医学界新聞

連載

2014.05.19

こんな時にはこのQを!
"問診力"で見逃さない神経症状

【第8回】
めまい

黒川 勝己(川崎医科大学附属病院神経内科准教授)
園生 雅弘(帝京大学医学部神経内科主任教授)


3072号よりつづく

「難しい」「とっつきにくい」と言われる神経診察ですが,問診で的確な病歴聴取ができれば,一気に鑑別を絞り込めます。この連載では,複雑な神経症状に切り込む「Q」を提示し,“問診力”を鍛えます。


症例
患者:30歳,男性
主訴:めまい
病歴:10日前にぐるぐる回るめまいが起きた。他院を受診し,頭部CTを受けたが異常なしと言われた。その後めまいはいったん治まっていたが,前日夜,再び天井がぐるぐると回った。朝になって救急外来を受診した。

 今回は,第3回(第3055号)に続いて「めまい」を取り上げます。

 患者はめまいを訴え,救急外来を受診しました。第3回でも記載しましたが,めまい診療の第一ステップは,患者が訴えるめまいがどのような病態なのかを明らかにすることです。今回も第3回同様“ぐるぐる回る”めまいであり,真性めまい (vertigo) と考えられます。

***

 患者に耳鳴りや難聴の自覚はなく,血圧 116/64 mmHg,脈拍82/分・整,胸腹部に異常所見なし。神経学的所見では,明らかな異常なしと評価された。メリスロン®(ベタヒスチン)を処方され,耳鼻科受診を勧められた。

 救急外来受診時には回転性めまいは治まっており,明らかな神経学的異常所見もないため緊急性はないと判断,めまい・平衡障害治療薬を処方され,耳鼻科受診を勧められたようです。果たしてこの判断でよいのでしょうか。

 プライマリ・ケアで見逃したくないのが,真性めまい (vertigo)の原因で,危険(critical)な疾患である「脳血管障害」です。脳血管障害の可能性がある場合,鑑別が可能な神経内科などの専門医に直ちに紹介する必要があります。その判断のためにまず聞いておきたいのは,以下の2つの質問です。

■Qその(1)「これまでに同じようなめまいはありましたか?」

 以前から(例えば数年前から)たびたび同じようなめまいを起こしているのであれば,脳血管障害は否定的になります。一方,今回初めてめまいが起こった,あるいはこのようなめまいはこれまでなかったという“new vertigo”であれば,脳血管障害を含めた鑑別を考える必要があります。

■Qその(2)「どういう状況でめまいが起きましたか?」

 もしも,一般的(common)な「耳鼻科系疾患」である「良性発作性頭位めまい症(BPPV)」であれば,頭位(あるいは体位)を変えたときに必ずめまいが生じる,というように“明らかな誘因”があるはずです。明確な誘因がないめまいは BPPVとは言えず,やはり脳血管障害との鑑別が必要になってきます。

***

 近医の耳鼻科を受診したが異常なしと言われたため,救急外来受診(X日)から10日後に神経内科を受診した。感覚障害,嚥下障害,複視といった症状はなく,眼振なし,回内回外運動や鼻指鼻試験は正常,歩行も正常と評価された。めまいの原因は不明であり,念のため頭部MRIを予定し,めまいがあるときに耳鼻科に受診するように指示された。

 脳血管障害でめまいを生じるのは,脳幹か小脳に血管障害が生じた場合です。もしWallenberg 症候群などの典型的な脳幹梗塞ならば,
・嚥下障害:唾が飲み込めなくて吐き出すので,ティッシュの山ができる
・感覚障害:顔面あるいは四肢の温痛覚障害や異常感覚(じんじん感)
・複視
のうち,どれかがあるものです(第3回参照)。しかし,上記の経過中感覚障害・嚥下障害・複視はないので,少なくとも Wallenberg 症候群らしくはありません。脳幹梗塞でもこれらを認めない例もあるので完全に否定はできませんが,いずれにしても残るのは,そうしたまれな脳幹梗塞や小脳梗塞です。しかし結局,神経内科で小脳徴候を評価(回内回外運動,鼻指鼻試験,歩行)しても異常はなく,原因不明のまま,めまいが起こったら耳鼻科に受診するように指示しています。この指示は,正しかったのでしょうか。

