医学界新聞

2014.07.14

超高齢多死社会の緩和医療をめぐって

第19回日本緩和医療学会学術大会開催


 第19回日本緩和医療学会が,6月19-21日,齊藤洋司大会長(島根大)のもと,神戸国際展示場他で開催された。「これでいいのだ!」をテーマに掲げた今回,全国から約8300人の医療者が参加。本紙では,終末期の急変対応,そして非がん疾患の緩和ケアの必要性,それぞれをテーマとしたシンポジウムの模様を報告する。


患者の家族が「あれで良かった」と納得できる説明を

齊藤洋司大会長
 終末期の急変場面では,限られた時間で,動揺する家族に配慮しながら適切な判断と処置をしなければならず,医療者の葛藤は大きい。シンポジウム「終末期の急変を考える」(座長=筑波メディカルセンター・久永貴之氏,彩都友紘会病院・渡壁晃子氏)では,事前に座長と演者間で共有された急変の仮想事例をもとに医療者,患者家族の心理的側面,医療倫理など多角的な視点から発表が行われた。

 急変の場では看護師に判断が任される場面が多い。臨床看護師の立場から登壇した長谷川久巳氏(虎の門病院)は,仮想事例で家族が心肺蘇生を希望したことに着目。急変に際し家族から「何もしてくれないなんて許せない」「見殺しにするのか」という発言を受けることもあり,切迫した状況下,“患者の負担”と“家族の納得”の間で看護師は葛藤に陥ると説明した。仮想事例のような急変時には「感情管理→判断→行動」を繰り返しながら,時間的猶予を考え妥当な判断を探る。対処後はリフレクションを通じて事例を振り返り,感情を癒やすことも重要であると述べ,急変に当たる看護師を支える組織文化の醸成が必要になると訴えた。

 「終末期の急変は決して稀ではない」。医師の立場から考察した村上真基氏(新生病院)は,同院緩和ケア病棟における急変関連死が昨年1年間で4割あったと紹介し,急変時の患者家族対応について「想定は可能」と述べた。ではどのような準備が必要か。家族の死の受容が良好になる要件として,緩和ができ患者に疼痛がない,不穏/興奮がない,オピオイド投与を急変直後に開始している,家族にあらかじめ具体的な急変の説明をしているなどの要因があると解説。家族に対し,(1)入院後の早い時期に病状と見通しを説明する,(2)「想定されること」をできる限り文書に残すなど,「看取り後,家族が『あれで良かった』と納得できる説明とケアを心掛ける」ことの重要性を強調した。

 患者と死別した家族の悲嘆は大きく,「第2の患者」と位置付けられる。サイコオンコロジーの観点から提言した所昭宏氏(近畿中央胸部疾患センター)は,複雑高度な医療に,患者家族の多様な価値観も加わる現場では,医学的モデルにとらわれないBio-psycho-socialモデル(全人的医療)を踏まえた家族への配慮が必要になると解説。Communication,Coordination,Conferenceの3点をポイントに挙げた。一方,医療者は「助けてあげたい」という「救出空想」がストレス源となり,「燃え尽き」につながる懸念があることも指摘した。そこで氏は,事例について患者・家族と医療者双方の状況が把握できる4分割表の活用を提案。それぞれの立場を理解するためにはCommunicationを図りながら方向性を突き詰めていくことが重要だと語った。

 医療倫理学の観点から検討した大関令奈氏(東大大学院)は,仮想事例の倫理的課題を「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」に分けて検討する4分割表を所氏と同様に提示。状況を個別に把握し4つの要素を俯瞰することで,総合的に判断できる利点を説明した。患者負担と家族の理解の間を埋めるために実施するSlow Code(形式的心肺蘇生)の可否についても言及し「無益と考えられる形式的心肺蘇生を行うことも家族にとっては共感になり得る」と理解を示した。医療者の葛藤について「『その時点の判断』に悩むが,必ずしも答えが出せるものではない。一つひとつの症例に対して悩む医療従事者の存在こそが患者・家族の支えになる」と結んだ。

【仮想事例】
◆口腔がんの60歳女性
◆局所からの出血で緩和ケア病棟へ入院し出血はおさまったが,がん性リンパ管症による呼吸状態の悪化により1-2週間の予後を予測。キーパーソンの夫とはDNAR確認。しかし面談当日の夜,原疾患と因果関係のはっきりしない腹痛を訴え,血圧低下。
◆家族の到着後心肺停止。娘・息子は状態の変化をまだ伝えられていなかったこともあり,急変に混乱し心肺蘇生を要望。主治医到着まで20分かかる。当直医はいるが,看取りは主治医が行っている。

(大会抄録集より抜粋)

非がんの苦しみも緩和すべき

 日本が迎える超高齢多死社会では,3人に1人ががんで亡くなる。一方,非がん疾患も終末期に苦痛を伴う場合があり,緩和ケアの認識の広がりが急がれる。シンポジウム「様々な非がん疾患に対する緩和ケアチーム活動の実際」(座長=北里大・荻野美恵子氏,北須磨訪問看護・リハビリセンター・藤田愛氏)では,国内の現状と課題,先行事例が報告された。

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)を中心に神経難病の終末期緩和ケアに取り組んできた荻野氏は,寝たきりとなるALSは,経口摂取困難,コミュニケーション障害,呼吸不全などになるため,ALS診療そのものが緩和ケアに該当すると述べた。オピオイド保険適用の壁や医療者間の理解の相違といった社会的課題,他の疾患モデルとの緩和ケア導入時期の違いや不十分なエビデンスといった技術的課題を指摘。「がんでなくとも終末期の苦しみは緩和すべきであり,緩和ケアチームの関与が多くの患者・家族の助けになる」と強調し,エビデンスの確立,研修等を通じた各診療科への啓発,先行事例の広がりを訴えた。

 非がん緩和ケアに先駆的に取り組んでいるのは,国立長寿医療研究センターのエンドオブライフ(EOL)ケアチーム。チームリーダーの看護師・横江由理子氏は,人生の最終段階の医療における意思決定支援が重要と強調。過去・現在・未来の時間軸でとらえた「本人の意思」,「家族の意向」,「医学的判断」を意思決定支援の3本柱として,本人にとっての最善の医療とケアをめざす合意形成モデルを紹介した。非がん緩和ケアチームには,症状緩和の知識と技術,コミュニケーション能力に加え,「患者家族をアドボケートする看護師のリーダーシップ,それを支える多職種と組織のバックアップ体制が不可欠」と述べた。

 EOLケアチーム普及のための視点を示したのは,同院医師の西川満則氏。意思決定支援を重視した非がん疾患の緩和ケアを推進するため,チームがコンサルテーションを受けるだけでなく,チーム内に主治医を持つことで,どのような患者を依頼したらよいか例示できる利点を解説。また,患者・家族をアドボケートする看護師をリーダーとし,人工栄養,輸液の減量等,意思決定支援が重要な場面での,薬剤師の職域拡大を求めた。また,同チームによる意思決定支援普及の限界にも触れ,相談員制度に期待を寄せた。

 座長の藤田氏は,「訪問看護の現場でも非がんの緩和ケアを求める患者の声は多い。今後さらに議論を広げていきたい」と締めくくった。

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