tele-ICU導入の試み(讃井將満)
寄稿
2015.04.20
【寄稿】
集中治療医が遠隔から重症患者診療をサポートするtele-ICU導入の試み
讃井 將満(自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授)
集中治療の専門トレーニングを受けた集中治療医の関与が大きい集中治療室(以下,ICU)のほうが,関与の小さい場合に比べて診療効率,安全性,予後が改善することが明らかにされている。しかし,本邦においては集中治療医の絶対数が不足している状況があり,地域の重症患者が最良の診療を享受しているとは言いがたいのが実態であろう。
米国ではこの事態を改善すべく,集中治療医がネットワークを介して遠隔で重症患者診療の支援を行うシステム(以下,tele-ICUシステム)が確立されているが,本邦ではまだ普及しておらず,広く知られていない。本稿では,米国におけるtele-ICUシステムの現状と,当センターにおける取り組みについて報告する。
日米双方で見られる,集中治療医の構造的不足
各種の重症病態,例えば重症敗血症,ショック,急性呼吸不全,急性腎傷害,多臓器不全などに罹患した患者は死亡率も高く,危機に瀕した生命と重要臓器機能の維持・回復を図るためにICUに入室する。しかし,ICUという“箱”を用意しておくだけで,その目的が達成されるわけではない。重症患者診療に関しては,専門トレーニングを受け,ICUに専従し,その診療に深くかかわる専門医,すなわち集中治療医の関与が必要であるとされている。
実際,Pronovostらは,集中治療医の関与の程度と患者予後に関する26件の観察研究のメタ解析を行い1),low-intensity physician staffing(集中治療医の関与の小さい)ICUに比べ,high-intensity physician staffing(集中治療医の関与の大きい)ICUでは病院死亡率やICU死亡率が低いことを示した。これを受け,米国の医療評価機構であるLeapfrog Groupは,集中治療における患者安全と医療経済を重視し,「集中治療室は24時間体制で集中治療医が管理するか,主治医と共同して管理すべきである」と提言した。この提言のもと,Society of Critical Care Medicine(米国集中治療医学会)は集中治療医を増やす計画を立てた。
しかし,集中治療医は期待していたほどに増加せず,high-intensity ICUは米国でも依然として15%程度と言われている2)。この集中治療医が構造的に不足している状況は日本も同様であり,わが国では2005年の段階でわずか12施設にとどまっている3)。
インターネットを介し,集中治療医が地域の診療をサポートする
このような構造的な集中治療医の不足,Information and Communications Technology(ICT;情報通信技術)の発達とtelemedicine(遠隔医療)の普及を背景として,近年,米国を中心に,遠隔にいる集中治療医がネットワークを介して専門医の不足する地域病院ICUの診療支援を行うようになった。それがtele-ICUシステムであり,具体的にはネットワークを介し,地域にいるICU患者の心電図,血圧,酸素飽和度,呼吸数などの生体情報やカルテ情報,各種の検査情報,画像情報を共有し,さらに集中治療医と地域のICUにいる医療者がコミュニケーションを取りながら,ウェブカメラ(写真)で患者の診察を行うというものである。このシステムの導入によって,院内死亡率や入院期間が減少し,合併症も減少したとする複数のデータが報告されるようになった4)。
写真 tele-ICUベッドサイドカメラ |
左上に位置する黒い半球がカメラ。ベッドサイドに移動することでリアルタイムに患者の様子を映し出すことができる。患者情報,リアルタイム生体情報,指示,検査,画像,ベッドサイド映像を,遠隔地にいる集中治療医と共有し,コミュニケーションを取りながら診療できる。 |
現在,米国ではtele-ICUシステムが一定の普及を果たし,地域の重症患者診療の改善に貢献するようになった。なお,米国では,病院機能を持たないオフィスのみのコントロールセンターにより地域の複数のICUをサポートする形態が一般的である。今では全米で計249病院がtele-lCUを導入し,41のコントロールセンターのもと,全米のICUベッド全体の約6.8%に当たる5789床,年間で約30万人以上の患者がtele-lCUの恩恵を受けている5)。