***

 “念のため”撮ることになった頭部MRIの撮影当日,患者に詳しい病歴を聴取したところ,このような返答があった。「これまでめまいはなかったが,X-10日の朝9時ごろ立って作業をしていたら,誘因なく急にぐるぐる回るめまいが生じたので,その場に座り込んだ。吐気がしたがトイレまで歩いて行けず,その場にあったビニール袋に吐いた。吐気は続き,1人では歩けないので介助して病院に運んでもらった。その晩から徐々に吐気は減り,翌日にはなんとか1人で歩けるようになった。X-1日の入浴後の21時30分ごろ,いつものように自分で軽く体のマッサージをしていると急に天井が大きく回った。その場で横になっていたところ,5分くらいで回るのは治まったが,胃にむかむかが生じた。トイレの場所は近かったので,ふらふらしながらなんとか行って吐いた。経過中,顔のしびれ感,飲み込みにくさおよび複視は一度もなかった」。

 ここで,めまいは“今回が初めて”であり(Qその(1)),X-10日およびX-1日に起きためまいには“明らかな誘因がなかった”ことがわかりました(Qその(2))。つまり本患者のめまいは脳血管障害を含めた鑑別が必要なケースであり,明らかな神経学的異常所見がなくとも,直ちに専門医への紹介が必要だったと考えられます。

 果たして頭部 MRI の FLAIR 像では左小脳半球に脳梗塞が認められ(),T2画像所見から出血性梗塞と考えられました。

 病歴を振り返ると,X-10日に小脳梗塞が生じたものの,急性期であったためその日の頭部CTにははっきり映らなかったと思われます。X-1日に生じためまいは,小脳梗塞が出血性梗塞になって生じたのかもしれません。

 頭部 MRI FLAIR像(左:水平断,右:前額断)
左小脳半球に亜急性期の梗塞所見を認めた。

 一方,X 日に救急外来担当医,X+10 日に神経内科医が診察しても,四肢失調は認められませんでした。小脳半球が障害されれば四肢失調が出るはずだと思われるかもしれませんが,実は小脳梗塞では四肢失調がはっきりしないことはしばしば経験され,“偽前庭徴候”と呼ばれています。回転性めまいと平衡障害(体幹失調)のみを呈して,古典的に小脳症状とされる四肢失調や構音障害を全く呈さない例が,後下小脳動脈の梗塞を中心にかなり多く見られることが近年知られるようになりました。眼振が軽いのに嘔吐が強いことなどが特徴とされています。

 今回は発症から時間が経過していることもあってか,神経内科受診時には体幹失調すら明らかではなく,tandem gait(つぎ足歩行) もできるほどでした。また頭部MRI撮影時にも,前庭障害と小脳障害の鑑別に役立つとされる「閉眼足踏み試験」を行っているのですが,左へ回旋してしまいました。本来片側性小脳障害では回旋せずに病変側(今回は左)に寄っていくはずですが,左へ回旋したその所見からは左側前庭障害と誤診してしまう恐れがあります。

 つまり,確定診断に役立ったのは,「神経学的所見」よりも,詳細な「病歴聴取」だったわけです。

***

 今回は,小脳梗塞では神経学的所見のみでの診断が困難であることを強調しました。繰り返しになりますが,プライマリ・ケアにおいては,“new vertigo”あるいは“明確な誘因のないめまい”があった時点で,専門医へ紹介をしてよいと思います。

今回の"問診力"

めまい発作では,“new vertigo”と“明確な誘因のないめまい”かどうかを聴く。この2つに当てはまる場合には脳血管障害の可能性がかなり高い。小脳梗塞は神経学的所見では判断困難な場合が多く,常に念頭に置くべきである。

つづく

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