聞いているが,すでに生殖医療を専門にしている医師や臨床現場で毎日患者と向き合っているメディカルスタッフにも,情報の整理や患者への説明に大いに役立つ。さらに,生殖医療全般の最新知識を知りたい産婦人科専門医にも最適の知識庫として活用できる。その意味から,診療室の机の上に置いたり,白衣のポケットに入れておく価値のある書籍である。

B6変・頁452 定価:本体5,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02035-0


病を引き受けられない人々のケア
「聴く力」「続ける力」「待つ力」

石井 均 著

《評 者》花房 俊昭(大阪医大教授・糖尿病代謝・内分泌内科学)

その道を究めた達人が複雑な患者心理を解きほぐす

 本書は,糖尿病患者の心のケアにおいてわが国の第一人者である石井均先生が,雑誌『糖尿病診療マスター』で行われた対談の中から,9名の方々との対談を選んで集めたものである。そのうち8名は糖尿病を直接の専門とされる方ではない。対談者の専門分野は異なっているが,いずれもその道を究めた達人である。石井先生を聴き手として繰り広げられるこれらの対談では,石井先生ご自身の,「医療者として糖尿病患者の心理をどのように読み解き,どのように対応すべきか」という問い・悩み・迷いがそれぞれの対談者に投げ掛けられる。それに対し,人間という存在にそれぞれの専門的側面からアプローチしている各対談者が,自らの経験・学識・人間性に裏打ちされた深い洞察を踏まえ,見事に応えられる珠玉の言葉が随所にちりばめられている。相互啓発とはこのような対話をいうのであろう。各対談の最後には要約があり,各対談者の語られたキーワードが再掲されていることも,内容の理解を深めるのに役立っている。

 本書を読んで私が初めて知ったことも多い。現在,石井先生が提唱し主導されている「糖尿病医療学」が,今は亡き河合隼雄先生との対談の中で河合先生が語られた「『医療学』を創れ!」という言葉にその原点があり,河合先生に背中を押される形で実現したことを知った。また,日本糖尿病学会の現理事長であり糖尿病学研究の中心となっておられる門脇孝先生が,若き医師時代に多くの糖尿病患者さんと真摯に向き合われた診療姿勢にも感銘を受けた。

 糖尿病患者とはいかに不可思議な存在であるか,糖尿病とはいかに幅広く奥深い疾患であるか,人間とはいかに測り知れない動物であるか,さらには,それに対して糖尿病医療者はどうあるべきか。本書の読後にそのような感慨を覚える。

 本書は,糖尿病に興味を持つ学生,研修医,レジデントにとって,糖尿病患者の複雑な心を理解する手掛かりを提供してくれる。一方,すでに一人前の医師として診療している開業医,勤務医,とりわけ,糖尿病患者の診療に従事している糖尿病専門医や医療スタッフには,日々の診療において思い当たる節や腑に落ちることも多く,日常臨床のヒントが満載された読み物となっている。糖尿病診療に従事する全ての医療者が本書に目を通し,患者に寄り添った真の糖尿病診療が行われることを願う。

A5・頁252 定価:本体2,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02091-6

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