医学界新聞

寄稿

2014.06.16

【寄稿】

“Integrated cardiac imaging”において運動負荷心エコーが果たす役割

黄 世捷(聖マリアンナ医科大学循環器内科)


 2012年4月より新たに負荷心エコー検査が保険収載された。しかし,第25回日本心エコー図学会学術集会(2014年4月17-19日,石川県金沢市)では「負荷心エコーはなぜ臨床で広まらないのか」というパネルディスカッションがもたれ,期待されたほどの普及にはつながっていない現状を物語っている。

 本稿では,年間2000例以上の負荷心エコーを行っているベルギー・リエージュ大学での留学経験を踏まえ,本邦における運動負荷心エコーの現状と展望に関して考えていきたい。

安静時から軽負荷,症候限界まで連続的に評価

 全身の臓器の中で心臓ほどダイナミックに動く臓器はない。そのため心エコーは他のエコー検査と比べ,静止画よりも動画記録の占める意義が大きい。負荷心エコーとは,薬剤または運動による心負荷を加えることで,安静時および頻拍中から回復までのダイナミックな変化をとらえる検査である。

 運動負荷心エコーではトレッドミル,または半座位エルゴメーターを用いて生理的な心負荷を加える(写真)。運動負荷直後に安静臥位で撮像するトレッドミル運動負荷心エコーと異なり,半座位エルゴメーターでは負荷中も心エコー撮像が可能なため,安静時から軽負荷,症候限界までを連続的に評価可能である()。

写真 半座位エルゴメーターを用いた運動負荷心エコー検査の模様
軽負荷から症候限界まで連続して検査が可能である。また,左手でプローブを把持するため検者の負担が少ない。

 半座位負荷心エコー・負荷心電図が担う虚血評価範囲

 狭心症のスクリーニング目的の場合,半座位エルゴメーターによる運動負荷心エコーでは,心電図変化や症状が生じる前に壁運動異常が検出可能であり,運動負荷心電図検査よりも安全度が高い。半座位エルゴメーターでは運動負荷による浅く速い呼吸に加え,患者の体動により撮像の難易度は上がるものの,トレッドミルと比較し目標心拍数(「220-年齢」を最大心拍数とし,その85%以上)の維持時間が長く,転倒や迷走神経反射のリスクが低いのが特徴と言える。

実地臨床の中に組み込まれているとは言い難いのが現状

 保険収載前のデータではあるが,「2012年(2013年度実施・公表)循環器疾患診療実態調査報告書」(2014年1月公表,回答施設数1612施設)1)によると,トレッドミルまたはエルゴメーターによる運動負荷心電図検査30万2547件に対し,運動負荷心エコーは3503件と著しく少ない。虚血性心疾患の精査としてよく用いられる冠動脈CT(39万3872件/年),運動負荷心筋血流シンチ(7万8157件/年)と比べても実地臨床の中に組み込まれているとは言い難い状況であった。

 2012年4月より負荷心エコーに1680点という保険点数がついたものの,本邦では虚血性心疾患のスクリーニングとして,負荷心エコーを従来の検査と置き換えて使うメリットが現時点では乏しいと言える。その理由に,運動負荷心電図(800点)および安静経胸壁心エコー(880点)で実施する施設が多く,高い感度・特異度や診療報酬の改定を考慮しても,医師の立ち会い,検者の技量・判読者の熟達を要することが挙げられる(患者にとっては被曝低減など明らかな利点はある)。

非虚血性疾患の精査にも有用

 虚血性心疾患に対する検査ルーチンが確立されている現状で,さまざまなハードルを乗り越え,あえて運動負荷心エコーを行う意義はあるのだろうか。

 負荷心エコーの臨床的意義は虚血性心疾患の精査だけではない。リエージュ大学における負荷心エコー検査(薬物を含む)では,約半数の検査目的が非虚血性心疾患の精査である。無症候性弁膜症の重症度判定,薬剤ないしは放射線照射による潜在的心機能障害の評価,膠原病患者における肺高血圧の精査など多岐にわたる。

 もちろんCTによる高度石灰化を伴う大動脈弁口面積の測定,MRIによる局在的な心筋線維化の可視化も可能だが,これらは負荷心エコーの有用性を損なうものではなく,心エコースクリーニングによる診断を補足・追認する検査だととらえられている。

 また,肺高血圧症の評価に関しては,以前より心エコーによるスクリーニングが推奨されてきたが,潜在的肺高血圧症の早期発見に負荷心エコーが有用との報告が近年相次いでいる2)。本邦の多くの施設が所有するマスター2階段を用いることでも,簡易的な運動負荷心エコーが可能である3)

人の己を知らざるを患えず,人を知らざるを患う

 循環器領域に限っても,X線や心エコー,血管造影に加え,MRI,CT,核医学などさまざまな画像モダリティが存在する。その中で,特定のモダリティに傾注するのではなく,それらの特性や利点を把握し有機的に組み合わせ,より正確な診断へと結びつけるintegrated imaging(統合的画像診断)の視点が臨床医に求められている。言い換えれば,“負荷心エコーが他のモダリティに対していかに優れているか”という観点からではなく,“他のモダリティや臨床領域で,今どのような情報が求められているか”を考えるべきである。「人の己を知らざるを患えず,人を知らざるを患う」ということだ。

 例えば,冠動脈CTはあくまで形態的診断であり,必ずしも狭心症を示唆するものではない。しかしその高い空間分解能と三次元再構築から得られた冠動脈の狭窄所見は,医療者のみならず,患者にとっても一目瞭然であり,心筋虚血の機能的診断を目的とした負荷心エコーとの優劣を競うべきものではない。また,MRIは抗癌剤治療に伴う潜在性心筋障害の検出のゴールドスタンダードだが,多くの治療患者の中からハイリスク症例を拾い上げ,頻回なフォローアップをするには負荷心エコーが貢献している。

 虚血性心疾患に対する診断モダリティであった運動負荷心エコーが徐々にその適応疾患を広げていった欧米の状況とは逆に,本邦では非虚血性心疾患から適応が広がる可能性もある。また,この運動負荷心エコーに新たな臨床的な価値を見いだすのは,循環器内科医以外ではないかとも期待している。本稿が循環器専門医以外の医療者が負荷心エコーに興味を持ち,可能性を見いだす一助となれば幸甚である。

◆参考文献
1)日本循環器学会.2012年(2013年度実施・公表)循環器疾患診療実態調査報告書 Web版
2)Kovacs G, et al. Chest. 2010 ; 138(2): 270-8. 〔PMID:20418368〕
3)Suzuki K, et al. J Cardiol. 2013;62(3) : 176-82. 〔PMID:23778006〕


黄世捷氏
2005年愛媛大医学部卒。同年より聖マリアンナ医大で初期臨床研修をした後,同大循環器内科入局,同大大学院修了を経て,12年10月よりベルギー・リエージュ大(P.Lancellotti教授)に留学中。リエージュ大では安静時も含めた心エコーを医師が撮像しており,自身もプローブを握り負荷心エコーに携わっている。「左手プローブ保持による負荷エコー撮像の普及」を帰国後の課題としている。

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