サルの罠(井部俊子)
連載
2014.02.24
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
看護の現場で管理者たちが経験的に獲得している臨床知(暗黙知)を活きた情報(形式知)に変換していく作業をしたいと考え,この1年間「看護管理塾」を本学で主宰してきた。「看護ものがたり」と称して次のようなテーマを設定し,月1回のペースで60人余りの受講生と6人の講師陣が集合した。
序章(5月)出会い
第二章(6月)マネジメントに取り組む
第三章(7月)感情の源泉を扱う
第四章(9月)効果的な会議
第五章(10月)人の強みをみつける
第六章(11月)イノベーションを起こす
第七章(12月)人に仕事を与える・任せる
第八章(1月)仕事の意義を考える
第九章(2月)信頼できる仲間
第十章(3月)やる気にさせる職場
3時間のクラスは,20分程度のプレゼンテーションのあと,チームで討議し,チームがプレゼンテーションを行い,皆でフィードバックして成果を確認するという方法を採用した。したがって,たくさんの知識を「講義する」くせのある講師は,「時間です」と切られることになる。
本稿では,私が担当した「第七章 人に仕事を与える・任せる」セッションで体験したことを伝えたい。
人は「仕事を任されて」育つ
私のプレゼンはまず,ドラッカーから始まる。ドラッカーは『仕事の哲学』(上田惇生編訳,ダイヤモンド社,2003年)の中でこのように述べている。「通常使われている意味での権限委譲は間違いであって人を誤らせる。しかし,自らが行うべき仕事を委譲するのではなく,自らが行うべき仕事に取り組むために,人にできることを任せることは,成果をあげるうえで重要である」(195頁,下線は筆者)。
一方,上司はつぶやく(小倉広著『任せる技術』日本経済新聞出版社,2011年)。
「どうすれば後輩・部下が育つでしょうか,いつまでたってもできるようになりません」
「どうすれば,自分自身のレベルアップができるでしょうか」
「仕事が多すぎて潰れてしまいそうです。どうすれば楽になりますか」
「ずっと昔から手を着けたかった仕事の改善,忙しくてまったく手を着けられません」
「趣味や勉強の時間,プライベートの充実,仕事が忙しすぎて考えることができません」
しかし,一見バラバラな5つの問いの答えは実はたったひとつであり,それは,あなたの仕事を「後輩や部下に任せる」ことであると筆者は断言する。さらに,「任せられない」を「任せられる」にするには,「できるようになってから任せる」のではなく,「できなくてもムリして任せる」ことだという。つまり,人は「仕事を任されて」育つのである。
人を育てる「任せ方」の7つのポイントは,(1)ムリを承知で任せる,(2)任せる仕事を見極める,(3)「任せる」と伝える,(4)ギリギリまで力を発揮させる,(5)口出しを我慢する,(6)定期的にコミュニケーションする(部下の隣を伴走しながら励ましアドバイスする),(7)しくみを作って支援する(お膳立ては上司の仕事),である。
マネジャーが部下の「サル」を背負い込む理由
『1分間マネジャーの時間管理』(K・ブランチャード他著,川勝久他訳,ダイヤモンド社,1990年)では,「仕事の割り当て」と「委譲」とは違うと指摘する(142-8頁)。プロのマネジャーにとっての最終ゴールは,仕事を委譲できるような状態にもっていくこと,つまり,マネジメントとは,他の人を動かして仕事を達成することであると説明している。ここで登場するのが「サルの罠」である。それは,マネジャーが部下のものである責任(サル)を引き受けるために陥る罠であるという。マネジャーは,サルの罠にはまったときには無力になる。
ナースマネジャーは,ナースとして共感の訓練を受け共感能力が高いことが,一方で管理能力の向上を妨げているという指摘もある。いずれにせよ,上司が部下のサルを背負いこむことをやめて,「自らが行うべき仕事」に取り組もうというわけである。
部下のサルを引き受けている上司には部下から次のような言葉が発せられる。「師長さん,あれやってくれましたか」「あっ,ごめんなさい。まだなの」「早くお願いしますよ」というわけである。こうなると,上司が部下にマネジメントされる逆現象が起きる。こうしてナースマネジャーは多くのサルを引き受けてしまい,本来やるべき仕事がおろそかになっていることに気付く。さらに,部下のサルを引き受けることによって,部下が組織に貢献する権利を奪ってしまうことにもなる。効果的で生産的な看護組織とは,全てのサルが規則正しく,しかるべき持ち主のところについている組織のことである。
*
私のプレゼンテーションはここまでである。
チームでのワークとして以下4点を課した。(1)ナースマネジャーとして「引き受けないサル」を明らかにしチームで共有すること。(2)なぜサルを引き受けてしまうのだろうかを話し合うこと。さらに,サルを返還したら,(3)「自らが行うべき仕事」は何かを考えてリスト化し,ポスターにまとめて発表すること。そして,(4)他のチームからコメントをもらい,発表内容を吟味して,チームの秘伝を作ること,である。
この作業を通して興味深い現象が起こった。あるチームは,「管理とは何か」を考え始めたのである。このチームは,自分たちがいかに多くのサルを引き受け,忙しがっているかを認識したのであるが,しかしながら,「自らが行うべき仕事は何か」に行き詰まってしまったのである。
権限委譲せず,部下のサルを多く背負い込んでいるナースマネジャーは,自らが行うべき本来の仕事がわからないため,もがいている姿なのかもしれない。
(つづく)
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