医学界新聞

連載

2014.07.07



モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず“なんとなくモヤモヤする”こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第7回 いつまでも病院にはいられないの?

川口 篤也(勤医協中央病院総合診療センター 副センター長)


前回からつづく

看護師長 大徳先生,モヤ先生の受け持ち患者のOさんについて,ちょっと相談があるのですが。

大徳 どうしましたか?

看護師長 入院期間がかなり長くなっているんです。今後,このままこの病棟でみていくのかも含めて,カンファレンスしたいと思っています。

大徳 モヤ先生はどう思っているんでしょうね?

看護師長 それも含めて,ちょっと相談したいところなんです……。

大徳 ……わかりました。それでは来週のカンファレンスの時間に話し合ってみましょう。


(1)医学的適応

大徳 今日は,Oさんの治療方針の確認と今後の療養先についてカンファレンスしたいと思います。担当医のモヤ先生,医学的適応の説明をお願いします。

モヤ Oさんは80歳男性,他院で透析中でしたが,肺炎の治療で当院に入院となりました。肺炎治療中に肺がんが見つかり,全身精査で腰椎に多発骨転移を認めました。本人,家族ともに告知をした上で化学療法はせず症状緩和を目標にすることが決まり,その後僕が受け持ちになりました。

 現在は腰椎への放射線治療も終わり,体動時に腰痛の訴えはありますが,座位で食事ができる状態です。

大徳 痛みのコントロールはできていますか?

モヤ はい,緩和ケア科,整形外科の先生とも相談しながら,痛み止め,麻薬の使用,コルセットなどでコントロールできていると思います。

看護師 横になっていると痛みの訴えはありませんが,長時間の座位や車いす移乗の際には痛みが強いので,透析の日以外でもベッドで横になっていることが多いです。

看護師長 予後はどれくらいなのでしょうか?

モヤ 現状では数か月……少なくとも3か月以上はあると思います。

(2)患者の意向

看護師 「家に帰りたい」と話されているのは聞きました。

理学療法士 でも,「ここの病院はみんなよくしてくれるので,ここに来て本当によかった」とも言っていましたね。

モヤ 確かに,どうしても帰りたいという感じではないです。家族にも気を使っているのかもしれませんが……。「ここでずっとお世話になるかな」とつぶやかれていました。やりたいことや,食べたいものなどもいろいろ聞いたのですが「今の状況に満足している」と言って,あまり希望もないようなんです。

(3)周囲の状況

看護師 妻と二人暮らしですが,妻も腰が悪く今の状況では家で看るのは無理とのことです。市内に娘さんが住んでいますが,在宅療養を支えられる状況ではないようです。

モヤ 外泊・外出も2回勧めたのですが,そういうわけで結局実現していないんです。でも家族の方たちもいつも「ここの病院で看てくれて本当によかった」と言ってくれてますよ。

看護師長 入院期間も2か月を超えましたし,現在は症状も落ち着いているので,そろそろ次の療養先を検討したいんですけどね。

モヤ (師長さんは冷たいこと言うなぁ……)Oさんは透析もしてがんの緩和ケアを行っているので,そもそも受け入れてくれるところはほぼないですよね。それに本人も家族も,この病院に来られてよかったと言ってるんですが……。

看護師 緩和ケア病棟には移れないんですか?

医療事務 緩和ケア病棟の診療報酬はいわゆる「まるめ」と呼ばれる包括医療制度です。透析のような高額医療を行えば,大幅に病院の赤字になりますから,無理ですね。(ポイント)

ポイント……医療費に詳しい事務職にカンファレンスに参加してもらうと,スムーズに議論が進みます。

(4)QOL

モヤ ここの病棟で,最後まで看るのが絶対良いと思います!

看護師 そうですよ。家にも帰れないし,ここを気に入ってくれているし。

医療事務 先生たちの気持ちもわかりますが,当院は急性期病院です。入院日数が長くなるほど診療報酬が減額されてしまいますから……。

モヤ さっきから診療報酬,診療報酬って。そんなにお金が大事ですか?

大徳 まあまあモヤ先生,落ち着いて。先生がOさんの気持ちに寄り添い,希望を叶えてあげたいというのはよくわかります。

 でも,この前の当直のとき,以前病棟で担当した患者から救急要請がきましたが,空床がないという理由で泣く泣く受け入れを断ったこと,モヤ先生は嘆いていましたよね。

モヤ そうですけど,それと何か関係があるんですか?

大徳 当院は救急搬送の受け入れも多く,そのまま入院する人もたくさんいます。長期入院している人が多くなると,地域の貴重な急性期のベッドが1つ埋まることになる。Oさんを入院させておくということは,医療資源の公平な配分という「公正の原則」に沿わないことになってしまうんです。

モヤ そ,そうなんですか……。

大徳 お金のことばかり考えたくないのもわかりますが,いくらよい医療を行おうとしても,病院が赤字で潰れてしまっては元も子もないですよね。ですから医療費のこともある程度,考慮していかないといけないんです。

モヤ はい……。

指導医 以前,家に帰れない透析患者さんを最期まで看てくれた病院がありました。そこなら受け入れ可能かもしれません。

看護師長 本人とご家族に,提案してみてもよいのではないでしょうか。もちろん意見を押し付けるのではなく,一緒に考えてもらえるように。(ポイント)

ポイント……ここでは,本人のQOLだけが最大になることをめざすのではありません。<患者のQOL×周囲(家族)のQOL×医療者(医療機関)のQOL>が最大になるように考えます。掛け算ですから,どこか1つでもマイナスだと,結果もマイナスになってしまうのです。

Next Step

指導医 その病院に受け入れ可能かどうか打診してみます。その上で本人,家族に率直に事情を説明してみます。

モヤ そしたら,家に連れて帰ろうということになるかもしれませんよね。

大徳 そうですね。まずは皆で現状を共有した上で,一番よいかたちで,合意の形成ができるといいですね。

***

 「まるめ」というのは,請求できる診療報酬の額が病気の種類や入院日数などによってあらかじめ決められている制度のことです。その額以上の検査,治療を行うと病院側の赤字になるため,「まるめ」の緩和ケア病棟で透析のような高額医療を行うことは,現実的ではありません。

 患者・家族の希望を最優先したいモヤ先生の気持ちもわかりますが,医療費や診療報酬など医療システムを無視した診療を続けていれば,病院の存続さえ難しくなるかもしれません。それは結局,患者さんに不利益をもたらしてしまうことになるのです。

モヤ先生のつぶやき

 今まで,なんて病院は冷たいんだろうと思ってたけど,医療制度のことを考えないわけにはいかないんだな。皆の希望が叶うような医療制度であればいいのになぁ。

つづく

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