医学界新聞

2014.01.13

Medical Library 書評・新刊案内


救急レジデントマニュアル
第5版

相川 直樹 監修
堀 進悟,藤島 清太郎 編

《評 者》林 寛之(福井大病院総合診療部教授)

「型」がきちんと踏襲された「海図」を持って,臨床の「荒波」に乗り出そう

 既に20年! も研修医や実地医家に愛され続けられたのには訳がある。今の研修医が生まれる前からあったんだよね(ウソ)。5年ごとの改訂でついに20年。常に最新の内容に改編し続けた執筆陣のご苦労は並々ならぬものであっただろう。

 昔の当直は行き当たりばったりで目の前の患者が来たら先輩医師の見よう見まねで患者さんを診察するという徒弟制度でしか学べなかった。つまり「救急なんて誰でもできるさ(……多分)」と強がりつつ,実はきちんとしたマニュアルがなく,常に当直はビクビクもので,「一晩乗り切れさえすればいい」と考える浅~い『なんちゃって救急』の時代だった。そこできちんとした型を教え,かつ現場で使えるように,広範囲の知識をギュウギュウ詰めにして登場したのが本書であった。私も同僚もみんな白衣のポケットに入れていました。本書は治療まで細かく言及して,かつ広範囲のエッセンスをアップデートしつつ盛り込んでいたので,専門外でもなんとか急場をしのがないといけない当直医にとってはそれはもう重宝した。

 ここで刷新された第5版はポケットに入るという機敏性をそのままに,「型」がきちんと踏襲されて非常に現場で調べやすい,使いやすい装丁になっている。巻頭諸言で述べられている「海図なくして航海ができない」のと同じように,きちんとした臨床を行うにはきちんとした海図,つまり本書のような「型」をおさえたマニュアルが必須なのだ。穏やかな海ではいい船員は育たないという。臨床という荒波にもまれて初めて腕のいい医師が出来上がるのだから,救急の現場から逃げていたのではいつまでたっても役に立たないお荷物の医師にしかなれないのだ。レジデントは積極的に本書を携えて荒波に出ていってほしい。

 ただのマニュアルと侮ってはいけない。本書を手に取ると,涙が出るくらい実に細かい所まで記載してある。これは現場に出ている医師でないと書けない内容だ。Early-Goal Directed Therapyなどさまざまな個所でアップデートされており,また各手技についても言及し,至れり尽くせりだ。テキストのように読破するというより,救急の現場で急いで調べるのに最適な仕上がりになっている。もちろん将来救急の道に進みたいという根性フルなレジデントはぜひ熟読してほしい。巻末の資料はかゆいところに手が届くものになっている。

 初期研修医はもとより,当直で専門外を見ないといけない実地医家にとってはコンパクトな本書はなかなか使い勝手がいい。白衣に海図を携えて荒海に出てみよう。

B6変・頁536 定価:本体4,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01874-6


サパイラ
身体診察のアートとサイエンス
原書第4版

Jane M. Orient 原著
須藤 博,藤田 芳郎,徳田 安春,岩田 健太郎 監訳

《評 者》黒川 清(政策研究大学院大教授/日本医療政策機構代表理事/東大名誉教授)

医師の原点へ,患者との信頼構築の基本

 本書はサパイラDr. Joseph D. Sapiraによる“Sapira's Art & Science of Bedside Diagnosis”の第4版(2009)の邦訳である。1989年の初版以後,原書はDr. Jane M. Orientによって著されている。不思議な本と感じるかもしれないが,臨床の神髄,醍醐味だいごみが盛り込まれている。臨床の基本を患者との関係性(診る,聞く,話す,触る)から始め,記録し,分析する――。単なる臨床診断学というよりは,長い歴史の上に蓄積された経験値を論理的に考える過程で構築されてきた,医師と患者の「信頼」の歴史をひもといているのだ。

 現在の臨床の現場では,得てして「効率,コスト,検査」から始まり,ともすれば患者不在の「検査データに基づく現代風デジタル診療」と指摘される。そこから患者と医師の「信頼」関係が薄れ,医療事故や訴訟などへ発展するかもしれないと不安な,医学生,研修の現場への応援の書ともいえる。臨床は「アートとサイエンス」の神髄の伝統であり,その伝統を自分自身も継承してきた優れた先輩医師の気持ちだろう。これが良い伝統を次の世代へと受け渡す「好循環」の基本なのだ。このあたりが,このサパイラ本の面目躍如というか,他の臨床診断学の教科書と違っているところだ。

