医学界新聞

連載

2014.01.20

こんな時にはこのQを!
“問診力”で見逃さない神経症状

【第4回】
下垂足

黒川 勝己(川崎医科大学附属病院神経内科准教授)


3055号よりつづく

 「難しい」「とっつきにくい」と言われる神経診察ですが,問診で的確な病歴聴取ができれば,一気に鑑別を絞り込めます。 この連載では,複雑な神経症状に切り込む「Q」を提示し,“問診力”を鍛えます。


患者:56歳,男性
主訴:右足が垂れる
病歴:肺炎と心不全で入院していた。昼過ぎからベッドで右脚を下にしてあぐらをかいてテレビを見た。午後5時ごろトイレに行くときに,右足が垂れたままで反ることができず,歩きにくいことに気付いた。右手の動きは全く問題ない。

 患者には「下垂足」が生じているようです。「下垂足」は,一般的(common)には「L5神経根症(腰が悪い)」,あるいは「腓骨神経障害(膝で末梢神経が圧迫されている)」が原因として挙げられますが,頻度は低いながらも危険(critical)な「脳血管障害」も原因としてあり得ます。

 「脳血管障害」では一般的には片麻痺(体の片側の上下肢麻痺)を生じますが,病変部位によっては単麻痺(四肢のうち一肢のみの麻痺),あるいは下垂足や下垂手のような“限局性麻痺”も生じ得ます。限局性麻痺だからといって,直ちに「脳血管障害」を除外することはできないのです。

 では,本患者の“病歴”からは「L5神経根症」「腓骨神経障害」あるいは「脳血管障害」,いずれの可能性が考えられるでしょうか。

***

 患者は主治医に症状を報告した。神経学的所見では,右前脛骨筋の筋力低下(MMT 3-)を認めたが,後脛骨筋の筋力は正常だった。感覚は右足背で触覚が軽度低下していた。以上の所見から,右腓骨神経障害と評価された。

 患者はベッドにあぐらをかき,右脚を左脚の下に敷いた状態で長時間テレビを見ていたと話しています。右膝の外側(腓骨頭部)で腓骨神経が圧迫され,急性の圧迫性末梢神経障害(ニューロパチー)が生じた可能性があります。そのほかに明らかな神経学的異常所見もないため,様子をみることになったようです。

 ここでまず,「L5神経根症」と「腓骨神経障害」について,外来診療でも役に立つ鑑別ポイントを述べます。

 両者を鑑別するには,“L5神経根由来だが腓骨神経支配ではない筋”の筋力を確認することです。例えば筆者なら,後脛骨筋の筋力を調べます。後脛骨筋はL5神経根由来で“脛骨”神経支配のため,「L5神経根症」では筋力が低下しますが,「腓骨神経障害」なら筋力は正常のはずだからです。

 調べ方としては,まずかかとで立つときのように足を背屈させ,L5神経根由来で“腓骨”神経支配である前脛骨筋の筋力を確認します。次に足を爪先立ちになるようにして底屈させ,さらに内反させて後脛骨筋の筋力を確認します(図1)。なお,それぞれの筋にうまく力を入れられているかを確認するには,健側の筋力も調べることが大切です。もし筋力に左右差がなければ,有意な所見とは言えません。

図1 筋力の診方

 本患者の場合,前脛骨筋の筋力は低下していましたが,後脛骨筋の筋力は正常であり「L5神経根症」は否定的と考えられました。一方で,右足背の感覚障害はちょうど腓骨神経の領域と一致しており,神経学的所見からは右「腓骨神経障害」として矛盾しません。

 ではそのまま,圧迫性ニューロパチーによる「下垂足」の典型例と診断してよいのでしょうか。

***

 2日経っても右下垂足が改善しなかったため,翌日神経内科にコンサルト予定となった。紹介予定日の朝6時ごろ,テレビの見え方が急におかしくなり,同日の神経内科医の診察にて右同名半盲が認められた。頭部CTで脳出血は否定されたため,脳梗塞(脳塞栓症)として治療が開始された。

 患者は,「下垂足」で神経内科に紹介受診の予定でしたが,予定日の朝に右同名半盲が生じています。左後頭葉病変が疑われ,突然発症と合わせて脳塞栓症が生じた可能性が考えられます。

 では何を聴けば,「腓骨神経障害」と「脳血管障害」の鑑別ができたのでしょうか。

■Qその(1)「右足は歩き始めから反れないのですか? 歩いている途中からですか?」

 圧迫性のニューロパチーであれば,歩きはじめから足が反れないはずです。ところが本患者の場合,トイレに行こうとして初めは普通に歩けたものの,途中から足を反ることができなくなったそうです。即ち,「下垂足」は活動時に生じたことになります。

 翌日,頭部MRI拡散強調画像にて左後頭葉に高信号域が認められ,右同名半盲の責任病巣と考えられました。また,左前頭葉皮質にも高信号スポットが認められています(図2)。この部位はちょうど足の領域であり,「下垂足」が生じておかしくない場所です。なお,神経伝導検査にて腓骨神経の圧迫性ニューロパチーがないことを確認し,針筋電図検査にて前脛骨筋の筋力低下が中枢性筋力低下であることも確認しています。

図2 頭部MRI
拡散強調画像にて左後頭葉(左図)および左前頭葉皮質(右図)に高信号域が認められ,新規脳梗塞と考えられた。

 以上の結果からこの患者については,3日前,トイレに行く途中に心臓から血栓が飛んで左前頭葉に心原性脳塞栓症が生じて右「下垂足」が起こり,その3日後左後頭葉に心原性脳塞栓症が生じ,右同名半盲に陥った,と考えられました。

***

 以前,当日朝に発症した「下垂手」で橈骨神経麻痺として紹介された患者がいました。確かに右「下垂手」がありましたが,今朝の発症について病歴をさらに詳しく聴くと,「朝食の最中に急に箸が使えなくなった」とのこと。そうなると圧迫性の橈骨神経麻痺は否定的と考えられ,実際,頭部MRIで前頭葉皮質の手の領域に小さな脳塞栓症が見つかりました。直ちに抗血栓療法を開始し,幸い新たな脳梗塞は生じていません。

 今回取り上げた「下垂足」の症例でも,「下垂足」が生じたときにもう一歩踏み込んで「麻痺が安静(圧迫)後の動作開始時からあったのか,活動の最中に生じたのか」を聴いていたら,後頭葉の脳梗塞を予防できたかもしれません。

 これらの例から言えることは,やはり“(神経学的所見より)病歴が最重要である”ということだと思います。ですから急性の麻痺が生じた場合には,“いつ・どのような状況で”生じたのか,発症時の状況を再現できるくらい具体的に聴くことが大切になります。そしてもし,発症状況がはっきりしない場合には,神経学的所見だけで判断せず「脳血管障害」を念頭に専門医に紹介することが望ましいと考えます。

今回の“問診力”

急性発症の麻痺の場合,たとえ限局性麻痺であっても,安静(圧迫)直後から生じているのか,活動の最中に生じているのかを聴く。活動時に生じていれば脳梗塞を疑う。

つづく

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