日本でもtele-ICUは導入可能か
一方,日本国内では,集中治療医の必要性および遠隔医療に対する認識が成熟しておらず,tele-ICUシステムの導入が公の場で議論になったこともほとんどないと言えるだろう。しかし,このtele-ICUシステムが導入されることで,電話による不完全な情報伝達のみに頼らざるを得ない状況が改善され,診療の質と安全性が向上し,地域における集中治療医の有効活用を図れると期待できる。
こうした背景の下,筆者らはtele-ICUシステムが本邦においても運用可能であることを実証したいと考え,以下のPhase 1-3までの3段階の研究を計画した(図)。Phase 1は,当センターICU患者情報をモバイルデバイス(タブレット)によって集中治療医が自宅から観察し,夜間・休日に同センターICUで診療に当たる若手医師や看護師の診療の質と安全の向上を図ろうとする段階。Phase 2は,集中治療医が存在しない単一の遠隔病院ICUと当センターの集中治療医がモバイルデバイスを介してネットワークを構築し,集中治療医が診療サポートを行うという段階。さらにPhase 3として,複数の遠隔病院とのネットワーク構築をめざすという段階を設定した。
図 自治医大さいたま医療センターを軸としたtele-ICUシステムの臨床導入研究(クリックで拡大) |
情報開示とセキュリティ双方を備えたICTシステムインフラを構築し(Phase 1),遠隔地でも患者データをICUの現場と遜色なく把握することが可能なtele-ICUシステムを導入することで,地域の重症患者の診療の質と安全性が向上するかを検証する(Phase 2-3)。 |
まず2013年度に総務省の競争的資金(戦略的情報通信研究開発推進事業[SCOPE]地域ICT 振興型研究開発)を得て6),「ICTを用いた遠隔ICU診療サポートシステムの研究開発」(研究代表者:讃井將満)を行い,Phase 1を完成した。この研究において最大の課題であった,患者情報漏洩に対するセキュリティおよび,それにかかわる技術的な問題を解決することができた。現在,Phase 2を構築中であり,今後Phase 3を計画していくとともに,診療効率・安全性をさらに高めるため,重症患者の診療・看護における意思決定を支援するコンピューターアプリケーション(Clinical Decision Support;CDS)を開発・実装し,その有用性を検証する予定である。
2014年度の診療報酬改定により7),集中治療医に対する認知度が急速に高まった。今後,地域における質の高い重症患者診療を維持するためには,ネットワークを介して専門医を共有していく意識が鍵になるのではないだろうか。そのような理想の地域重症患者診療に向けて,勤務形態,診療報酬,専門医の質の担保など,障壁を一つひとつ越えていきたいと思う。
◆参考文献・URL
1)JAMA. 2002[PMID:12413375]
2)Crit Care Med. 2006[PMID:16505703]
3)上原淳,他.救命救急センターにおける集中治療専従医の勤務形態と外傷患者の予後との関係.日本集中治療医学会雑誌.2007;14 (1):47-51.
4)Arch Intern Med. 2011 [PMID:21444842]
5)Open Med Inform J. 2013 [PMID:24078857]
6)総務省.戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)地域ICT振興型研究開発.
7)平成26年度診療報酬改定について.日本集中治療医学会社会保健対策委員会.2014.
http://www.jsicm.org/pdf/ICUsinnryou2014.pdf
讃井將満氏
1993年旭川医大卒。飯塚病院などで研修後,99年に渡米。米マイアミ大にて麻酔科レジデント,臓器移植麻酔フェロー,集中治療医学フェローを務め,2006年より自治医大さいたま医療センター講師。慈恵医大准教授を経て,13年より現職。日本集中治療医学会専門医,日本麻酔科学会指導医。米国での臨床経験に基づき,世界標準の集中治療の普及と若手教育・臨床研究に力を注ぐ。
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