 では,この本をどう生かすか。まずは1章,2章を読んでみる。その先の章も折に触れて目を通してみることをお勧めする。臨床の基本が実に細かく丁寧に書いてある。そして各章とも面白い。奇妙な図,古い写真などがいくつも出てくる。この本の最後,29章の文献の解説も面白い。診察の基本はあまり変わっていないことがわかるだろう。

 臨床の現場で患者さんを「診て,聞き,話し,触り」ながら,診察を進める,仲間と議論してみる,相当する所見についてこの本に目を通してみる,そこで学んだ事項をまた患者さんの観察へ戻してみる。病態生理,診断,検査ほかのことは,その時その時に,日本語,英語の教科書,専門書,そして英語,邦訳のハリソン,またUpToDate®などを読んでみることだ。そのプロセスを繰り返すことで,臨床現場の経験は生きてくる,自分の血となり肉となって,知的好奇心に満ちた,経験豊かな医師に成長していく。自分の知識ばかりではなく,論理的に臨床を理解し,患者さんと交流を繰り返すことで,臨床の伝統と醍醐味を継承する医師へ成長していく。このような患者との交流と,医師の「手のタッチ」1)が,医師と患者の「信頼」の根幹にある。そのような医師と患者の間の本来の伝統を引き継いでいってほしいということが,サパイラ先生が本書を執筆するに至った動機なのだ。

 本書は,これからの臨床現場でもっと大事なことを教えてくれるのではないか。20世紀の科学・技術の進歩は人類の歴史でも極めて輝かしい大きな成果を上げた。20世紀初めの1901年に始まったノーベル賞受賞者のリストを見てみれば,その急速な進歩と社会へのインパクトは驚くばかりであろう。医療も例外でない。この50年ほどのことだが,私たちは大きな恩恵を受けてきた。だが一方で,この恩恵を最も大きく受けてきた先進国の医療の現場では,高齢社会,生活習慣病など慢性疾患,貧富の差の拡大,公的資金の欠乏から,医療制度改革はどの国でも大きな政治問題になっている。

 医師の在り方が専門医中心へと進歩したのもこの50年のことだ。だが社会から見れば医療現場では専門医より「家庭医,総合内科医,プライマリ・ケア」が中心になる時代へと変わり始めている。専門医志向で進んできた医師の在り方の転換もなかなか難しい。医療制度改革はどの国でも大きな社会的・政治的課題なのだ。さらに医師であることが社会的に高い信頼と地位の高いものであった時代も変わりつつある。

 デジタル技術の広がりは素晴らしいが,医師と患者の間の「信頼」は,医師の「診る,聞く,話す,触る」にこそある。それは時代を超えた,人間と人間の関係なのだ。「これこそ医師としての価値の中心であり,『知的職業』としての医師の醍醐味ではないのか」と問いかけている。それがサパイラのこの本なのだ。

 これを訳そうと企画し,実行した須藤博さんをはじめとする監訳者たちと,この大変な事業に参加してくれた皆さんに感謝している。

1)TED Talks“A Doctor's Touch”

B5・頁888 定価:本体12,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01419-9


糖尿病外来診療 困ったときの“次の一手”

吉岡 成人 著

《評 者》難波 光義(兵庫医大主任教授・糖尿病科)

「溜飲が下がる」とはまさにこのこと

 「糖尿病診療のカリスマ,吉岡成人がついに禁断の書を!?」というと大げさかもしれませんが,一気に読み通せてまさに溜飲の下がる指南書が上梓された感があります。これまでにもさまざまな診療領域の専門医が,研修医・レジデント・非専門医に向けてガイド・マニュアル・スタンダード・必携……とあまたの指南書を発刊されてきました。その中で「先生の診療の奥義を一言で」と言われて一番困っているのが,糖尿病の専門医ではないでしょうか。その理由は,このような例えでご理解いただけると思います。すなわち,糖尿病患者さんのある時点の病態は名匠の手になる総桐箪笥のようなもの,あちらの引き出しを押し込めば(ex. インスリン分泌促進系薬で血糖コントロールを下げたつもりが?),こちらが飛び出てくる(肥満したおかげでかえってインスリン抵抗性が助長されてしまう)。しかもそれがどの引き出しかの予想すら結構困難な患者さんが多いのです。反対にどんな手でも取りあえず打ってみると,思いのほかコントロールが良くなって,主治医のほうが驚くこともしばしばです(血糖コントロールがとんでもなく悪いソフトドリンクシンドローム例に対して,せめて食後血糖だけでもと超速効型インスリンのみで治療を始めたのに,間もなく空腹時血糖まで良くなり,やがてインスリン治療から離脱できたというのも一例)。碁盤の目のような札幌の街で北東の地点に行きたいとき,取りあえず北上して東に転じても,東に行ってから北に折れてもゴールは同じなのです。

