歩行困難(黒川勝己)
連載
2014.04.14
こんな時にはこのQを!
"問診力"で見逃さない神経症状
【第7回】
歩行困難
黒川 勝己(川崎医科大学附属病院神経内科准教授)
(3066号よりつづく)
「難しい」「とっつきにくい」と言われる神経診察ですが,問診で的確な病歴聴取ができれば,一気に鑑別を絞り込めます。この連載では,複雑な神経症状に切り込む「Q」を提示し,“問診力”を鍛えます。
患者:64歳,男性
主訴:歩行困難 病歴:15年前,会社の体力測定で飛んだりはねたりしたとき,両下肢の動きが鈍いことを指摘された。空腹時血糖が120 mg/dLであったことを契機に,最終的に糖尿病を指摘され,歩行障害の原因は糖尿病性多発ニューロパチーと診断された。その後徐々に足を引きずるようになった。最近は,手の力も入りにくくなったため,神経内科を受診した。 |
糖尿病はプライマリ・ケア領域でも,出合う機会の非常に多い疾患の一つでしょう。糖尿病患者が神経症状を訴えた場合,最も多い原因は「糖尿病性多発ニューロパチー(diabetic polyneuropathy ; DPN)」ですが,近年DPNの診断が乱発されがちな傾向があるように感じています。
プライマリ・ケアに要求される“3C”は,まずは緊急を要する(Critical)疾患を見逃さないこと,次に一般的な(Common)疾患を的確に診断できること,さらに治療可能な(Curable)疾患を見落とさないことです。DPN であれば有効な根本治療法はなく対症療法のみとなりますが,糖尿病以外の疾患が原因ならば,適切な治療で症状が改善する可能性があります。その鑑別のためには,まずDPNの典型的な特徴を理解すること。そして少しでも非典型的な症状があれば他疾患の可能性を考慮し,専門医への紹介を考えることが重要です。
では本患者の症状は,DPNに典型的なものでしょうか。
***
身長171 cm,体重71 kg。主な神経学的所見では,握力が右11 kg,左30 kg,腓腹筋がMMT4-と低下していた。腱反射は上腕二頭筋と膝蓋腱反射が低下し,上腕三頭筋とアキレス腱反射が消失。明らかな感覚低下は認めなかった。血液検査では,随時血糖値155 mg/dL,HbA1c 6.6%だった。
ちなみに,プライマリ・ケアの現場では,正確に筋力を診る必要はないと思います。“筋力低下がある”と,病歴から診断できることが重要です。そのための方法は「日常生活で何が難しいですか?」と聞くことです。例えば「腕を上げるのがだるい」「椅子からの立ち上がりが難しい」場合は近位筋の筋力低下が,逆に「ペットボトルのふたが開けにくい」「少しの段差でつまずきやすい」場合は遠位筋の筋力低下が疑われます。階段を「上るのが難しい」と筋力低下が原因の場合が多く,「下りが難しい」のは,深部感覚障害や錐体路障害が原因の場合が多いです。
また,腱反射も正確にとるにはコツがいる手技ですので,プライマリ・ケアの現場では“参考程度”にとれればよいと考えます。感覚障害に関しては「ピリピリ,ジンジン,ビリビリしませんか?」「痛みはありませんか?」などを聴きます。その後,可能なら爪楊枝を使い,足先や足裏などで痛覚が低下していないか,また,音叉を用いて踝で振動覚が低下していないかを調べます。振動覚の参考正常値は,踝では10秒以上です。
さて,DPNの典型的な特徴は以下のとおりです。
1)感覚症状で初発する(⇔非典型的:運動症状で初発する。運動症状が強い)
2)足先からしびれて,足関節部から下腿へと上行する。進行すれば手先にも症状が広がるが,症状の程度は足のほうが強い(⇔非典型的:手だけに症状がある。手から症状が始まる。手のほうが症状の程度が強い)
3)両側同時に左右対称性にしびれる(⇔非典型的:左右いずれかから発症し,反対側に症状がでるまでの期間が長い。程度の明らかな左右差がある)
これらの特徴は,実はDPNのみならず,「多発ニューロパチー」全てに当てはまるものです。多発ニューロパチーとは,ニューロパチー(末梢神経障害)の中で,神経(軸索)の長さに比例して障害を呈するタイプを言います。上肢よりも下肢のほうが神経は長いので,多発ニューロパチーでは下肢,特に遠位部の足趾から症状が生じます。また運動神経の「下肢の最遠位で障害が起こっても症状が出にくい」「神経再支配による代償が働く」という理由により,運動症状でなく感覚系の症状で初発が多い特徴があります。
