医学界新聞

インタビュー

2014.08.11

【interview】

コクラン共同計画日本支部,始動
科学的根拠との適切な距離感を
森 臨太郎氏(国立成育医療研究センター研究所政策科学研究部長/コクラン共同計画日本支部共同代表)に聞く


 世界で行われた研究の結果を網羅的に集め,吟味し,発表することで,科学的根拠に基づく医療を推進する学術的な国際組織「コクラン共同計画」。本年5月30日,同組織の日本支部の設立が発表された。事務局は国立成育医療研究センターに置かれ,コクラン共同計画の「エディター」としてコクランレビューの審査にも長く携わってきた森臨太郎氏(国立成育医療研究センター研究所政策科学部長)と古川壽亮氏(京大大学院医学研究科社会健康医学系専攻教授)が共同代表を務める。

 本紙では,共同代表の一人である森氏に,日本支部が果たす役割と今後の展望,そしてコクラン共同計画の活動推進に秘める思いを聞いた。


医療者とともにある,コクランレビュー

―― まず,コクラン共同計画がどのような組織であるかについて教えてください。

 コクラン共同計画は,1992年に英国で創立された非営利の学術的な国際組織です。政府や医薬品・医療機器企業などから完全に独立し,医療者から一般市民までを含む,世界120か国,3万4000人のボランティアによって成り立っています。現在,世界中に,コクラン共同計画の啓発活動を行う支部は22か所,その上位機関に当たるコクランセンターが14施設あります。

 コクラン共同計画のメインとする仕事は,「コクランレビュー」の作成・発表と言えるでしょう。臨床試験の登録制度を基盤に,ある臨床的な課題に対して世界中の研究を網羅的に検索し,同質の研究をまとめあげ,質や適切性,バイアスを評価しながら分析・統合を行う「システマティックレビュー(Systematic review)」を生み出す。そしてそれらをコクランレビューとして,医療者や患者,医療政策に携わる方へ,合理的な意思決定を促すことを目的に発信するのです。

―― そのコクランレビューは,国際的にはどう位置付けられていますか。

 現在約5000件を数えるレビューですが,いずれも「科学的な根拠が担保された権威あるもの」として認知されているのではないでしょうか。

 例えば,WHOはコクラン共同計画と正式に提携しており,WHOで作成される各種ガイドラインもコクランレビューに基づいて作成されています。また,欧米ではコクランレビュー,あるいはそれに準ずるレベルのシステマティックレビューがなされていないテーマの臨床研究の研究計画書は,資金授与の対象とならないなど,予算を投じるべき研究を選ぶ指針として利用している国もあると聞きます。さらに英国や豪州,ブラジルといった国々では,コクランレビューを収載したデータベース「コクランライブラリ」を国単位でライセンス契約し,どこからでも誰でもインターネットでアクセスできるように整えている。言わば,国家の「公共資材」として多額の公的資金が投入されるほどに,信頼されているのです。

―― 国際的に重要なものとして位置付けられているのですね。森先生は豪州・英国での臨床経験もお持ちですが,各国の臨床医レベルでは,コクランレビューはどのようなものとして受け入れられていましたか。

 豪州・英国いずれの現場でも,医療者には「当然知っておくべきもの」として根付いていましたね。もし自分の専門領域でどのようなレビューが出されているかを知らないと,バカにされてしまうぐらいかもしれません。

 私自身,豪州で新生児医療のトレーニングを受け始めた当初,同僚間で行うディスカッションの前提となる知識としてコクランレビューが共有されている文化には驚きました。ただ,ある課題を抱える患者さんに対して最高の医療を提供しようと考えると,医療者は膨大に存在する医学情報と対峙し,一つひとつの情報をしっかりと検討・評価することが求められる。ですから,「ある課題に対し,今までわかっていること」を分析し,信頼性を担保したコクランレビューを用い,提供すべき医療を検討するのは,効率性の追究という点でも理に適っていると思いましたね。

 また,客観的・多角的に情報をまとめられているため,職種や立場を超えた議論を行う上でも実に有効なのです。いち臨床医としても現場に浸透してしかるべきものだと感じました。

日本支部設立はベストタイミング

―― 今回,日本支部はどのような経緯を経て,設立に至ったのでしょう。

 英国でコクラン共同計画が設立されて約20年,日本国内でコクラン共同計画について紹介されるようになって10数年が経ちました。コクラン共同計画そのものが国内で認知されてきたとともに,日本人のコクランレビューの著者も次第に増え,10年時点で50人程度だったのが13年には150人ほどになっています。こうした状況を受け,コクラン共同計画の本部から「そろそろ日本でも支部を……」と後押しがあり,設立に至りました。

―― タイやマレーシア,中国,韓国など,アジア圏の国々では数年以上前に,支部やその上位機関に当たる「コクランセンター」が設立されていたようですね。日本支部設立の時期については,どのような見解をお持ちですか。

 アジア諸国と比較すれば「遅くなった」と映るかもしれませんが,結果的には,日本にとっていちばん良い時期に設立されたと思います。

 その理由として,まず,近年になって各種の診療ガイドライン作成が進んだことが挙げられます。ガイドライン作りを通し,その根幹を支える技術であるシステマティックレビューに多くの方が触れるようになった。おそらく皆さん,科学的根拠の総体の中で推奨度の強さを決定するその作業を経験して,有用性を認識するに至ったとも思うのですね。そういう意味では,システマティックレビューを重んじるコクラン共同計画の考えを受け入れやすい土壌が整った中で日本支部が設立できた,とも言えるのではないでしょうか。