 すなわち糖尿病専門医の一人でもある評者が,「溜飲が下がる」と言ったのは,まさに本書の底流をなす吉岡成人先生の流儀? 作法? あるいは,「専門医にだってこれが一番,これが定石といえる手はありません。行き詰まっておられるなら,『次の一手』は取りあえずこれでいかがでしょう?」という,一種の「照れ」に近いスタンスが見て取れます。本書を通読した読者は,これからは意を強くして目の前の患者さんに対峙できるようになられるのではないでしょうか?

 それでは,吉岡先生が“続,次の一手”を上梓されることに期待して筆をおきます。

B5・頁176 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01857-9


病棟レジデント,病棟医のための
高齢患者診療マニュアル

下門 顯太郎 編

《評 者》徳田 安春(筑波大教授・水戸地域医療教育センター/水戸協同病院総合診療科)

臨床老年病医学のマニュアルがついに登場

 わが国は待ったなしの高齢社会に突入している。しかしながら,ほとんどの病院には「老年科」はない。よって,小児科を除くすべての科の医師が高齢者を診療する割合が増えてきている。日本各地のどこの病院でも内科病棟,整形外科病棟などをみると80-100歳代の患者さんがかなり多く入院されており,これはもう60-70歳代は若い患者さんといってよい。さらに若年の患者さんたちは入院診療から外来診療へシフトしてきている。ほぼ,病棟ケア=高齢者ケアといっても過言ではない。この現場の状況に,果たして医学教育は追いついているか。わが国では従来,老年学gerontologyは盛んであったが,臨床老年医学clinical geriatricsは遅れて発展してきている。歴史的に基礎医学が強いのは,わが国の特徴である。微生物学microbiologyが先行発展して,臨床感染症clinical infectious diseasesが最近になってやっと認知されてきているのと似た構図だ。

 そのような中で新たに本書が登場した。「病棟レジデント,病棟医のための」とある。内科に限らずすべての科の医師は高齢者診療を日常業務にしており,喫緊で参考となる英知と知識ベースが必要であった。本書はそんなところでやっと現れた救世主なのだ。しかも,症例ベースで記載されており実践的である。基本骨格は,老年症候群と臨床各論,知っておくべき状況の3本立てであり,各項目での症例の記載はわかりやすく,その後の解説もポイントを得ている。図表やアルゴリズムも豊富,さらには巻末に重要なチェックリストもついているのがまたうれしい。薬剤は具体的推奨使用量もついていて,タイトル名にもあるように本書はマニュアルとして使える。例えば,「認知機能低下」をみると二次的に認知機能低下を来す疾患の除外についての表があり,正常圧水頭症,神経梅毒,ビタミンB12欠乏,甲状腺機能低下症などが挙げられており,標準診療の在り方が示されている。また,「せん妄」の項をみると,活動過剰型と活動減少型せん妄の両方の特徴が記述されており,見逃されやすい活動減少型せん妄を取り上げてくれている。「褥瘡」と「ソウ(やまいだれに蚤)痒」は,豊富な写真を含め,標準ケアの方法が詳しく記載されており,施設や在宅医療の現場でも役に立つ。疾患各論では,当然「誤嚥性肺炎」は重要なトピックであり,詳細な記載があり役に立つ。「知っておくべき状況」では,「漢方治療」の項目があり,幅広く患者ニーズに対応できるようになっている。コラムでは,最新のトピックや,ピットフォールを簡単に紹介してくれており,知識の補強になる。今後の改訂版で期待したいことは,もっとエビデンス重視の記載を導入すること,参考文献を最新にすること,ポリファーマシーの問題点や薬物副作用の起こりやすい機序などを追加すること,などである。

 本書は病棟のみならず外来,在宅,施設,などでも役立つことは明らかであり,研修医や医師のみならず,看護師,薬剤師,理学療法士など高齢者ケアのチーム全員が対象となるであろう。以上,本書が今後版を重ねながら,わが国の臨床現場を支える重要なマニュアルとなることを期待している。

A5変型・頁276 定価:本体4,500円+税 MEDSi
http://www.medsi.co.jp/

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