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医学界新聞

レジデントのための「医療の質」向上委員会

「患者中心」とは何か,説明できますか?

連載 一原直昭

2015.05.18 週刊医学界新聞(レジデント号):第3125号より

 2015年4月21日, 日本専門医機構より,「総合診療専門医 専門研修カリキュラム(案)」1)が公表され,その一部として,総合診療専門医の6つのコアコンピテンシーが示されました。この中で,「人間中心の医療・ケア」として,「患者中心の医療」「家族志向型医療・ケア」「患者・家族との協働を促すコミュニケーション」といった事柄が挙げられました。医療者なら誰でもめざしているであろう「患者中心の医療」の実現は,従来,個人の努力に任され,その結果,能力の個人差を埋める機会がほとんどありませんでした。多くの医師が意識する専門医認定制度が,求められるコンピテンシーを明確にし,その中にこういった「ソフトな」技術を位置付けることになれば,それは素晴らしい前進ではないでしょうか。

 でも,この古くて新しい「患者中心」の考え方は,一体どういうことを意味してきたのでしょうか。

 ヒポクラテスの誓いを例に挙げるまでもなく,洋の東西を問わず,医術が患者に最善の利益をもたらすものでなければならないといった考え方は,古くからあったものと思います。

 しかし歴史を経て,医療は大きく変わりました。検査や治療を機器や薬剤に頼ることが多くなり,問診や身体診察,処置は隅に追いやられました。EBM(根拠に基づく医療)が確立して判断の客観性が重視されるようになり,「医療者のさじ加減」という言葉は時として良くない意味を帯びるようになりました。医療システムが複雑化し,個々の医療者が一人の患者に一貫してかかわったり,その生活背景を知ることは難しくなりました。医療のあらゆる場面で,お金の流れの影響が避けられなくなりました。さらにインターネットの普及を背景に,患者が専門的な情報に直接触れるケースも多くなり,医療者に求められる「説明」の技術も大きく変わりました。

 患者から見た現代医療の問題の多くは,実はこれらの現代医療の特質と大いに関係しています。だからこそ,「患者中心」の医療,といった概念があらためて定義され,その実現が模索されるようになったのです。「患者中心」という目標は,現代の医療環境に基づいて,適切に定義されなければなりません。そして現代の医療者には,「患者中心」の実現を阻むさまざまな要因を理解し,それらを一つひとつ克服していく能力(コンピテンシー)が求められているのです。

 「患者中心」といった話題になると,話が広がるばかりで具体的な改善計画なんて立たない,という経験はないでしょうか。その原因の一つは,私たちが「患者中心」を考えるときによって立つ経験が,一人ひとり異なることにあると思います。たしかに個人の経験は大事ですが,それは違って当然ですし,限界があります。共通言語を持って,もっと体系的に考えることはできないのでしょうか。

 ここで,2001年のIOM報告書2)で用いられた「患者中心」の枠組みをに示します。これは,1993年に出版された,6000人以上の患者と2000人以上の患者家族等を対象とした調査の結果3)に基づいています。やや古く,国外のデータですが,読者もほぼ納得できるのではないでしょうか(ここでは,しばしばみられる言葉の使い方を鑑みて,一部を狭義の「患者中心」としてまとめました)。

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 「患者中心」の分類

1.狭義の「患者中心」

1-1.自分の考えや気持ちに沿っていること

 患者のニーズ,希望,好みをよく把握し,これらに応えることは,「患者中心」の医療の基本です。患者の気持ちは時間や病状とともに変化します。臨機応変に,気長に,丁寧に,話をしましょう。本人に合ったかたちで大事な意思決定に参加してもらうのも,腕の見せどころです。その人の生きてきた世界,歩んできた道にまで思いをはせることができれば,自分自身,医療の道を選んだ喜びを感じられるかもしれません。

1-2.じっくり話せること,十分な知識を得られること

 医療の効果や安全性を高めるには,患者が,傷病や治療についてよく知り,前向きに考えてもらうだけでなく,時として出来の悪い「医療」と上手に付き合ってもらわなければなりません。しかも,何でも細かく知りたい人から,相当簡略にまとめないと理解してくれない人,さらには,自分に都合の良くないことはなぜか全く耳に入らない強者(?)まで,患者もさまざまです。話す内容がいつも同じで良いはずはなく,いくつもの声色とか,経験談とか,もののたとえとか,時にはちょっと大げさなジェスチャーとか,いろいろな技術が必要になります。図表やビデオといった「教材」も積極的に使うべきですし,要点は紙に書いて,後で見返してもらえるようにすべきです。患者との距離を縮めようと心を砕けば,相手も心を開いてくれるかもしれません。

1-3.家族らと一緒にいられること

 病気をしたり入院をしたりするとしばしば,家族や友人から引き離されてしまい,不便で困ったり,心細い思いをすることがあります。患者のために医療者ができることには限界があり,家族や友人には,大切な役割があるのです。家族や友人を診療の場に迎え入れ,快適に過ごしてもらい,場合によっては説明や意思決定に参加してもらいましょう。家族や友人ともよく話し,この人たちにとってのニーズを把握し,可能な限り応えます。そして,何かと不便な医療の場に足を運んでくれる方々には,頭を下げて「いつもありがとうございます」と,お礼を言えるようになりましょう。

2.身体的な安楽

 残念ながら,医療が提供されていても,患者の疼痛,呼吸苦その他の身体的な苦痛が十分に緩和されていないことが多くあります。身体的な安楽の確保には,素早く,その人に合わせた,時には高度な管理が必要です。特に終末期においては,このような苦痛を取り除くことは非常に大切です。

3.心の支え

 傷病は,単に身体的な症状だけでなく,精神的な負担ももたらします。不確実性,疼痛への恐れ,障害,容姿の変化,孤独,金銭的問題,または傷病による家族内の問題といった,あらゆる傷病に伴う不安に耳を傾け,可能な限り支援することが必要です。

4.継ぎ目のないケア

 多くの患者は何人もの医師,さまざまな職種の医療者とかかわり,いくつもの部門や施設にかかります。ほとんどの患者は,こうしてさまざまな医療者や医療組織の間を行き来させられるうちに,不手際を経験したり,礼儀を欠く一部の医療者に不快な思いをさせられたりもするものです。それどころか,引き継ぎが不十分で危険にさらされることさえあります。こうした患者の状況をよく理解し,転院,施設入所や帰宅といったケアの移行が円滑に行われるように事前・事後とも手を尽くすのは,医療者の大切な責任であるにもかかわらず,しばしば不十分な部分です。

 

 いかがでしょうか。「患者中心」とは,実に奥が深く,高い目標ですね。一方で,意識して腕を磨けば,診療を楽しめるようになるし,不要な摩擦を避け,良い結果につなげられる部分でもあります。

 次回は,「患者中心」という目標を実現するための戦略を,「患者に参加してもらう医療」の考え方を中心に見ていきます。

▶ 「患者中心」の医療のために配慮すべき要素を理解する必要がある

▶ 「患者中心」は単なる理念ではなく,関連するさまざまな技術を身につけて,初めて実現できる

▶ 「患者中心」を理解するには,現代医療の仕組みを理解する必要がある


1)日本専門医機構.「総合診療専門医に関する委員会」からの報告.2015.
2)Crossing the Quality Chasm: A new health system for the 21st century. National Academies Press; 2001.
3)Gerteis M, et al. Through the patient's eyes: understanding and promoting patient-centered care. 1st ed. Jossey-Bass; 1993.

米国ブリガム・アンド・ウィメンズ病院研究員

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