つまり多発ニューロパチーでは,まず両足先同時に左右対称性にしびれなどの症状が出現し,足関節部から下腿へと上行します。進行すれば両手先にも症状が広がりますが,それでも症状の程度は足のほうが強い特徴があります。感覚障害は手袋靴下型を呈します(図)。進行例では筋力低下や筋萎縮が見られますが,これも遠位筋ほど優位です。腱反射は低下するのが一般的であり,特にアキレス腱反射が早期に低下消失します。
図 手袋靴下型の感覚障害 |
■Qその(1)「症状はいつごろ起こりましたか?」
診察時には,運動症状と感覚症状の両方があるかもしれません。手にも足にも,左右両側に症状がある可能性もあります。大切なのは,それらの症状がいつ起こったのか,その“経過”です。運動症状が先に生じているなら,DPNとしては非典型的です。また,手から症状が起こっていればやはり非典型的と言えます。左右に症状があっても,発症時期に数週間から数か月も差があれば非典型的と言えます。
■Qその(2)「症状の程度は同じですか?」
足より手の症状のほうが強い,と言われたら非典型的と考えられます。足のしびれも,左右で程度に明らかな差があれば非典型的と考え,一度,専門医に紹介したほうがよいと思います。
2つの問いの結果,本患者では足の運動症状で初発し,感覚症状の訴えはありませんでした。神経学的所見をとらなくても,DPNとしては非典型的と言えるのではないでしょうか。
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神経伝導検査や針筋電図検査を行い,慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)と診断。免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)を行ったところ,筋力が改善した。握力は右が25 kg,左が35 kgに,腓腹筋の筋力はMMTで5-となり,以前はできなかった爪先立ちもできるようになった。神経伝導検査所見も改善した。
***
糖尿病患者に生じた神経症状を,全て糖尿病のせいと決めつけないことが大切だと思います。今回のCIDPはそれほどなじみがなかったかもしれませんが,糖尿病では,手根管症候群,後縦靱帯骨化症(OPLL),OPLL以外の普通の頸椎症の合併が多いことが知られています。手だけに症状があり,“朝方に強い手のしびれ”がある手根管症候群の患者や,頸椎症を合併し,頸椎症性脊髄症によりしびれ,歩行障害,膀胱直腸障害を来して手術適応と考えられる患者を,DPNとして放置することは避けなければなりません。
なお,本邦では「糖尿病性多発神経障害の簡易診断基準」(表)が広く普及しています。この診断基準はとても有用ですが,症状の経過や左右差,手足の差が考慮されておらず,例えば多発性単ニューロパチーでも診察時に両側性に症状があれば,糖尿病性多発ニューロパチーと診断してしまう恐れがあります。そうならないためにも, お示しした2つの問い が大切になります。
表 「糖尿病性神経障害を考える会」による糖尿病性多発神経障害の簡易診断基準(抜粋,一部改変) | |
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また,もう一つ知っておいていただきたいのは,DPNの“確定診断”には神経伝導検査が必須だということです。障害の程度を定量評価できるほか,今回のような脱髄性ニューロパチーを発見できるためです。
今回も“見逃さなかった”ケースをご紹介しました。DPNと診断されているなかに治療可能な(Curable)疾患があること,それを“見つける”ことで患者さんに感謝されるうれしさを,皆さんに知っていただきたいと思います。
今回の"問診力"糖尿病患者が神経症状を訴えたときには,“経過”と“程度”を聴く。運動症状や手の症状が強い場合,あるいは左右差を認める場合には,糖尿病性多発ニューロパチーと安易に診断しない。 |
(つづく)
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