 また最近,臨床研究のスキャンダルが発覚したことで,国内では利益相反への関心が高まっています。こうした意識が社会で醸成されている中で設立できたことは,コクラン共同計画としては好ましい。利益相反に厳しいコクラン共同計画の態度に,共感を覚える医療者も多いはずですから。

 コクラン共同計画では,医療者や製薬企業に対し,治験を含む全ての臨床試験・研究の結果を公開するように求めていく考えです。そうなれば,客観的な視点で行うシステマティックレビューの過程で,不正や信頼性の低い研究を見極めることも可能になる。ひいては,現在の社会が希求する,透明性のある適切な治験や臨床研究の推進に貢献できることでしょう。

■科学的根拠と付き合う方法を身につけてほしい

―― 日本支部としては,今後どのようなことに取り組まれていきますか。

 コクランレビューの著者養成,国内におけるコクランライブラリの利用促進などを目標に掲げています。ただ当面は,著者養成のためにも,システマティックレビューの技術の浸透に力を入れていくことになるでしょう。コクランレビューの著者となれる人材も,増えつつあるとはいえ,決して多くないのが現状です。

―― まだ十分ではないと。

 ええ。日本では長らくシステマティックレビューに対し,「他の研究者が行った研究を評価する“だけ”のもの」というイメージが根強くあり,十分に学術的な評価を与えてこなかった。そうした背景もあって,システマティックレビューの手法まで十分に理解できている方が多くないのです。

 しかし現在では,システマティックレビューによって導き出されるヘルスケアに関する最新の知見が,医療現場での正しい意思決定を促し,研究の場に今必要なテーマを提示するものになり得ることは,国際的にも認識されている。わが国においても,その担い手を増やしていく必要があります。

 国立成育医療研究センターでは,こうした人材を増やすべく,すでに研究者や医療者に向け,定期的に座学・演習で構成されたワークショップを開催しています。受講者には中堅・若手臨床医,看護師など,さまざまな顔ぶれの職種が見られ,少しずつ裾野は広がってきたことも感じています。

―― まずはシステマティックレビューの技術を広めることを優先し,コクランレビューを作成する人材の増加につなげていくということですね。

 当然,その狙いはあります。さらに私としては,システマティックレビューを作成する手順や過程を共有することを通して,多くの医療者に科学的根拠との「適切な距離感」を知ってほしいとも強く思っているんです。10-20年後の医療をつくることになる若い医療者には,特に体得していただきたい。

―― 距離感,ですか?

 そうです。知の体系として科学的根拠をインプットしつつ,患者の置かれた環境・状況を正確に評価し,科学的根拠を適用する。こうした軽んじるわけでも,妄信するわけでもない距離感で,科学的根拠と付き合う方法を身につけてほしいと願っています。

 そもそも科学的根拠は,その適用に不確実性をはらみます。なぜなら,医療的・社会的な環境・状況が,当然ながら個々のケースによって全て異なるからです。科学的根拠を念頭に置かない医療はもってのほかですが,個々の患者の状況や環境を考えずに,「科学的根拠がある」という理由のみをもって医療を提供することもまた,患者に不利益を与えかねない。すなわち,患者にとって最高の医療を提供するには,適切な距離感を持って科学的根拠を利用する必要があるのです。

 その点,実際にシステマティックレビューの作成過程をたどることで,科学的根拠の有用性と限界を実感でき,不適切な適用にも敏感になれるはずです。

コクランレビューを窓口に,医療の質を高める

―― 今後,国内でコクランレビューの作成にかかわる人材や利用者が増えることで,どのような展開が期待できますか。

 例えば,日本発の医薬品や医療技術を対象にしたレビューの作成・発表を通し,世界の医療のレベル向上にも貢献できると考えています。

 日本の医療制度をはじめ,医療機器・医薬品,あるいは診療行為には,諸外国と比較してもひけをとらない素晴らしいものが多いと思うのですね。しかし,その中には言語化されていない,あるいは日本語でしか論文化されていないケースも少なくありません。

 今回,日本支部ができたことで,国内の医療を見渡せるようになり,その「良さ」を認識しやすくなった。今後は日本の医療の良さが検証されたレビューも増えていくだろうと見込んでいます。コクランレビューを窓口に,その良さがコクラン共同計画のデータベースへと統合するチャンスが確実に高まっているのです。

―― 世界中の医療者の目に触れ,世界の医療のスタンダードとして取り入れられていく可能性があると。

森 ええ。ですから,医療者の皆さんには,日本の医療の良い点を世界へ伝えていただくためにも,コクラン共同計画日本支部へかかわっていただきたいですね。巡り巡って,それが世界中の患者さんが受ける医療の質を高めることへとつながっていくはずですから。

―― ありがとうございました。

5月30日,厚労省で行われた日本支部設立発表の記者会見の様子。会見にはコクラン共同計画CEO・Mark Wilson氏(写真右から2人目)も出席し,「われわれの示す科学的根拠によって,日本の患者と医療従事者の正しい意思決定を支援したい」と語った。

(了)


森臨太郎氏
1995年岡山大医学部卒(同大大学院博士課程修了)。淀川キリスト教病院などで小児科新生児科勤務後,2000年渡豪。アデレード母子病院などで新生児科医として診療に従事。03年英国へ渡り,ロンドン大熱帯医学大学院で疫学・公衆衛生学を修めた後,英国立母子保健共同研究所に勤務。出産ケア,小児の尿路感染症の英国国立医療技術評価機構(NICE)診療ガイドラインの作成にも携わった。07年帰国後,東大大学院国際保健政策学准教授などを経て,12年より現職。14年5月コクラン共同計画日本支部共同代表に就任した。著書には,『イギリスの医療は問いかける――「良きバランス」へ向けた戦略』(医学書院)などがある。

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