医学界新聞

寄稿

2014.03.31

【視点】

集合住宅訪問診療の崩壊前夜に

山口 高秀(医療法人 おひさま会理事長)


 「地域包括ケア」という概念のもと,「病院から地域へ」という流れが加速しつつあることは,医療者ならば誰もが知っていることだろう。地域包括ケアの実現に向け,わが国では矢継ぎ早に施策が打たれている。世界に類を見ない超高齢社会を迎える日本国民を,現在の国民皆保険制度を堅持しながら支えるためには不可欠な流れである。しかし今回の診療報酬改定においてはそうした流れに逆行するような変化があり,強い懸念の声が現場に生じていることはご存じだろうか。

 集合住宅への訪問診療の点数が,いきなり4分の1に減額されたのである。診療報酬をこれほどまでに大きく変更しなければならない理由は一体何なのか。私は,知人の国会議員を通じて厚労大臣に質問をぶつけてみた。その答弁によれば,特定の医師に入所者を優先的に紹介する見返りとしてキックバックを要求する,あるいは短時間のうちに何十人も診て荒稼ぎをするような不適切事例があり,中医協での議論も踏まえて決定したとのことである(2014年2月26日衆議院予算委員会第五分科会)。

 確かに,悪質な医療者がいないわけではない。患者の具合が悪ければ往診もせずに救急搬送を指示するだけの医療機関もあるし,患者紹介ビジネス業者がわれわれの法人に営業に来ることもあった。しかしその一方で,集合住宅での在宅医療の質を高め,看取りや緩和ケアの必要な方々に対して理想的な環境構築を実現した医療機関もある(当院も,施設/居宅にかかわらず,7割程度の方の看取りを実現している)。これからの地域包括ケアを担うべき医療者が育ち始めているのである。

 悪者を駆逐することと,育ちつつある医療機関の成功を促すこと。果たして,医療界は今,どちらを優先させるべきなのだろうか。今回の診療報酬改定は,どうやら前者に目がいったようである。この懲罰的改定により,悪者の駆逐は実現できるかもしれない。しかしそれと同時に,「集合住宅における在宅医療の確立」という未来に向けて育ち始めた芽も枯らしてしまうのではないだろうか。集合住宅への訪問診療からの撤退は既に始まっており,当院が引き受けざるを得ない施設がはやくも出現している(撤退した事業者は独居高齢者中心の集合住宅において,4割の方を看取っていたと聞いている)。

 団塊の世代が医療必要度の増す後期高齢者に達する時代に備え,病院外の「終の住処」としての都市部集合住宅施策が進行している。医療・介護提供体制の大変革を成功させなければ,日本の医療・介護に未来はないのである。そのためには,新しい取り組みを次々と育てていかなければいけないのではないか。そしてその成功をめざした在宅医療への舵取りではなかったのか。

 私は国民の一人として,これからの未来の医療を担う芽が力強く生き残ることを祈るばかりである。


山口高秀
1999年阪大医学部卒。大阪府立急性期・総合医療センター救急診療科などを経て2007年より現職。現在,兵庫で2か所,神奈川で3か所のクリニックを経営。MBA(経営学修士)。

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